【No.052】雪山の七人【読者への挑戦あり】【性描写あり】

【メインCP:男22. 天城あまぎ 未来みらい天城あまぎ 昭一しょういち、女34. 彩陶さいとう あや

【サブキャラクター:男15. 都築つづき 椿樹つばき、男27. 松蛇マツダ シュウ、男34. 勅使河原テシガワラ 留綺ルキ、女9. 神崎かんざき こころ、女32. 鵼乃ぬえの アルル、ほか】

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 山小屋は吹雪に閉ざされていた。令和の世に電話が通じない雪山などあるものかと思う向きもあるだろうが、携帯の電波というのは案外簡単に不通になるものだ。そして誰もがスマホを持つご時世だからこそ、無人の山小屋にコストのかかる固定電話など引かれていないというわけである。


銃弾タマの摘出は成功だ。まあ俺の手術オペに失敗は有り得ねえがな。麻酔から目覚めりゃ事情も聞けるだろ」


 皆の待つ大部屋に姿を現すなり、黒髪天パの闇医者は言い切った。眼鏡越しの目に覇気こそないが、その口調には確かな自信が感じられる。

 の無事に一同が安堵したのも束の間、ショートヘアの女子大生が立ち上がり、縋るように声を振り絞った。


「それで、天城あまぎ君をあんな目に遭わせたは誰なんですか!?」

「探偵はそっちだろ」


 闇医者が顎で指した先、和風の外套コートを纏った長髪の男が、椅子に背を預けたまま怜悧な瞳で一同を見渡す。探偵小説然とした出で立ちに反し、その表情は何かを口にするのを逡巡しているようでもあった。


「どうしたんですか、探偵さん。何か分かってるなら教えてください」


 女子大生に憔悴しきった目を向けられ、男はようやく頷いて、黒い手袋に覆われた指で何かを摘み上げた。


「彼が倒れてた現場に落ちてたものだ」


 その物体――薄いピンク色のゴム製品を見て、女性陣の反応は三者三様に分かれた。

 引き気味の表情で固まる件の女子大生。げぇっと嫌悪感を露わにするシニヨンヘアの美少女。対照的に「わぁ」と愉快そうに声を上げたのは、吹雪の山小屋に到底似つかわしくないメイド服に身を包んだ栗色の髪の若い女。

 かたや男性陣では、オイオイという顔で肩を竦める短髪の若い男。そして、探偵の手元のそれをしげしげと眺める闇医者。


「はっ、付け損なったコンドームか。あの兄ちゃんは童貞だな」

「あんた、女子も居る前でそんな……」


 探偵が咎めるそばで、シニヨンの少女が「うっわ」と露骨にドン引いた反応を見せ、彼女を庇うように短髪の青年が生温い視線で闇医者を睨んだ。


「今時、幽霊でももうちょっとデリカシーあんぞ、オッサン」

「はん、そりゃ生きて食ってクソしてる人間の方が下品で当たり前だろーが。ノンデリついでにもう一つ教えてやるよ。あの兄ちゃんの●●●に射精の痕跡があった。今日が記念日かもしれねーな」


