10月10日 公開分
【No.056】優しい人(間鹿島 久、佐藤 彩夏)
【メインCP:男35.
【サブキャラクター:男13.
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明るい声。
まるでその手に吸い寄せられるかのように収まって、そしてまた空を舞う複数のボールやクラブ。
拍手の音に、ハッと我に返る。
人だかりの真ん中でお辞儀をする彼に、私も拍手を送る。
私はそっと、隣で一緒に見ていた
奈都美さんとはお散歩仲間だ。
頻繁にすれ違っていたから、なんとなくお互い会釈くらいはするようになっていたのだけれど、会話をするようになったきっかけは、とある歌がきっかけだった。
ラジオを聴きながら歩くのが好きな私は、ある日気分転換にラジオアプリで配信をきいていた。そこで歌われていた歌があまりにも優しくて、一瞬で心を奪われて、しばらく耳から離れなかったものだから、初めて聴いた日から数日経った日に口ずさんでいた。そうしたら、たまたま一緒に信号待ちをしていた奈都美さんが声をかけてくれたのだ。
まさか、その歌声の本人が目の前にいるのにも関わらず、歌を口ずさんでいた、なんて思わなくて、思い出す度に穴があったら埋まりたくなるくらいの出来事ではあるけれども。
そんなこんなで、よく奈都美さんとはお話をするようになった。
お散歩していたら遭遇した出来事、学校のこと、おすすめの歌やラジオ番組、そして、恋愛の話。
三つ年上の奈都美さんはいつでも穏やかで優しくて、温かな人だ。
そんな人がときどき顔を赤らめながらする、片思いの話を聞くのは、なんだか胸がほかほかして、大好きだった。こんなに素敵な奈都美さんが好きになるのだから、きっといい人なのだろうな、と思っていたし、はやく結ばれてほしい、とすら思っていた。
そう言われて向かった公園。
人だかりの真ん中で、明るい笑顔でジャグリングをするその人に、一瞬で心を奪われた。
なんて楽しそうにしているのだろう、と。
明るい声や仕草すべてが輝いて見えて、気づけば周りの音が聞こえなくなっていた。
一目惚れは、一瞬で失恋に変わった。
私が一目惚れした相手、
帰り道、とぼとぼと歩く。
初めて見たあの日、あまりにも夢中で花澤さんのことを見てしまった私は、奈都美さんに、楽しそうに見ていたね、と言われた瞬間に、テンパった勢いで、ファンになりました! なんて口走ってしまったのだ。
たぶん、奈都美さんには言葉以上の意味なんてなかったのだと思う。
ただ、勝手に他人の恋人に一目惚れして、勝手に失恋した私には、そうは聞こえなかったのだ。
その日以来、その言葉を嘘にしないために、奈都美さんに声をかけてもらったときに一緒に見に行っている。
「なにしとるんやろ、私……」
不毛、というのだろうか。
もう既にやぶれている恋。
諦めているつもりなのに、いつも花澤さんの笑顔を見るたびに胸は高鳴るし、奈都美さんへの罪悪感で胃は痛む。
いっそもう、見に行かなければいいのに、それでもやっぱり彼の芸を見る時間は楽しいし、奈都美さんとお話をする時間も大好きだから、ついつい行ってしまう。
なにより、奈都美さんと花澤さんが会話をしているときの、ほわっとした空気も、好きなのだ。見ていて苦しいくせに。
あほだ、私は。
はあ、と大きなため息を吐いたときだった。
「
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、顔を上げる。
振り向けば、制服姿のクラスメイトがいた。
部活帰り、だろうか。
「
空が橙色に染まり始めていることに気がついて、私は首を傾げながらも挨拶をする。
「どっちでもいいんじゃね? それよりも、なんか悩み事とか?」
「え?」
「深刻そうな顔してた」
「……そうかな、そんなこと、ないと思うけど」
笑顔を作る。
すると間鹿島くんの眉間にしわが寄った。
「ないことないだろ」
断言するような声色に、思わず笑顔が固まる。
「どうして」
「佐藤、ちゃんと笑うとえくぼできるんだよ」
言いながら、間鹿島くんが自分の頬を指さす。
どうやら、間鹿島くんにとっての私の笑顔とは、異なった笑顔だったらしい。
「すごい、私以上に私の表情に詳しいんだ」
「茶化すなよ」
「茶化してはいないけど、ごめん……」
うまく会話がはまらない感覚に、どうしたものか、と考える。
