【No.092】心地良さに、名前をつけずに。(辻浦 優真、雨崎信)【暴力描写あり/BL要素あり】

【メインCP:男6. 辻浦つじうら 優真ゆうま、男17. 雨崎あまさき しのぶ

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しのぶさんってさー」

「うん?」

「あんまり執着しないよな」


 血管の浮き出た白い腕。

 そこにできた、明日には消えているであろう傷跡を隠すためのをしていた手を止める。


「してほしいの?」


 視線だけそちらへ向ければ、サングラス越しの瞳が笑う。


「してみます?」

「罪な人ねえ」

「思ってもないくせに」

「お互い様でしょ」


 月の光だけが頼りの暗いこの部屋で、笑い声が重なる。

 サングラスの奥にある、カラーコンタクトの瞳。

 いつでも仮面を被っているような、何色にも染まれるこの男といるのは、不思議と心地よかった。



 ――――――



「これ、渡しておくわ」


 目の前の吸血鬼はそう言って、俺の手に鍵を置く。


「これ、信さんの家の合鍵でしょ。いいの?」


 俺の言葉に、信さんは頬に手を当ててうーんとうなる。


「厄介な吸血鬼がこっちのほうに来ているみたいでね」

「厄介?」

「適当に見繕った人間の血を飲み干しちゃうのよ、その子」


 そういえばついこの間もニュースでどこかの県で血が抜き取られた死体が複数見つかった、なんて流れてたっけ。おそらくはそれと無関係ではないだろう。


「それはまた……。で、なんで鍵?」

「吸血鬼は招待されていない家には入れない。だからまあ、自分が招かない限り吸血鬼が勝手に入ってくることはない自宅は、ある意味最後の砦になるわけだけども」


 そこで言葉を区切った信さんは、ジトッとした目で俺を見てくる。


「でもあなた、付き合った子はだいたいおうちに招いたことあるでしょ」

「流石に全員ではないけどね〜」


 それに、全員が全員同じ家に招待したわけではない。

 そう付け足せば、ため息が返ってきた。


「その中に該当の吸血鬼が紛れていないとも言えないわけ」

「で、鍵、と」

「まあ、優真ゆうまだって真正面からの取っ組み合いなら負けはしないかもしれないけれど。でも、寝込みを襲われたら笑えないでしょ」


 同棲しようって話じゃないのよ、と信さんは言う。


「あなたにはあなたの生活がある。ただあたしには、あなたをこちら側の世界に触れさせてしまった責任があるの。少しでも違和感や不信感を抱くことがあれば、いつでもうちに来なさい。あたしの家なら砦になるでしょうから」


 だいたい、と信さんの言葉が続く。


「あなたのその、来るもの拒まず去るもの追わずなところ、吸血鬼あたしたちに都合良すぎるのよ」


 都合がいい、ねぇ……。

 鈍い銀色をなぞりながら、心の中で小さく笑う。

 確かに来るもの拒まずではあるが、それは基本的には、であって、明らかにまずいと思う人には……いや、面白そうな人ならとりあえず話しかけてるな。

 そもそも、来るもの拒まず去るもの追わずな俺だったからこそ、信さんにとって相手になっているわけですが、なんて脳内でこぼす。


 信さんとは、酔い覚ましに夜風に当たっていたら見つけた定食屋で出会った。

 ガラガラの店内で、そこの店員の信さんと言葉を交わすうちに意気投合し、足を運ぶ先がが、気づけば定食屋から信さんの家になっていた。

 出会ってから血を吸われるまで、半月も経っていない。


 しょうがないのだ、この吸血鬼ひとの近くはひどく居心地がいい。


 いつか、別の血を求めて離れていくのだろう。

 その日は、俺が生きているときに来るのか、それともそうでないのか、なんて。

 らしくない考えに、小さく笑う。


「俺、博愛主義者だから」

「怒られるわよ」

「信さんだって、そーでしょ」

「すごく広い目で見たら、確かにあたしもあなたもそう言えなくも……言えないわよ、やっぱり」


 ――――――


 鈍く痛む肩を抑えて、ひたすら走る。

 血のにじむシャツは、人混みを走るのに適さない。

 少しでも足止めを食らえば、うしろからつかず離れずで追いかけてくる足音の主に血を吸いつくされる。


 紛れていたのだ。

 例の吸血鬼が、複数人いる恋人の中に。

 気持ちよく寝ていたところを突撃されてしまった。


 人通りのほとんどない薄暗い道を走る。

 信さんの家まで、まだ距離がある。

 逃げ切れるか、どうか。

 つかず離れずの距離が不気味だ。

 その気になればすぐに殺せるのだと言われているようで。


 薄暗闇の中に、ポツッと光を見つける。

 見覚えのある定食屋の明かりに、安心してしまったのがいけなかった。


「あ」


 上がり切らなかった足が、地面に引っかかり、アスファルトに体を強く打ち付ける。

 瞬間、冷たい重みが腰に乗り、背中にぴったりと貼りついて、耳元でそいつは笑った。


「……っ」


 首筋に、痛みが走る。

 呼吸が苦しい。

 耳鳴りがする。

 かすむ視界の中で、建物から出てきたその人が駆け寄ってくるのが見える。

 重みが消えるのと同時に、意識は一度、そこで途切れた。


 ――――――


 あたしのベッドに横になって、苦し気にうめく顔を見つめる。

 見つけたときは青かった顔は、今は発熱の影響で赤い。


 無理やりにでもあたしの家に閉じ込めておけばよかったと、してもしょうがない後悔が脳内でささやくのは、何度目か。

 それでも、たとえ件の吸血鬼がいなくなるまでの期間だとしても、一か所に縛り付ける、なんてことは、優真のことを考えれば考えるほどできないのだ。

 彼単体の色は強いのに、隣に相手がいると、あっという間にその色を相手に合わせて変えてしまう。

 そんな彼を一か所にとどめるだなんて、恐ろしすぎてできやしない。

 消されてしまうほど、彼自身の色は弱くはないだろう。

 でも、誰かの色で彼が隠れてしまうのは、怖かった。

 それが、自分の色だとしても。


 熱い頬を、手の甲で撫でる。

 まぶたがうっすらと開き、焦点の合わない瞳がさまよう。


「……吸血鬼に、なる?」


 考えていたことと、真逆のことが唇からこぼれ落ちる。

 熱で潤んだ瞳が、あたしをとらえて、ゆるりといつもの数倍緩んだ笑みを形作る。


「信さんの、お好きなよーに」


 吐息が混じった声でそれだけ返すと、瞳はまた、まぶたに隠される。


 吸血鬼にしてしまえば、踏み込んで、守ることが出来る。


 でも、それは違う。

 彼は守られるのを望む人ではないだろうし、陽のない世界に縛りつけていい人でもない。


「潮時、かしらねえ」


 答える人のいない部屋に、静かに声が響く。

 次はどこに行こうかしら、と考えてから、視線を彼に向ける。

 少なくとも、彼がまた、元気に軽口を叩けるようになるまでは、まだ。



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【本文の文字数:2,500字】

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