【No.082】誰だって恋をする【暴力描写あり/ホラー要素あり】

【メインCP:男15. 都築つづき 椿樹つばき、女27. 冴島さえじま 野乃花ののか

【サブキャラクター:男5. ブレード・グランドゥール、男11. 間田まだ 名威ない、男17. 雨崎あまさき しのぶ、男26. 土谷つちや 駿一しゅんいち、男29. 三沢ミサワ 晴太ハレタ、男30. 増田ますだたかしモデル2改(犬)、女6. 藤ヶ谷ふじがや 文香ふみか、女32. 鵼乃ぬえの アルル】

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闇・系・虚・影メンヘラ・メイク——ッ!」

 半径十メートル、宙に浮かぶ魔法少女マリアンの両手から魔法砲が放たれた。

 黄昏に山が黒々と迫る時刻。闇のつぶては容赦なく敵の体を塗りつぶし、まるで虫に食わせたように死へ導く。

 人ならざる者——怪異との戦いは魔力の消費が激しい。彼女はふらふらと着地した。

「闇の眷属に見えたのに、闇魔法が効くなんて……妙ね」

 すると『よくやった、マリアン』彼女のピアスに通信が入った。

『大丈夫か、ずいぶん奥地まで誘いこまれたな。いま迎えを送る』

「ありがとうございます、司令」

 ザザァと強い風が吹いた。気がつけば周囲は夕と夜のあわいで、辺りは星も月もない薄暗さに沈んでいた。

 静かに変身を解いた文香ふみかは肌寒さに腕をさすり、その場所に背を向けた。





「え、文香が高熱⁉︎」

 もう四日だ。

 駿一しゅんいちの低い声が野々花ののかに事の重大さを伝えた。

 文香は前回の出動後、バイト先『Eden apple』で倒れ救急車で運ばれた。過労と診断されたが快癒の兆しがないという。


 カウンターに立つ駿一は、この喫茶店のオーナー兼マスター。そして店の地下に魔法訓練校と称する巨大ロボットすら収納できる基地の持ち主司令

「私、看病に」

 そして立ち上がりかけた野々花は、その訓練校の教官であり、元魔法少女ノノン。

「君は明日も仕事だろう。ブレードがついてる、心配するな」

 立ち上がった野々花は、素直にカウンターチェアに再び腰を落とした。ブレードは剣技担当の教官だ。

 「すみません、私……」季節は秋、年末進行の兆しに会社は慌ただしい。基地に晴太はれたの姿しかないことにも先ほど気づいたほど。彼女自身、心に余裕がなかった。

「だが何かあれば君に出動してもらう」

「もちろんです」

 魔法剣士として覚醒した晴太はまだ高校生。それに最近訓練を始めた物理除霊師の椿樹つばきとアルルはまだ実戦向きではない。教官である野々花が一番分かっていた。

「でもやっぱり、明日様子を見てきます」





 翌日、野々花は椿樹と共に文香の部屋を訪ねた。

「……二人ともありがとう」

 見舞いに何人も押しかけてはと思ったが、ブレードからあれこれ差し入れを頼まれ——結果ひとりでは持ちきれず、彼女は椿樹にも声をかけることになったのだ。

 そして二人は、ドアから顔をのぞかせる彼に驚いた。美丈夫が見る影もない。目は落ち窪み、金髪もくすんでいた。

 「そんなに良くないのか」と、椿樹が彼にビニール袋を手渡そうとした時だ。


 手が触れ合う寸前、椿樹が後ろに飛び退いた。「きゃあ!」野々花の腕を引っ張り、背後に庇う。彼女の手放したスポドリやゼリーが狭いコンクリの廊下に散らばった。

「椿樹くん⁉︎」

「怪異だ……しかもかなり強い」

 「えっ」野々花は彼の背中越しに、まるで動きを止めたようなブレードの手を見た。闇が蠢き人の形を失っていく。

「寄こせ——そのいい匂い——」

「やるかよ」

 椿樹が手に持っていたビニール袋を「おらッ!」と隙間に投げた。

 グゥアァァッ——ブレードから獣のごとき奇声が上がり、手が引っこんだ。椿樹が突進し、強引にドアを閉める。背を預け、内側から押し開こうとする力に懸命に抗う。

「く、……野々花、そこの水を!」