本音を言えば、適当に誤魔化してそそくさと立ち去ってしまいたいのだけれども、無理な予感がしている。
たまたま偶然お姉ちゃんが通ってくれたりすればやりようがあるのだけれども、今日はアルバイトで夜遅くにならないと帰ってこない。
「俺じゃ、話しづらいこと?」
「話しづらい、というか。たぶん、間鹿島くんを困らせるだけだと思う」
話しづらいと言えば、話しづらい。
クラスメイトだから、用事があれば話すけれども、でも、それだけだ。
世間話だってしたことがないのに、いきなりクラスメイトの失恋話なんてされても困るだろう。
「困るかどうかは、俺が判断する」
「……どうしてそんな、気にしてくれるの」
あまりにも食い下がられて、思わずポツリと口から出てしまった。
だって、仕方がない。
クラスメイトに、ここまで食い下がられたことなんて、ないのだから。
間鹿島くんは、罰の悪そうな表情で頭を掻くと、言葉を探すように視線を泳がせてから、再びこちらを見た。
「
「……そう、なんだ」
確かに、最近よく気にかけてくれている気はしていた。
そうか、心配されていたんだ。
「
「いや、話してるのが聞こえてきただけっつうか。佐藤が席外すたびに、どっちが先に佐藤を笑わせられるかって競ってるのが聞こえてたっつうか」
あ、そこも勝負するんだ。
想像をするのが容易くて、小さく笑う。
嫌じゃないのはたぶん、彼女なりの気配りだとわかっているからだ。
「笑った」
「間鹿島くんの勝ち?」
「いや、俺は聞こえてただけで、勝負してはいないから」
律儀な人だなあ、と思う。
クラスメイトの一人が元気なさそうにしていても、放っておけばいいのに、気にかけてくれるのだから、いい人だな、とも。
だから、言ってもいいかな、と思った。
そんないい人に、あまり心配させすぎるのも嫌だったから。
「失恋したんだ、私」
「失恋」
今度は間鹿島くんの表情が固まる。
予想外の言葉だったのか、オウム返しに言葉が返ってくる。
「うん、失恋」
「佐藤が?」
「うん」
「失恋?」
「そう」
「……好きな人、いたんだな」
どこか呆然とした表情で出される言葉に、私はうなずく。
「いたんだ。意外?」
「あー、いや、予想外の言葉に驚いてただけ」
それを意外というのでは? と思ったけれど、飲み込んでおく。
「だから、今は元気がなく見えるかもしれないけれど、でも、たぶんそのうちまた元気になるから、大丈夫だよ。ありがとう、間鹿島くん」
安心させたくて、精一杯の笑顔でお礼を言う。
間鹿島くんは、じっと私の顔を見たあと、また少し視線をさまよわせてから、斜め下に視線を落ち着かせた。
「……俺さ」
「うん?」
「恋愛って、好きでいるだけでいいだろって思ってたけど」
「うん」
「なんか、嫌だな、失恋って」
その言い方はまるで。
「間鹿島くんも、失恋、したの?」
「あ」
間鹿島くんの目が、大きく開かれる。
そしてまた視線をさまよわせると、一瞬私のほうを通過してから、斜め上で視線を止めた。
「ちが、そうじゃなくて。そうやって失恋で佐藤が元気なくしてるのが、って、違う、えっと、つまり、好きでいるだけでいいつったって、辛くなるよなってこと! そら元気なくなるよな、と思ったんだよ」
早口に言うと、間鹿島くんは頭を掻いて、また別の方向へ視線を飛ばしてしまう。
「優しいんだね、間鹿島くんって」
「はあ?」
思わず口から出た言葉に、間鹿島くんが呆れたような表情でこちらを見る。
話したことがないから知らなかったけれど、こんなに優しくて、こんなにくるくる表情を変える人だったんだ。
「心配してくれたし、たぶん、今、慰めようとしてくれてたでしょう? だから、優しいんだなって」
「あー……、そういう」
納得したような、していないような表情の間鹿島くんに、違ったのかな、と少し不安になってくる。
「まあ、それでいいや」
「それでいいってなにが?」
「なんでも。じゃあまた月曜日、学校で」
「あ、うん。またね」
お互い、軽く頭を下げて、歩き始める。
足取りは、少しだけ軽くなっていた。
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【本文の文字数:3,376字】
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