【No.061】純粋にして、不可逆な感情【暴力描写あり】

【メインCP:男15. 都築つづき 椿樹つばき、女27. 冴島さえじま 野乃花ののか

【サブキャラクター:男5. ブレード・グランドゥール、男11. 間田まだ 名威ない、男19. 加賀美かがみ 智彦ともひこ、男26. 土谷つちや 駿一しゅんいち、男29. 三沢ミサワ 晴太ハレタ、男30. 増田ますだたかしモデル2改(犬)、女6. 藤ヶ谷ふじがや 文香ふみか、女30. "おてつだいまきちゃん"高野こうやマキ、女32. 鵼乃ぬえの アルル】

----------



「そういえばね」

 野々花は安い事務チェアでくるりと振り返った。ここは印刷会社のオフィスで、すでに二人の他は退勤している。

「何だ」

 椿樹は視線をPCから離さず答えた。彼は明日の会議の資料作成に余念がない。むしろ彼女を見てしまえば余念が生じる。少しふっくらとした頬が笑みを浮かべるたびに、どんなに忙しくとも心が緩む自覚がある。

 とはいえ何のアプローチもできない完全なる片想いに最近は落ち込むことも多かった。


 かたや野々花は月末の領収書をすべてファイリングし終え、ポッキーを食べ始めたところ。ポキっとクッキーの折れる音が一つ響いた。

「私、結婚するかもしれない」

「……は?」

 さすがに椿樹は手を止めた。「誰と」立ち上がった。

「ん〜、年上?」


 *


「しれ……ごほんッ、土谷さんこんばんは。って空いてる?」

 口数の少なくなった椿樹が野々花に連れてこられたのは、会社からほど近い路地裏の喫茶店。深夜まで営業しているせいか店内は意外に賑わっていた。


 カウンター越しに鍵を受け取った野々花に、土谷は気安く微笑んだ。椿樹にも意味ありげな視線を投げる。

 彼女は慣れた様子でトイレ脇のドアの鍵を開け、彼を招き入れた。

「なんのつもりだ」

「あ、ちょっと暗いから気をつけて」

 要領を得ない椿樹だったが、「詳しく話すから」と言われては大人しく彼女の後をついていくしかなかった。

 ドアの向こうは非常灯のような赤いライトに照らされた行き止まり。無骨な、SF映画に出てきそうなエレベーターが彼らを待っていた。


 ——そうして促され地下に降りた椿樹は驚きに目を見張った。

「ここは、」

「秘密の魔法訓練校。私、ここで少年少女に魔法教えてるんだ」

 ランラン。彼女の指先が魔力によって虹色に光り、一斉に灯りが点いた。まるで軍事基地だ——人間の形をした的、ありとあらゆる武器、見渡すほどの広さ。明らかに大きな組織が用意した施設。

 野々花は椿樹を壁際のソファに誘い、隣に腰掛けるようポンと座面を叩いた。彼は半ばやけくそで座った。


「私、いまでも結構日本の平和を守ってるんだよねー」

「みたいだな」

「でもいまちょっと面倒なことになっててね。私が魔法少女だったって知ってる昔の知り合いに付きまとわれちゃって。正直、会社も盗聴とか危ない感じなの」

「……だから、結婚?」

 彼の眉根は寄った。野々花は肯き、深いため息を吐いた。

「三年前くらいから撒いては見つかっての繰り返し。しつこくて。実力行使も普通の人間だからできないんだよね。だからしばらく仕事も辞めて隠れようかなって」


「なら結婚ってのは嘘か?」

 椿樹は内心ほっとした。だがすぐに焼けつくような嫉妬に口を歪めることになった。

「いやー、嘘から出た誠っていうかプロポーズされたのは事実。でもそれもいいかなぁって。さっきカウンターにいた土谷さんなんだけど。サイコパスくんからも匿ってもらったりね」

 まるで同僚に「仕方ないですねぇ」というような口調で言う。彼は呻き声を抑えこんだ。

「……おめでとう、でいいんだよな」

「うん。まだ返事はしてないんだけど……ありがと、都築くん」

 会社の人にはただの退職ってことにするから、内緒ね。

 そう、ふにゃと少し寂しそうに笑った野々花の横顔が忘れられず、椿樹は翌日企画を落とした。


     *


「吾輩の不在中に失恋とな?」

名威ないさん、どこに行ってたんですか!”

「すまない、剛とホクロの家で飯を食っていた」


 猫又の側に浮遊するのは、椿樹と関わりのある幽霊少女だ。

 以前彼女の兄の恋模様を一緒に見守ったことで恋のキューピッドを自称している。

 実際、椿樹と名威とこの少女によって成就したカップルは周囲から『ほっこり』『はよくっつけ』と祝福されるくらいには幸せになっている。


 しかし今回のケースは、椿樹本人——。しかも勝ち目は極薄。


「訓練基地とは面妖な」

“野々花さん、有休消化してそのまま退職みたいで。名威さんどうしよう!”

