【Ex. 003】他のお客様のご迷惑になりますので店内ではどうかお静かに
【登場キャラクター:男1.
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コーヒーショップに女子大生が三人。
注文を終えて商品を待つ間、賑やかに話の花は咲く。
「薊ちゃん。好きな人できたでしょ」
「そんなのいないってば」
恋愛の話を振られた車田薊は淡々と答えた。
しかし東海林愛梨と彩陶綾は真に受けず、二人で勝手に話を続ける。
「おっと、食い気味に否定してきましたよ。どう思われますか、解説の東海林さん」
「ええ、実に怪しい反応ですね。クロで間違いないでしょう」
「変なノリ止めてよ」
呆れ顔の薊は二人へ冷たい視線を向けた。この話題への嫌悪すら感じられる。
それでも愛梨はめげずに詰め寄っていった。
「だって最近、たまに恋する乙女の目でスマホ見てるでしょ」
「そんな目で見てないって」
「まあ自分じゃ気付けないよね。でもあれは確実に恋する乙女だったよ?」
「えー。またテキトーな事言ってぇ……」
二人でグイグイと迫る友達にも薊は動じない。誤解だとの態度を崩さず、静かに乗り切ろうとしている。
「正直に言いなよ。相手は誰? やっぱり兄さん?」
「やっぱりって何。悪いけどあーいう人苦手だから……」
「二人でご飯行ってたのに?」
「しつこくて断りきれなかっただけだって」
「じゃあ榊君でしょ」
「ただのサークル仲間だってば」
「仲良く一緒に帰ってるのに?」
「あくまで友達として仲良いだけだから」
「それなら、コータさんだっけ? 例のお隣さん」
「それこそお隣さん以上の関係じゃないし」
「好きでもない男の人の部屋には行かないんじゃない?」
「なんでそこまで知って……」
「この前自分で言ってたじゃん」
「うぐっ」
終わらない追及。執拗な質問責めが止む気配はない。ワクワクした表情からは元気と勢いが溢れんばかり。
恋愛の話題で盛り上がる女子は無敵だった。
そんな中、とうとう薊は爆発したかのように両手を振って抗議する。
「もー! そんなに恋バナしたいならナツさんとしなよ!」
「いやぁほら、なっちゃんの惚気話は別腹というか、ねえ?」
「付き合う前の好きかな? 好きじゃないかな? っていう微妙な時期の恋心を応援したいんだよ」
「だからそんなのないんだって! あーあ! こんな事ならカコさんと遊べば良かったなー!」
「華子ちゃんも最近男嫌いが薄れてきたよね?」
「恋バナに乗ってくるようになったもんね?」
「えぇー……最後の砦が……」
仲間だったはずの友達の変化に絶望した顔となる。孤立した状況に助けは来ない。
そこで薊は矛先を直接相手に向けた。
「そこまで言うなら自分達の話でもしてよ。ワタシばっかりじゃなく。ほら、二人とも最近良い感じなんでしょ?」
「うん。大分打ち解けてきたかな。ブレードからの印象も悪くないと思う」
「未来君とは順調だよ。昭一さんの事も受け入れられたし」
しばらく追及を止め、二人はそれぞれに惚気る。恋する乙女の見本を示すように。
しかしその内容が少々一般から外れていたので、薊は胡乱な目を向ける。
「……二人とも大丈夫? 入り込み過ぎのコスプレイヤーと二重人格者でしょ? もっとマトモな人にすれば?」
「ブレードは本物の騎士なのに」
「二重人格じゃなくて守護霊の昭一さんなんだけどなあ」
「ホラ、二人までおかしくなってる」
薊の不審な目付きはまるで信じていないと物語っていた。
友達思いではあるのだろうが、失礼な態度なのは変わらない。
「人の好きな人を悪く言うなんて薊ちゃんは酷いなあ。くすん」
「悪い子にはおしおきが必要だよね。こっちも辛いけど仕方ない」
「え、なに?」
軽く怯える薊。失言を後悔しても既に遅い。
愛梨と綾は揃って薊の肩を強く掴んだ。
「さあ早く誰が好きか白状して!」
「吐くまで帰らせないからね!」
「さっきと変わんないじゃん!」
元通りの追及へ。その熱意は先程以上。
もう他人へ話題は逸らせない。
薊はいよいよ追いつめられていく。
「モテモテ薊ちゃんはあの三人の誰を選んだのかなー?」
「ワタシなんて選ぶとかそんな偉い立場じゃないし」
「モテる女は違いますなあ」
「だから変なノリ止めてよ」
「まさか三人同時!?」
「するわけないじゃん! 神崎こころじゃあるまいし」
「また友達を悪く言う! 照れ隠しだからって良くないよ!」
叱る愛梨と曇る薊。
話が脱線しかけたところ、綾が静かに呟いた。
「あれ? つまり今のって本命が一人いるって意味じゃ……」
それを聞いた途端、薊の顔が赤く染まる。
「違う違う! ただの揚げ足取りじゃん! 本命なんていないし。別にアイツ、は……」
「ほら、意識してる人がいる!」
「いい加減白状しなよ!」
墓穴を掘った薊に、ここぞとばかりに二人は詰め寄る。
それでも薊は悔しげに歯噛みしつつ必死に耐え、沈黙を保っていた。
そこに。
お待たせしました、と店員が呼び出す。
「あ、あれワタシのだ! とってこなきゃ!」
「逃げた!」
「逃がさないよ!」
はしゃぎながら移動していく三人。
薊は追いつかれる前に店員からカップを受け取り、そして……不意打ちを受けた。
「がふっ……!」
「え、撃たれた?」
不審な反応をした薊を気にして、愛梨は穏やかに近寄る。
それに対し、慌てている薊はカップを必死に抱えていた。
「なんでもない、なんでもないから!」
「カップのラクガキ? 隠さないでよ」
「何が書いてあったのー?」
「ちょっ、止めっ、あ!」
奮闘虚しく、二人がかりでカップを奪われる。
そこには、こう書いてあった。
『あまじょっぱくてオイシイこえ コイしてるんだねっ もっとききたい!』
妙なメッセージ。そしてたくさんのハートに囲まれた簡単な薊の似顔絵と、もう一人のシルエット。
カウンターでは牙のような歯を見せて笑う店員が手を振っている。不思議な印象の彼女のラクガキはSNSでも有名だ。なんでも愛情の籠った声を美味しいと表現しているらしい。
愛梨はニンマリと笑う。
「ほらあ、やっぱり恋してる!」
「こんなのあの人が勝手に書いただけだし!」
「でもその反応は正解なんじゃない?」
「や、ちが……」
綾に言われ、言葉に詰まる薊。
どう言い訳しても無理筋だと自分でも理解していた。
そうして友達が期待して見守る中、薊は観念した。
「……分かったよぉ……言う。言うから……」
「本当に?」
「遂に認めるの?」
半信半疑の二人。今度は優しく促すように語りかける。
すっかりしおらしくなった薊は、熱の籠った声で囁いた。
「うん……好きになった人、いる……」
真っ赤な顔を隠すようにニット帽を引っ張り、軽く俯く。
照れた表情は強い恋心の表れ。
愛梨と綾は黄色い声をあげて友達を応援するのだった。
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【本文の文字数:2,599字】
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