 過半数の白けた視線を意にも介さず、闇医者は探偵に水を向ける。


「どうだ探偵さん、女性陣の身体検査をすりゃあ、犯人が――」

「あんたもう黙っててくれないか。セクハラヤブが」


 静かな、しかし堅気カタギ離れした気迫で発言を遮る探偵。流石の闇医者も「おお、怖い怖い」と降参するように両手を上げ、手近な椅子にどっかと腰を下ろした。

 簡易ストーブの炎がゆらゆらと揺れ、六人の影を山小屋の壁に映し出す。


「とりあえず、改めて自己紹介でもしようか」


 気まずい無言を断ち切ったのは、やはり探偵だった。


「俺は松蛇まつだしゅう。見ての通りの探偵業だ」

勅使河原てしがわら留綺るき。はっ、見ての通りのセクハラヤブ医者だ」


 無駄に火花を散らす二人に溜息を吐いて、短髪の青年が口を開く。


都築つづき椿樹つばき、ただの会社員だ。この山にはコイツと修業トレーニングに来た」


 傍らのシニヨン少女を手で示す青年。「何の?」と松蛇が目ざとく問いただす。


「人に言うようなことじゃない。で、コイツが連れの――」

鵼乃ぬえのアルル。高校生」


 手短に名乗る彼女の目には、初対面の大人達への不信感が滲んでいた。


「あ、あたしは彩陶さいとうあやといいます。天城君とは大学でサークルが同じで……」


 震える声で被害者との関係を述べたのは先程の女子大生。膝の上で両手を握って震えていた彼女だったが、ふいに耐えきれなくなった様子で、最後の一人を指差して声を張った。


「あなた、神崎かんざきさんだよね? なんでここに居るの!? そ、そんな変な格好して……!」

「変な格好じゃないよ。これはクラシカルメイドって言って、立派なメイドさんの仕事着だよ?」


 そう言ってスカートの長い丈を摘んでみせる彼女の声は、状況に全く合わないほど明るく弾んでいた。


「知り合いか」

「っていうか……この子、大学で有名なんです。そ、その、色んな人と……寝てるって」


 アルルが再び「うっわ」とドン引きするが、女は平然と微笑を浮かべている。


「私は楽しそうな場所ならどこにだって行くし、いいなって思った人がいたら誰とでも仲良くするよ」

「そういうの、よくないと思うけど!? 男女の関係って、もっと一途じゃないと……!」

「今は個人の恋愛観で争ってる場合じゃねえだろ。撃たれて死にかけたんだぞ、あんたの彼氏」


 椿樹の言葉に、綾は顔を俯け、「彼氏じゃ……」と消えそうな声で呟く。


「マジか。こんな雪山とこに二人で来といて――」


 隣のアルルの頬に赤が差すのを見たのか、椿樹は途中で言葉を飲み込んだ。


「いや、悪い。別に恋人じゃなくたって二人で遠出くらいするよな」

「そ、それより、はどーしたんだよ?」


 顔を上げ、照れ隠しのように別の話題を切り出したアルルに、一同は「あの女?」と注目する。


「アタシ、見たんだよ。モンペみたいなズボンパンツ穿いた三つ編みの女が、廊下であの天城サンって人を……ゆ、誘惑してんのを!」

「ええっ!?」


 綾の驚きに同調するように、他の全員の間にもどよめきが走る。


「こんな山小屋だ。隠れられる場所なんかない」

「つまり、何だ。その女があの兄ちゃんを誘って●●●●して、その後に兄ちゃんを撃って、この吹雪の中をどこかへ逃げたって言うのか?」

「そ、それも神崎さんじゃないの!? 誘惑魔の神崎こころって有名じゃない!」

「イヤ、そのヒトとは顔も髪型も全然違ってたし……。あっ、まさか椿樹サン、アタシが見たのって誰かの霊だったんじゃ――」

「幽霊が銃で人を撃つかよ」

「その銃なんだが」


 勅使河原から渡された拳銃弾を手袋越しに摘み、松蛇は言った。


「この国で拳銃なんて、若い女がそうそう手に入れられる筈もない。それに、こんな古い型の銃弾タマ、見たこともない」

「新しいのなら見たことあるのかよ」

「……俺が言いたいのは、この事件の裏には何か、途方もない真相が隠れてるんじゃないかってことだ」


 探偵の言葉に一同が息を呑む中、ひとりメイド服の女だけが、緊迫感の欠片もない様子でくすりと笑った。








  * * * * *  * * * * *  * * * * * 



【読者への挑戦】

 天城青年を銃で撃ったのは誰か?

 答えはキャラクターリストの中にある!



