【No.083】拒否する理由もない(都築 椿樹、花澤 風太)【BL要素あり】
【メインCP:男13.
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元々、『
職場の近くにある公園で、よくジャグリングをしているのを、休憩時間に見ていたから。
明るい声と笑顔が印象的なパフォーマンスで、見ているだけでいい意味で肩の力が抜けてちょうどいいのだ。
そんな彼の表情がやつれ始めたのが半年ほど前。
幽霊がとりついていることに気がついて、物理で祓ったことで少し距離が近づいたのが、五か月くらい前。同時期に『風間花野井』が芸名で、『
そして今、俺たちはそこそこの頻度で会うようになっている。
「お邪魔します」
最近はよく、花澤が俺の家に来るようになった。
目が合うと、フレームレスの眼鏡の奥で、柔らかな瞳が緩やかに弧を描く。
彼の犬と似た笑顔に、温かなものを感じてしまう。
「最近よく来るな」
「
瞳の奥に、不安そうな色が覗く。
いや、と否定すれば、ほっと息を吐く花澤は、素直だ。
犬か猫かで言えば、犬。
「俺と一緒にいて、安心するものなのか」
座卓を挟んでお互いに座布団に座りながら、俺は問いかける。
だいたい、家に来たからってなにをするわけでもなく、ただただポツポツと会話をするだけだ。
一時間、二時間ほど話して、お開き。
たまにそのまま夕飯を食べたり、話の流れで泊まっていったり、という例外がないわけではないが、だいたいが本当にただ、話すだけだった。
無愛想で、怖い、と言われたことは、何度もあった。
だが、安心すると言われたことは、覚えている限りでは一度もない。
うーん、と花澤は左上に視線を向ける。
「都築さんって、風間花野井の僕と、花澤風太の僕。どちらも知っても、変わらなかったから」
組んだ手に顎を乗せて、俺より少し低くなった視線をこちらに向け、花澤は笑う。
「僕、疑ってたんですよ」
「なにを」
「都築さん、風間花野井をいつも見てくれてたじゃないですか。だから、花澤風太を知ったら、幻滅するんじゃないかって」
思い当たる節はあった。
今でこそ、色々な表情を見せてくれるようになったが、助けようとした当初、花澤風太の瞳にあったのは、どんな表情をしていても隠しきれていない恐怖だった。
それは、幽霊とは関係のない、俺に対する恐怖だった。
ただそれは、見ず知らずの大人に突然踏み込まれたことによるものだと思っていた。
「話すようになった時期、僕、花澤風太として会話した日は、いつも夜、怖くなってたんです。風間花野井としてまたあの公園に行ったとき、都築さんがいなかったらどうしようって」
花澤が目を伏せる。
長いまつ毛が、頬に影を落とした。
ふ、と窓を見る。
眼に痛いくらいの青空が、カーテン越しにこちらを見ていた。
「……生前、人の悪口なんか言わず、誰にでも優しかった奴がいたんだが。幽霊になったそいつは、人を呪い殺そうとする悪霊になっていたことがある」
交通事故で亡くなったクラスメイトだった。
きっと、色々なものを耐えて、耐えて、生きていた分が、溢れ出たのだろう。
誰かを殺めてしまう前に、祓ったが。
「人なんて、何面もあって当たり前だろ、と、俺は思う。まあ、これは極端な話ではあるが」
視線を窓から花澤へ戻せば、花澤は丸い瞳をキョトンと開いたのち、くしゃりと笑った。
年相応な笑顔に、つられて俺の口角も上がる。
「それに、軸になっている部分は同じだと思うけどな」
「同じ……?」
「言わねえぞ」
「酷いなあ」
こぼすように言えば、花澤はうしろに手をついて、また笑った。
「僕、都築さんのそういうところ、好きです、本当に」
「酷いところか」
「都築さんでも冗談言うんですね」
「……」
思わず手を伸ばして小さな鼻を軽くつまんでやれば、ケラケラ笑いながらその手を掴んでくる。
おとなしく手を離そうとして、花澤の手が俺の手を掴んだままだということに気づいた。
その手が、かすかに震えていることにも。
「僕、結構ずるいんですけど、都築さん、知ってますか?」
フレームレスの眼鏡越しに、目が合う。
口元は笑っているのに、目が笑っていない。
「そうなのか」
「そうなんです」
グイッと手を引かれる。
抗えないほどの力ではなかった。
でも、抗う理由も浮かばなかったから。
顔が、近づく。
迷うように開閉する、形の良い唇からこぼれる吐息が、揺れていることに気がついた。
「例えば?」
じっと、目をそらさずに問う。
花澤は一度キュッときつく口を閉じると、意を決したように、微笑んだ。
強い微笑みだった。
「わかってるくせに」
「悪い、言葉にしてもらわないとわからないな」
ニッと意識して笑えば、花澤は虚を突かれたような表情をし、数秒後、座卓に突っ伏してしまった。
手も一緒に座卓に着地している。
掴まれている、とは言えないくらいの、触れあっているだけの手。
動かす気にもなれず、そのままにする。
「……今の、ずるいです」
「そうか」
「都築さん」
突っ伏していた顔が、こちらを見上げる。
ご丁寧に、耳まで真っ赤だ。
「都築さんは、僕のこと、拒否しない、ですもんね」
どこかすがるような声色に、思わず指先に力を込めた。
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【本文の文字数:2,050字】
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