【No.055】小さな青春のうた
【メインCP:男25.
【サブキャラクター:男12.
----------
今日は高校の文化祭。
賑やかな声や足音があちこちから聞こえてくる。学校全体が影響されて浮ついた雰囲気が満ちている。
オレはいまいち気が乗らないクラスの出し物、メイド執事喫茶で店番をしていた。
不真面目に個人の出し物のバンドステージの事を考えながら仕事をしていると、不意にソイツを見つけてしまった。
「……あ!」
廊下を通り過ぎていくのを追いかけようと、慌てて教室から飛び出そうとする。
「玉森、どこ行く気!?」
「ワリィ。すぐ戻っから許してくれ」
「えぇ? こんな時にサボんないでよ」
それを止めてきたのはクラスメイトの
当然の反応だが従えない。
振り切って外に向かおうとすると、人影に目の前を遮られる。
「そんなんだからガキ扱いされるんでしょーが」
「ゲェ! 先輩!」
オレは咄嗟に後退りした。
「先輩にその態度はなにかなー?」
「うぐ……すいませんでした」
「分かればよろしい。それじゃ、ちゃんと仕事しなさいよ」
「はい……」
オレが渋々頷けば、先輩は鳥井の方へ。
先輩お久しぶりですー、服かわいー、先輩も着てみませんかー、ワタシには似合わないってー、とワイワイはしゃいでいる。
いや、仕事はどうした。
そう思いつつもオレは大人しく仕事に戻る。
既に一人、席に着いていた。
「はあ~、学園祭のメイド喫茶も素晴らしいですわ……我が校でも是非……いえいえ、学友の方々をそのような目で見てはいけませんわ!」
変な客だった。
そりゃオレがどっか行ったら困るよな。
覚悟を決めて接客に入る。
「お待たせ致しました」
「あら、ただの執事ではないのですわね。私、ファンタジーも
「えぇと、まあ……ありがとうございます」
オレの少し尖った耳を見ての発言に、言い淀みつつも相手の話に合わせておいた。
コスプレではなく、実際にオレはエルフの血を引いていた。
母親が異世界からやって来たエルフだから。痛い妄想みたいな話だが現実で、魔法を見せられたら信じるしかない。
そのせいで成長が遅いし見た目も変わっているしで色々苦労してきて、両親とは気まずい関係だ。
ただ、今の悩みは別の事だった。
数日前、オレは妙な場面に出くわした。
物理的にあり得ない異常事態と、それを引き起こした女。
魔法を知るオレだから、目の錯覚なんかじゃなく確実に異常だと分かった。それを放置できない。
後ろで丸めて三つ編みでまとめた、黒に緑が混じった髪。うるさい口調。それから美人。
その女を、オレは探していた。
同じ学校だったなら話は早い。
店番交代の時間になると、一二年の知り合いを求めてボードゲームが自由に遊べるクラスに行った。
早速見つけた身長の悩みを共有する同士、一年の
「連! ちょっと聞きたい事が……いやなんかやたらうるさいな!」
「あ、玉森先輩。それがですね、白河先輩がチェスで負けたんですよ」
「は!? あの天才が!?」
教室を覗くと、チェス盤を挟んで後輩と小動物みたいな知らない女子がにこやかに向かい合っていた。
「
「はい、こちらこそ……」
白河・クラーク・シグマ。
アメリカから来た天才美少年。
住む世界が違うような人間だが、ハーフ同士(オレはイギリスとのハーフという事にして誤魔化している)の縁で色々と繋がりがある。どれだけ天才かはよく知っているだけに信じられなかった。
「僕も囲碁を打ちましたがまるで敵わなかったんですよ」
「そりゃすげえな……って、いやそれより聞きたい事があるんだ!」
気を取り直して探している女の特徴を話すが、連は渋い顔だ。
「すみません。一年生にはいないと思いますね……奏介君は知ってる?」
「僕も知りません。二年生じゃないですか?」
友達からも収穫はなかったが、こっちに来た白河がサラッと告げる。
「ああ、恐らく
「お、サンキュ」
名前を覚えて、行きそうな場所も聞いて、早速向かおうとする。
そこに白河が言葉を重ねてきた。
「玉森先輩。彼女は誤解されがちですが、悪い人間ではありませんよ」
「おう、分かった。覚えとく」