 固まっていた野々花は我に返り、足元のペットボトルを拾い上げた。

 受け取った椿樹は歯でミネラルウオーターの蓋を開けると何事か念じ、ドアへと激しく浴びせかける。

 刹那、ドアが浮くほどの体当たりが起こった。

「静かに、しろ!」

 しかし彼が水をかけ続けると攻撃は止み、数秒後には冷えたコンクリには静寂が落ちた。


「……効いたみたいだな」

 大きな息を吐きだし、椿樹は野々花を振り向いた。

 彼女も手のひらに魔力を灯し、有事に備えていた。漂う清々しい香りに彼はようやく元の呼吸を取り戻した。

「水に、霊力を注いだの?」

「あぁ。咄嗟だったがうまくいってよかった」

 がざりと散らばった差し入れをビニールに入れ直しながら椿樹は答えた。

「すごいね」

「別にそんなんじゃない」

 実際、彼女は感心していた。彼女に怪異は全く見えず、魔法も霊力攻撃に比べると効果が薄い。もしも椿樹がいなかったら、と唇を噛んだ。

「司令に知らせなきゃ」

 椿樹は、彼女の押し殺すような声に「あぁ」と立ち上がった。

 一刻も早く彼らを救わなければならなかった。



     ◇



「あー、あの祠を壊した? それじゃもうダメね」

 その子、たぶん死ぬわ。


 椿樹、野々花、アルルは、雨崎あまさきのセリフに言葉を失った。しかし雨崎は「あら、ここのコーヒー美味しい」と笑みを深めるのみ。

「文香が……どうして?」

「祟りよ。もう何人もやられてるって聞くわ」

 色を失った野々花に、隣の椿樹が「大丈夫だ」と励ます。アルルはその様子を見、そっと俯いた。


 ——野々花たちは文香が、敵と同時に小さな祠を破壊してしまったことを突き止めた。そして怪異が原因と当たりをつけると、椿樹は幽霊たちから情報を集めさせた。

 雨崎は、「見た目より長生きだ」と懇意にしている猫又のお墨付きだ。そうでなければ人外の波動を持つ彼を、椿樹は野々花に引き合わせはしなかっただろう。

「何を祀る祠だ?」

「そうねぇ狐か狼か……祟られた人は体にひどい爪痕ができるとか」

 確かにアレは獣の類。

 野々花が雨崎に感謝を述べると、彼も「こっちこそ。美味しいコーヒーのお店を教えてもらえてよかったわ」と匂い立つような微笑みを返した。




 早速三人は現場へと向かったが、助手席の野々花は心配ゆえか重々しく黙ったまま。アルルは車内の空気を軽くせねばと、後部座席からハンドルを握る椿樹にしきりに話しかけた。

「幽霊とか怪異の類なら、私のグローブでとっ捕まえられるかも!」

「そうだな」

 二人の会話を聞き流し、野々花は思考を巡らせていた。ブレードにとり憑いた獣は何を『寄こせ』と言ったのか。なぜ。


 しかし答えは見つからず、野々花はそっと会話に耳を澄ませた。

「あの雪山の、壁に向かって反省する兵隊さん! ウケたよね」

「不謹慎だったがな。俺らしか見えていない状況が状況で、こらえるのに必死だった」

「あと闇医者が空気読めなすぎてさ!」

 彼女にとっては知らぬ話題だ。

 椿樹が野々花とほのかな仲になる前から、二人は修行と称して遠出する間柄。

「あのとき椿樹さんがいなかったら……」

 こういう時、野々花の胸にはちくりと棘が刺さる。

 アルルが彼を憎からず想っていることも、年上の野々花に気兼ねしていることも知っているからだ。十二も年上の自分よりも、年も能力も近いアルルの方がと、恋心と並行する老婆心に眠れぬ夜もあるほどに。



     ◇



 「ランラン」と野々花の指に虹色が灯り、周囲の惨状が照らされた。椿樹とアルルは顔を歪め息を呑んだ。

「……どうなってるの?」

 野々花は屋根から倒壊したらしい古い祠を前に、彼らを振り返る。


 ――粘つく死臭が立ちこめていた。さらには文香の『メンヘラメイク』の跡であるクレーター状の地面からは、黄泉の気配をまとう怪異たちが染み出し夜に遊んでいる。そうかと思えば野々花の魔力に群がり増えているようにも見えた。