  * * * * *  * * * * *  * * * * * 








「綾ちゃんはさー、天城君のこと好きなの?」


 強さを増す吹雪と反比例するように一同の口数が少なくなっていた中、メイド服の女がふいに切り出した。


「……例えそうでも、神崎さんに教えたくない」

「それ、もう言ってるようなもんじゃ……」


 横から言いかけて、慌てて口元を押さえるアルル。

 皆の視線が集中する中、メイド女は綾の顔を覗き込んで声を弾ませる。


「あはっ、でも、彼とはだったんだ。早く既成事実作らないと、私みたいなのに取られちゃうよー」

「っ……!」


 綾の平手が飛ぶ。それを止める者は居ない。

 むしろ殴られた女の方にこそ皆が険しい目を向ける中、扉が開き、別室で患者の容態を見ていた勅使河原が顔を覗かせた。


「盛り上がってるとこ悪いが、その童貞君が目を覚ましたぜ」



  * * * * * 



「天城君っ!」

「気をつけろよ。まだ絶対安静だ」


 包帯を巻かれベッドに横たわる青年が、純朴そうな目を綾に向け、「彩陶さん……」とか細い声で呟く。


「なあ、椿樹サン、あれ」

「ああ。な」


 アルルと椿樹のやりとりに怪訝そうな一瞥をくれつつ、松蛇が被害者に問うた。


「起きたばかりのとこ悪いが。この中に君を撃った奴は居るか?」

「……いえ」


 それよりも何かを探すように、不自由な体で室内を見回そうとしている青年。

 アルルが「そっちだよ」と部屋の隅を指差すと、彼はベッドの上から視線を向けて安堵の表情を見せた。

 一同の疑問に応えるように、椿樹が口を開く。


「信じるかはあんたらの勝手だが。そいつの守護霊だか背後霊だかが、そこで壁向いて正座してんだよ。あの格好は昔の兵隊か?」


 驚くのは綾ばかりだった。勅使河原が「へえ」と物珍しそうな声を漏らすのに続いて、松蛇は「成程な」と頷く。


「それで分かった。同業者が趣味仲間から聞いたそうだが、実在してたとはな」

「又聞きの又聞きじゃねえか。何がだよ」


 闇医者に促され、探偵は一人の人物に向き直った。


「その兵隊の霊とやらが彼に取り憑いてるのを見て誤認したな? ――通称『ノゾミ』!」


 彼が迷いなく指差した相手――メイド服の女は、皆の視線を一手に受け、勿体ぶりもせず肯定の笑みで応えた。


「さすが探偵さん。ふふっ、ヘンだと思ったんだよね。私、普段はいい歳して童貞のオジサンの前にしか現れないからさー」

「神崎さん……?」

「ごめんね綾ちゃん。私、本物の神崎こころじゃないんだ。あっ、でも映像投影プロジェクション機能は使えるみたい。未成年の子もいるからー、情事の後からでっ」


 女の目が光る。壁に映し出されたのは、呆然とした顔で壁際にへたり込んだ天城青年の姿だった。


は天城昭一しょういちさん、昭和元年生まれ。だから今年で98歳になるのかな?」

「何言ってるの!? 天城未来みらい君でしょ!?」

「霊は死んだ時の歳のままだろ……」


 各々の反応をよそに、映像の中の青年が悔恨に拳を握る。


『くっ、俺はどうかしていたっ……! 流されるままに、こんな……それも梅ちゃんの顔をした娘さんと……!』

『心残りだったんだべ? 気にするごどねえよ、昭ちゃんが喜んでくれだならおらも嬉しいよ』

『馬鹿っ、嫁入り前の女子おなごがこだこどしては駄目だっ!』


 青年が肩を掴んでくる主観映像。ややあって腕を下ろした彼は、続けて苦しそうに言葉を捻り出した。


『やはり、俺の魂は現世に留まるべきじゃなかった……。君が本当に梅ちゃんの霊だって言うなら、俺を連れていってくれ』

『よぐわがんねえげんとも、昭ちゃんは死にでえってごど?』

『……ああ。俺が靖国やすくにに行けば、こいつも俺から解放されて自由になれる』

『そうがぁ……』


 映像が止まり、女は指で銃の形を作って言う。


「まあ、死にたがる人間って珍しくないし、とりあえず彼の望むようにしたんだよね。彼の記憶から出した銃を使って。そしたら、彼の魂は体から抜けちゃって、私はこの姿になってた。そっかぁ、その体に二人居たんだ。若い方の彼は神崎こころとヤリたかったのかな?」

「あ、あなた、一体何なの!?」

「知らなぁい。気付いたらこの世に居たの。いつでも、どこにでも現れて、愛を知らない男の人の望みを叶えてあげるだけ。そういう意味じゃ、神崎こころと変わらないかもしれないね」


 青ざめた顔の綾にすっと近づいて、女は「綾ちゃん、最後に一つ」と耳打ちする。


「彼、一線は越えてないからねっ。無理やりゴム付けてヤッちゃおうとしたけど、嫁入り前の娘がナントカーって言われてめっちゃ拒まれてさ。しょうがないからお口でしてあげたの。だからー、筆下ろしは、綾ちゃんにお・ま・か・せ」

「なっ、何言ってっ……!?」

「じゃあね、皆っ。色々イレギュラーな体験できて、私も楽しかったよっ」


 顔から蒸気を噴き上げる綾と、唖然とする一同を残して、彼女は窓をすり抜けて吹雪に溶けるように消えていった。そんな女の痕跡など最初から存在しなかったかのように。


「はっ。この世には、人間の想像も及ばねー出来事がいくらでもあるってことだ」


 勅使河原が自分の右腕を爪先で弾いて言った。硬い金属の音が響く。「違いない」と応じる松蛇、窓の外を目で追う椿樹とアルル。

 綾とベッドの上の青年は、お互い顔を真っ赤にし、ぎこちなく向き合っていた。


「……天城君、神崎さんみたいな子がいいんだ」

「いや、違くて、それは……」


 弁明を試みる青年の姿を見て、男達は顔を見合わせ、「あぁ……」と納得とも同情とも付かない溜息を同時に漏らした。


「まあ、医学的見地から言うとだな。雑にヤリてぇ女を思い浮かべる時に、本気で惚れてる相手は却って出てこねぇ……そういう男もいる」

「兵隊さんの方は、逆に『梅ちゃん』以外の女を雑に抱くことなんか考えたことも無かったんだろうしな」

「椿樹サン、死体蹴りになってるって。まだ恥ずかしがってんだろ」


 幽霊が正座しているという一角を指差す少女。探偵はふっと口元を吊り上げ、青年と女子大生を見やって言った。


「彼の心がどっちかは、君がこれから確かめるんだな」


 ますます顔を赤くして、それでも青年の手をそっと握る彼女。

 いつしか吹雪は治まりかけていた。



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【サブキャラクター(続き):女24. 対象男性の望むように】

【本文の文字数:5,000字】

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