後輩からの忠告をちゃんと受け取って、オレは教室を後にした。
校舎の外で、例の鵼乃を見つけた。
女子四人組の中の一人。
それぞれクレープを手にしていて、楽しそうに文化祭を満喫していた。
「鵼乃アルル!」
オレに気付いた鵼乃は、中腰になって応じてきた。
「なんだ中学生か? 年上を呼び捨てなんて良くねえぞ?」
「うるせえ! オレは高三だ! 後輩はそっちだっつの!」
「は!? ウソだろぉ!」
「本当だ! 目線を合わせてくんな!」
「ええと……すいません」
やっぱり失礼な奴だ。
鵼乃は疑いの気配を残したまま、不機嫌そうな顔で聞いてきた。
「で、そのセンパイがなんの用だ……っすか?」
「変な力について話がある」
声を潜めて言えば、目が鋭くなる。
それから鵼乃は友達に申し訳なさそうに言った。
「
「……先輩、アルルを連れていく権利を賭けて勝負しません?」
「奈々。邪魔はやめよ?」
「そうだよ。僕達は甘味巡りを続けるんだから」
三人は賑やかに喋ってからようやく離れていく。
それを確認して、オレと鵼乃は人の少ない隅へ移動。
「センパイの名前は? そっちだけ知ってるなんて不公平だろ……っすよ」
「……
「へー、ミルトリオ……へー」
「アルルに文句言われる筋合いはねえぞ」
「そりゃそうだ……っすね」
お互い珍しい自己紹介を終えると、向こうから本題に入ってきた。
「……それで、センパイも見えるんだ……見えるんすか?」
「見える?」
何の話か分からず首をかしげると、鵼乃は大袈裟に溜め息を吐いた。
「なんだ、違うんだ……すね」
「見えねえけど妙な力があるのは分かってるぞ」
「それがセンパイにどう関係あるんすか?」
「いや、なんか嫌な気配を感じる。使うには良くない力だろ」
「それくらいの弱い力なら口挟まないでくださいよ。アタシのグローブは悪い力なんかじゃねーんで」
「グローブ?」
機嫌を損ねたようで、鵼乃はフンとそっぽを向いてしまった。
鵼乃にとっては大事なものらしい。
オレからしたら寒気すらする異常な気配なんだが、オレに見えない以上は判断できない。本人に悪影響がないなら様子見しかないか。
ただ、もう一つ問題があった。
「あと、なんか逃げる女子を追いかけてたよな? 何してた?」
「あ、あー……嫌な感じに見えちまうか……」
鵼乃は頭を掻きながら天を仰ぐ。
「なんだよ?」
「いや、天倉はいつも一人で、友達になろうとした、っていうか……」
「そんなの放っといてやれよ」
「それが、天倉は親も友達も皆死んでるんだ……です。自分が誰かといたら不幸が起きるって信じてるみてーで……そんなの、ほっとけないだろ……っすよ」
「それは……」
嘘を吐いている感じはない。
後輩の言葉を思い出す。確かに荒っぽいだけで根は良い奴。
信頼してもいいんだろう。
「なんだ、ただのお人好しか」
「センパイこそ、わざわざ追いかけてくるなんてよっぽどじゃねえ……すか」
「悪いかよ」
「いいや?」
どうやらオレの取り越し苦労だったらしい。
それならさっさと文化祭を楽しむか、と思っていると。
「お、噂をすれば」
天倉が視界を横切った。更には後ろにさっきの鵼乃の友達三人も。
文化祭を一緒に回ろうと誘っているみたいだ。
どうにもお人好しが多い。
こうなると諦めてもらうしかない。逆に可哀想に思えてくる。
それでも安心して輪に加われたらいい。
「ん?」
が、そこに異変が起きた。
四人の前、校門の前に設置された文化祭の門。
それが、ゆっくりと傾き、倒れてくる。
「誰も気付いてねえぞ!」
「危ねえ!」
オレ達は飛び出していた。
ほぼ同時に。
気に入らねえが、息は合う。
「間に合わねえか……!?」
鵼乃は悔しげに唸る。
間に合いさえすればいいらしい。
ならば、とオレは母親譲りの魔法を使い、追い風を吹かせた。
鵼乃の背中を押して、加速。
「うおっ! ……よし、これなら! 行くぜグローブ!」
鵼乃の手に、見えない何かがまとわりつく気配がした。
重い門に真正面から挑み、構え、受け止める。
ズゥン、と震動が響いた。
怪我人はゼロ。全員無事。門は静かに地面へ降ろされた。
辺りが騒がしくなり、注目の的。