「長くはいられない」

 椿樹は野々花の背に立ち、彼女に憑りすがろうとするモノたちを手で祓う。

 魔法少女の魔力はどこまでも清浄――怪異にとっては垂涎のエネルギー。弱いモノなら勝手に消滅するがここの闇はあまりに深い。

 祠の周辺はまるで穴、気を抜けば足を取られるほどの常世への深淵になりかけていた。

「文香の戦った敵も怪異だったそうよ。もしかしたらこの祠の?」

 もはや彼女を片手バックハグで庇う椿樹はきつく眉を寄せた。

「あり得るな、しかしそれなら有効なのは光魔法のはずだが」


 そのときだ、アルルが突然唸り声を上げ二人に飛びかかった。グローブによって増強された怪力が野々花ひとりを狙う。

「アルル! 何を!」

 我を失った彼女の片腕は野々花の首を締め上げ、片腕は椿樹を突き飛ばした。

「『寄こせ――香りを――寄こせ我に――』」

 苦悶を浮かべる野々花の波動が見る間に弱くなっていく。いや、アルル怪異に吸いこまれていく。

 地面に叩きつけられた椿樹はしかし立ち上がり、拳に霊力を込めた。「野々花!」だが椿樹は躊躇に足を止めた、例え彼女を守るためとはいえアルルを殴れはしない。

「お前は、何者だ!」

「『我は祠に宿りし大神——寄こせ——闇を滅す、——力を』」

「闇……? お前は、闇の常世の眷属では」

 その瞬間、椿樹は脳内で何かがカチと嵌った音を聞いた。

「そうか文香の魔法で……浄化が先か!」

 彼は基地との通信をオンにすると『司令、今すぐ増田を!』と叫び、朽ちかけた祠へと駆け寄った。両手に霊力を巡らせ、赦せと念じながら小さな観音戸を開いた。


 腐って乾き果てたお供え飯神饌の奥、そこには、ひびが入り割れかけた山犬オオカミの人形が転がっていた。

「これを……ぐ、ああァァァァ!」

 彼がそれを胸に抱えた途端、弱った山土神に寄生し、人の弱さにも棲まおうとする有象無象の怪異たちが彼に殺到した。

 椿樹は懸命に人形を抱き、地面に頬を擦った。今は闇に堕ちかけていても、元は神の憑代。守らねば全滅だと、椿樹は霞む目で野々花を探した。

 俺は野々花を守るんだ……!


 ひた、

 しかし怪異の濡れ手が、首の根から入りこんだ。彼の弱さに。

 本当に守れるの?

 野々花の声だった。椿樹の心臓は冷えた。

 ひたり、

 実力も年齢も全く届かない貴方が?

 ひたひた、

 違う、野々花はそんなこと言わない。これは俺の……

 俺は、彼女に、愛してもらえるのか——?

 ひたぁ。


 椿樹が惑いに囚われかけた刹那、彼の呆けた顔を「ジャスティスアタック!」猫又の肉球が盛大に潰した。

「まっこと愚かなり。目を覚ますがいい椿樹!」

「名、威……なんで……」

 しかも周囲が妙に明るい。

「椿樹さん、名威さんだけじゃないですよ! 俺も助けに来ましたァ!」

 「よっしゃあブレードスマイル!」晴太の詠唱で、上空からさらに圧倒的な光が降り注いだ。魔法少年晴太が白銀の騎士へと変身、何もかも白光に染まった。


 ただ山土神だけが黒い炎のように闇を滾らせたまま、野々花を捕らえたままだ。


 雑魚の一掃は任せてくださいっ! 晴太が快活に剣を振りかざした。

全てよ光に帰れッオルタントゥ・グリッター!」

 椿樹は目奥を灼く光の奔流に、そこら中から湧き蔓延っていた有象無象の怪異たちが灰燼に帰したのを、視た。

「椿樹さん、今です!」


 彼はすでに駆けていた。

 だがアルルを乗っ憑った土山神も、力を失った野々花を絡めとり血肉ごと喰らわんと牙を剥く。

「目を、目を覚ませ! アルル————ッ!」

 椿樹の絶叫は、届いた。

「『光を――我を元の姿ギィッ』……椿樹、さ……負けて……たまるかあぁぁ!」

 歪む顔が瞬くごとにアルルと怪異を行き来する。

 椿樹は掌の表面に霊力を収斂しゅうれんさせる。

 片腕グローブ片腕山土神を制した。


 野々花の波動は消えかけていた、この一撃で浄化せねばならない。

 そうだ、ノノンが香気なる力を放つ、そのイメージを以て。


浄杵・咲ヴァジュラスマイル——!」


 椿樹の掌から虹色の辰星ほしが生じ山土神アルルへと放たれた刹那、プラズマが闇だけを貫いた——。



 ◇



「山土神さま、すっかり増田の体に慣れたのね」

「ワフン当たり前だ。野々花、散歩に連れて行け」

「ダメ、椿樹くんと待ち合わせてるの」

 クゥーンと鼻を鳴らした増田改め山土神は、しおしおと基地への階段を降りていった。


 元は山犬オオカミの人形がご神体だった山土神は、現在犬のロボットである増田の体を仮の姿としている。野々花の友人、探偵の愁の伝手で修理を頼んでいるところだ。

 信仰の途絶えた神は闇を寄せやすく、また寄せれば弱まり闇に染まる。必死に踏みとどまっていたそこへ、文香マリアンの魔法でついに闇堕ちしかけた。闇をまといながらも彼女らの清浄な魔力を欲したのはそのためだった。

 椿樹の霊力によって闇が祓われ、脆弱ながら元の神の力を取り戻したのだ。

 アルルも文香もブレードも、今では元気だ。


「き、来た……」

 ポンっ! 野々花が意図せず小花を降らせたとき、椿樹も窓越しに彼女に微笑んだ。

 野々花には——「野々花、無事でよかった」と、彼女のふっくらした頬が彼の涙を受けたあの日から——元魔法少女としての矜持と同じくらい大切なものができた。


 彼女はそっと足元のボストンバッグを見下ろした。心を預ける不安はある。

「でも大丈夫。私は、私……」

 魔法少女だとしても——例え異世界騎士でも宇宙人でも人外でもロボットでも少年でも、ただの女の子だとしても。

「悪い、待たせたか」

「ううん」

 この胸に広がる気持ちは、恋でしかないから。

「好きです、椿樹くん」


 ポポポンっとまた花が盛大に舞った。



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【本文の文字数:4,997字】

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