 よし、と恰幅のいい猫又は古い印刷会社の窓から、階段下に飛び降り宙に流し目をくれた。

「待っておれ。椿樹ここは頼んだぞ」

“もっちろんです!”


 幽霊少女は、名威のしなやかとは言い難い後ろ姿を見送り、窓の外から椿樹の項垂れたつむじを見つめた。

 助けてもらった恩を返したい。少女は何もできない透き通った自分の腕を見下ろし、ハッと何かを思い出したらしい。サァっと空に溶けるように消えた。


     



 野々花は、魔法少女候補の晴太に檄を飛ばした。

「ほらッこれくらい躱さないと——ノノンシャワァ……!」

「ひゃぁぁぁ……!」

 一帯が花々の放つ光に包まれ、晴太はあっけなく訓練場の床に大の字になった。

「大丈夫⁉︎」

 今日の彼女は加減ができない。


「なんか野々花先輩、不調? ブレード、どう思う?」

「あぁ、魔力の調整に苦心しているな。何か心配事があるのかもしれない」

 現役魔法少女マリアン——文香と剣技教官のブレードは、昨日野々花と椿樹が使ったソファで休憩のコーヒーを飲んでいた。

 すると上階から足音が響いた。

「あ、土谷司令お疲れさまです」「シュンイチ、コーヒーをありがとう」

 土谷は人好きのする笑みで二人に肯き、「お疲れさま」と言った。

「文香、野々花を」

「いま呼んできます!」


 遠ざかる文香を眺め、ブレードは腕を組んだ。

「野々花にプロポーズしたそうだな?」

「まぁね」

 ブレードは考えこむように彼を睨む。

 騎士のあまりの眼光に、土谷は降参だというように両手を挙げた。

「分かってる、君はロマンチストだからね。私は彼女を愛してないと言いたいんだろう。その通り、私はここの秘密と、魔法少女である彼女の処女性を守りたい。それが日本の平和のため……だろう?」

「シュンイチ、君の言い分は癇に触る。俺には理解できない」

「いいさ、野々花がよければ」


 ——土谷が肩をすくめた時だった、大きな爆発音が響いた。パラパラと埃が降るほどの衝撃、地上で何か起こったようだ。

「司令、見てきます!」「俺も行こう」

 土谷と晴太を残し、三人は駆け出した。揺れるような衝撃はまだ続いている。

 混乱の中、地上へと戻るエレベーターから猫が入れ違いに降りたことなど誰も気づかなかった。


     



 爆発音と同時、椿樹は顔を上げた。

「……誰だ?」

 デスクチェアに座ったままの彼の背後には、気づかぬ内に見知らぬ眼鏡の男が立っていた。

「ねぇ君、ノノンの居場所知ってるよね。どこ?」

 面倒とはこいつか、と椿樹はめつけた。


 清潔そうな茶髪に黒のシンプルなシャツ。しかしその目は冷ややかで得体のしれない雰囲気。

 だが怪異や憑人ではないと椿樹は息をついた、ただの人ならば危害は加えられない——どこかで聞いたセリフだと思いつつ首を振った。

 すでに外は夜だったが騒がしい。警報が鳴り響いていた。

「知らん」

「じゃあ都築椿樹くん、一緒に来てね」

 口と鼻を塞がれ何か不快な香りを感じた瞬間、彼は意識を手放した。


     *


 「先輩、あそこです!」文香の指差したビルの屋上、衛星アンテナの先端には日傘を差した幼女がクルクルと踊っていた。

「私はおしゃべり上手な家事エキスパァト“おてつだいまきちゃん”ですわ! どうですのォ、私のクッキーの味は!」

 幼女が愉しげに回転するたび、その手から放たれる塊によって周囲の建物は大爆発、大混乱を起こしている。

「まずいわ、このままじゃ」

「……マリアン、行きます」

 刹那、カァッ! っと虹色光が放射線状に差し、文香は黒とピンクのフリル——魔法少女マリアンに変身した。たった三歩の助走で空へと舞ったマリアンは幼女に対峙せんと、ビルの壁を駆け上がる。

 すると幼女はあり得ない角度で首を巡らした。

「あなたが魔法少女? よろしくてよ、どちらが上手に立ち回るか勝負なさいッ」


「美味しいクッキー爆弾んん!」「楽・園・光・壁シャンパンタワーッ——!」


 しかし形勢は不利とすぐに知れた。シャンパンタワーは魔力による強固なシールド攻撃だ。しかし幼女の爆弾はまるでボーリング球のようにシールドを攻略、光の破片を夜に飛び散らせた。