天倉は女子三人がなだめている。そっちは任せればいいだろう。
皆が異様な事態を避けて空いた場所で、オレは鵼乃と向かい合う。
「……なんだよ、今の怪力」
「……センパイこそ」
「オレのはあれだよ。偶然風が吹いただけで別になんもしてねえ」
「そんななわけねえ……ないッスよね?」
「じゃあそっちは?」
「いやほら、叫べば気合い入るんで、火事場の馬鹿力ってやつだ……っす」
「なんだそりゃ」
「センパイに言われたくねー……っす」
お互いに誤魔化しが下手過ぎて、おかしくて、自然と笑ってしまう。
「ハハッ」
「あはははっ」
「ま、全員助かったならいいか」
「そうッスよ。センパイ」
達成感と高揚感。最高の気分。
そして鵼乃の笑った顔が可愛くて、つい見惚れた。
一瞬、時が止まったような。
世界に二人だけのような感覚。
ハッと気付けば互いに間抜けな顔を見合わせて、慌てて顔を逸らす。
向こうもそっぽを向いていて。チラッと見れば、耳が赤い。
「あんまいやらしい目で見ねーでくださいよ、センパイ」
「あん? 生意気だぞ後輩。黙ってりゃ美人なのによ」
「美っ……!?」
言葉に詰まる鵼乃。更に顔が赤い。
変な事口走ったせいで空気がおかしい。
しばらく無言。気まずくて、痛い。
「センパイ、これ……」
「お、おう……」
そんな時に鵼乃が箱を差し出してきた。ドキドキしながら受け取ると、その中からは。
「ぬわっ!」
ピエロが飛び出してきて、オレは思わず尻餅をついた。
ビックリ箱。なんでこんなモンを持ち歩いているのか。
鵼乃は爆笑している。
「あはははははは! センパイ、ぬわって! ぬわって!」
「なんだお前コラァ! 子供みてえな事しやがって!」
「子供みたいなのはセンパイの方だろ。ちっこい癖にあんな事言ってもカッコつかねーって!」
「ああん!? お前こそあんなの真に受けんな!」
「今更撤回なんて格好悪!」
「おい、オレは先輩だぞ!」
怒鳴りにも動じず、悪態続き。
でもまあ、おかしな空気を壊してくれたのは有り難い。
あのままじゃ空気に呑まれてもっと変な事を言いそうだった。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ内に二人とも落ち着いてくる。
けどやっぱりイライラする。
それなのに、不思議と空気感は悪くない。
「……オレ、バンドやるんだ。そうまで言うなら見に来いよ。カッコいいトコ見せてやっから」
「ふーん。そこまで言うなら見てもいい……っすよ。下手なら笑うだけなんで」
「はん。覚悟しとけ」
「期待しないでおく……っす」
ニヤニヤと挑発的な笑顔を浮かべる鵼乃。
やっぱり可愛くなんてなかった。
体育館は超満員だった。
大半の客の目当てはオレのバンドじゃなく、その後に出るアイドル
それでもステージからは絶景。
気分良く見回せる、はずだった。
オレは元々バンドを組んでいるが予定が合わず、今日の文化祭だけの即興バンドで出演する。
同学年の
二人は心配そうにオレを気遣ってきた。
「オレ達より緊張してるな」
「なにかできる事はあるか?」
「……なんでもねえよ」
ステージから鵼乃の姿を見つけてから、なんかおかしい。
いつもと違う感覚でモヤモヤしていた。
頭に浮かぶのは、今日やる予定の、何度もカバーされている定番のラブソング。
「クソッ、そんな訳ねえのに……」
歌詞の内容に鵼乃の顔が何故か重なり、その度に顔は熱くなっていく。これじゃまともに演奏できそうもない。
こんな選曲、するんじゃなかった。
----------
【本文の文字数:4,796字】
★この作品が気に入った方は、応援、コメントで投票をお願いします!
★特に気に入った作品はコメントで「金賞」「銀賞」「銅賞」に推薦することができます(推薦は何作でも無制限に行えます)。
★各種読者賞の推薦も同じく受付中です。今回は「キュンとした賞」を含む常設の読者賞に加えて、「末永く爆発しろ賞」「さっさとくっつけ賞」「ギャップ萌え賞」「オトナの恋愛賞」を特設しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます