【No.080】記念日に、ささやかなお祝いを

【メインCP:男33. さかき 雪彦ゆきひこ、女7. 車田くるまだ あざみ

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「あ、コンビニ寄ってこーよ。寒いし、肉まんでも食べよう」

「いや、俺はいい」


 女子の誘いをばっさり断るのは悪印象だとわかっている。だが、彼女はそんなことを気に留めるそぶりもなくすたすたとコンビニのほうへと足を進める。


「あ、じゃあ私だけ食べるからさ、ちょっと待っててよ」

「わかった」


 それくらいなら、と頷いて、彼女がコンビニのなかへと入っていくのをガラス戸越しに見送った。


 彼女…… 車田 薊くるまだ あざみとは大学のサークルで知り合った。極度な男嫌いらしく、出会いたての頃は毛を逆立てた猫のような対応をされていたが、最近ではそれも減ってきた。車田の男嫌いの原因は姉にあると知ったのは、ゼミの飲み会(むろん一年なので酒は飲んでいない)でのことだ。そこで俺が、


「俺も年が近い兄貴がいるけど、大学生になったら学校も別になったし、共通の知り合いもいなくなった。だから気にする必要はないんじゃね」


 と言ったところ、妙に納得されてしまった。実際の所、件の姉は車田とは別の大学に行っているらしく、大学の知り合いから仲介を頼まれたことは今のところないらしい。高校時代の知り合いからは、未だに姉目当てで言い寄ってこられるというから恐れ入るが。俺はむしろ、それだけもてる女と付き合ったら中学時代の二の舞になりそうだから、お近づきになるのはまっぴらごめんだが。

 その場の勢いで俺の中学時代の異性トラブルの話をしたら、それがきっかけになったのか俺に対する警戒心はやや薄れた。今では、サークル終わりに一緒に帰る間柄になっている。おそらく車田のなかで、俺は「姉狙いで自分に言い寄ってくるおそれのない男で、同性の友人と大差ない」というポジションに落ち着いたのだろう。他のサークルの同期からは「あの車田になつかれるなんて……どんな手を使ったんだ」などとからかい混じりに言われるが、余計な下心を出さなければいいのに、と思うだけだ。


 そんなことをつらつらと考えながら待っていると、カランカランとガラスの押し戸が開く音がした。


「ごめん待たせて。ちょっと並んでてさ」


 そういう車田は三角形に折られた袋を手に持っている。俺の横に立ち、テープをはがして袋をめくると、中からオレンジ色の肉まんが顔を出した。


「肉まんシリーズは、絶対普通の肉まんが一番美味しいって言ってなかったか」


 思わず以前車田が言っていた言葉を口にすると、彼女はいたずらっぽく笑った。


「その考えは変わってないけどね。でもさかきは違うでしょ? ハンバーガーとか牛丼とか、割とジャンキーなものが好きじゃん。だったらコンビニにある肉まんシリーズで一番好きなのはピザまんじゃないかなって」

「いや間違ってはいないが。それ車田が食べるんだろ?」

「もちろん。でもさ、せっかく寒い中待ってもらったから、はい」


 車田は手の中にあったピザまんをきれいに半分に割り、どこに忍ばせていたのか紙ナプキンで挟んで俺に渡してきた。


「知ってると思うが、俺は金が無いぞ」

「あー絶賛推し活中なんだっけか。いや、そうじゃなくってさ。今日誕生日でしょ、君の」


 言われてようやく思い出す。十二月二十五日。クリスマス生まれの俺は、プレゼントが年に一回しかもらえないと嘆いていた時期はとうに過ぎ、『誕生日おめでとう』と対面で言われる機会もめっきり減った。家族は起きて顔を合わせるなり祝いの言葉をくれるが、友人たちには言う機会もないので、俺の誕生日を知らない人間も多い。そんなわけで、大学に着いた瞬間、自分の誕生日のことは頭から抜け落ちていた。


 俺の仏頂面をどうとったのか、車田はふっと笑う。


「LIMEの通知でたまたま今朝気付いてさ。どうせ榊は『家族に祝ってもらえるし別にいいや』とか思ってるんだろうけど、気づいたからには何もしないっていうのも落ち着かなくてね。それに、改まったものをあげても君は受け取ってくれなさそうだし」

「そんなことは」


 ない、と言いかけて口ごもる。異性からプレゼントを受け取るだけで、やっかみの対象になりかねない。それは中学時代の経験から学んだことだ。大変よくモテる姉を持つ車田だからこそ、その辺は理解しているのだろう。

 だが、車田が俺に“改まったもの”をくれるつもりがすこしでもあったのなら、何をくれたのかは気になってしまった。それを口にしたら、車田がまた毛を逆立てた猫モードになるおそれがあるので言えないが。


「ま、この場ですぐ食べて無くなるものなら、気兼ねなく受け取ってもらえるかと思ってね。というわけでいっしょに食べるよ」

「ど、どうも」


 いまいち心が落ち着かないまま、俺は車田からピザまんを受け取る。少し時間が経ったそれは若干冷めていたが、トマトソースとチーズは適温で、冷えた身体に染みわたる味わいだった。


「あったかい」


 俺の呟きに顔を上げた車田は、えっと呟く。


「榊、そんな表情ができたんだ」

「え?」


 車田に目をやった途端、「あ、いつもの榊に戻った」と彼女は笑う。


「私はもう慣れたけどさ、榊の仏頂面。でも、今の表情、悪くなかったよ。ピザまんあげてよかったって思った」


 俺はいったいどんな顔をしていたのか。少なくとも、いつも同期に「能面」とか「無表情」とか言われるそれではなかったのであろうことだけはわかる。だが、大学では見せない顔が出せるのは、家族と、元カノの前だけだったはずだ。


 そこまで思い至ったとき、かあっと頬が熱くなった。いや車田に対してそんな感情は抱いていない、はずだ。だがだとしたら、今まで意識していた表情筋が意図せず緩んだのはなぜだ。混乱する俺のほうを、車田はのぞき込んでくる。


「なんか今日の榊は、ちょっと違うなぁ。顔赤くなってきたけど大丈夫? ごめん寒い中立たせすぎた? そろそろ帰ろっか」

「ああ」


 そこから駅までの道は、自分でも何を言ったのかは覚えていない。ただ、いつも口数が少ないほうなのが幸いして、車田には変に思われていなかった、と思いたい。


 別れ際、反対のホームに向かう車田はにっと笑った。


「言い忘れてた。誕生日おめでとう、榊」


 右手を上げて階段を登っていく車田の背中を見上げ、いま絶対に大学ではしない表情をしていると自覚してしまった。



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【本文の文字数:2,494字】

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