「……ブレード、マリアンをお願い」

「承知したッ」

 野々花はやはり飛び立ったブレードを見送って、振り返らずに「加賀美、あなたね」と呟いた。


「なんだ気づいていたんですか」

「……あのロボット、あなたの仕業でしょう。いますぐ止めて」

 野々花は指先に光を灯し、彼と見つめ合った。彼女にはもう変身する力はないが、体内に残る魔力の残滓で戦うことはできる。

「あぁぁノノン、その虹色を何度夢見たことか! 早くあの芳しい花を降らせておくれ、私を君の魔力で……!」

 野々花は目を細め、「あのロボットを止めて」と繰り返した。

「そうすればいくらでも花なんて降らせてあげる」

「そうか! それならすぐに……なんて言うと思ったかな?」


 「あっ」野々花は、一歩下がった加賀美の足元に、拘束された椿樹が倒れていることに気づいた。

「つ、椿樹くん!」

「君の大切な人かな? くふふ毒を飲ませてあるからね下手に動くと」

「なんですって……許せない!」

 加賀美は恍惚と全身を震わせた。両手を掲げ、サイコパスとしての喜びを叫ぶ。

「ああぁぁノノン、その顔が見たかったッ! 最高だよやはり私の実験体としてッ……ぐぅ……な、ん」

 だが加賀美の願いは彼の首を締め上げる二本のグローブによって遮られた。


「椿樹さんを返しやがれ、この変態!」

 彼の背後で制服姿の女子高生ががなった。二十センチ以上もある身長差をものともせず、加賀美を持ち上げるほどの怪力を見せる。

“いまです野々花さん! 椿樹さんを!”

 知らぬ助太刀に驚きに動きを止めていた野々花だったが、耳元でした少女の声に我に返った。

 椿樹に駆け寄り、「ランラン」拘束を解く。

「椿樹くん! しっかりして」

「う、うぅ」

 椿樹の顔色は毒のせいか土気色で、呼吸も浅い。

「加賀美、答えなさいッ! 解毒剤はどこ⁉︎」

 女子高生が腕を緩めたか、加賀美は薄く笑った。「さぁねぇ……ぐっ」「おら吐けよ!」しかし睨みあげる野々花に粘っこい視線を遣るだけで、加賀美は答えない。



 ——上空では決着の詠唱が反響した。

楽・園・流・星シャンパンシャワァ——!」


 ギィ、ィ……。

 幼女型ロボットはコトリと止まった。

 「やった……わ」「マリアン、よく、やった」マリアンもブレードも容赦のない爆風に傷だらけだ。手を取り合い、勝利を喜び合おうとした。

 そのとき——ギギギィィィィギギギィィィィ——機械の絶叫が再び彼らの耳を劈いた。


 幼女まきちゃんが巨大化していく。


「ハハハハ見たかこれが私の実験体の最終形態!」

 発狂したごとくに絶叫する加賀美に呼応するように、ロボットは二十メートル近くまで膨張し、意味をなさない奇声を上げた。


 誰もが絶望を思い描いた瞬間。

 しかし突如、今度は道路に亀裂が走り、轟音と共に地面が割れ始めた。

「ま……まさか、」

 野々花の唾を飲む音はむろんかき消された。

 巨大ロボットには巨大ロボットを。世の摂理に、土谷が基地に収納する巨大犬型ロボット増田を起動させたのだ。


 警報の鳴り止まないビルを崩壊させながらロボット同士の激戦が始まり————増田の肩から何かが飛び降り、野々花たちの方へと滑空してくる。

 「あ、あれは何?」戸惑う彼女の声に、どこかで“名威さん!”と声がした。

 速度を上げながら猫らしく体を捻った猫又は、まっすぐ加賀美へと肉球の照準を合わせた。


「スーパージャスティス、アタ——ック!」


 寸前女子高生が腕を離し、加賀美に名威のアタックが直撃。彼の袖奥に隠されていた小瓶が見事地面に転がった。

「乙女よ、口移しで飲ませるのだ」

 スタッと着地を決めた名威が野々花に流暢な日本語で言った。

「別に口移しじゃなくてもよくねぇ?」

“アルル、しぃ!”


 野々花はしばらく悩んだように小瓶を見つめていたが、「……お願い助けて」と清浄な魔力を込め、自らの口に含んだ。

 そしてそっと椿樹に口づけた。



 *



「アルルを呼んだのはよい判断だったな」

“でしょう! これで少しは椿樹さんに恩返しできたかな”

 幽霊少女と猫又は、ビルの屋上から基地のある喫茶店でお茶する二人を見下ろした。

 野々花は土谷のプロポーズを断ったらしいが、椿樹とはまだ付き合ってはいないらしい。

「あれで奥手とは情けない」

 珍しく微笑む椿樹に、野々花は小花をポンポン飛ばしている。


“まぁいいじゃないですか。椿樹さんも基地に出入りできるようになったことだし”

「あぁ何やら霊力を武具に込めて攻撃すると言ったか……フン、どうなることやら」


 名威は幾つにも分かれた尻尾を振ると、大きなあくびをした。



----------

【本文の文字数:4,997字】

★この作品が気に入った方は、応援、コメントで投票をお願いします!

★特に気に入った作品はコメントで「金賞」「銀賞」「銅賞」に推薦することができます(推薦は何作でも無制限に行えます)。

★各種読者賞の推薦も同じく受付中です。今回は「キュンとした賞」を含む常設の読者賞に加えて、「末永く爆発しろ賞」「さっさとくっつけ賞」「ギャップ萌え賞」「オトナの恋愛賞」を特設しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る