【No.043】元魔法少女ノノン(34)【ホラー要素あり】

【メインCP:男15. 都築つづき 椿樹つばき、女27. 冴島さえじま 野乃花ののか

【サブキャラクター:男4. 夜鳥ヤトリ 繰流衛門クルエモン、女22. 天倉あまくら 芽芽音めがね

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 野々花ののかは目を疑った。

 今は夜の二十二時。夜に白い三角錐を作る電灯の下、真っ赤な風船が路上で笑っていた。しかも、その小学生が膨らませて遊ぶようなごく普通の風船には、凶悪な目と口、そして重たげに浮かぶ影の下には色を失った女子高生が倒れている。


「……なに、あなた、は……」

 返事だったのだろうか、形容し難い奇声が野々花の耳をつんざいた。同時、見た目とは裏腹な直線的スピードで化け物が彼女に襲いかかった。

「……ッ」

 彼女は咄嗟、ローヒールパンプスを鳴らし『ランランッ!』黒のタイトスカートで側転、『ノノンフラワァ——!』すれ違いざまに右手をシャランと振った。その瞬間、少々肉厚な手の平から夜風を遮るごとく花の奔流が生じる。

 それは全て蕾、清廉なる可憐。

 ——彼女が現役だったのは七年前まで。

 しかし一立方メートルに満たない化け物の容積には充分、彼女の放つ鮮やかな花々は執拗にそのにまとわりついた。見る見るうちにゴム製を模した体表はチューインガムが伸びるように膨張、入りこんだ花たちによって内側からぼこぼこと歪んでいく。


 野々花は力なくうつ伏せる少女に駆けより、意識があることを確認すると、キッと今や醜悪に変形した真っ赤な化け物を見上げた。

「……人の悲哀は不味いでしょ、代わりにお花でいっぱいにしてあげる」

 シャラン。

『ノノン、スマイル』

 轟音——文字通り破裂した化け物は一片すら残らず花々の発する光に灼かれ、消えた。周囲には清々しい香気と夜の静寂だけが、沈んだ。



    ●○●花いっぱいになぁれ! ノノンスマイル——!



「それで、なんで俺の出張に事務員の先輩がついて来るんです?」

「ん〜。個人的に、京都に行くところあって。予算的なこと教えるって口実で許可降りたよ」

「個人的?」

 椿樹つばきは、普段は冴えない事務員である野々花に向け、眉を寄せた。

 先ほど彼が出張のため新幹線に乗りこんだところ、本来会社にいるはずの彼女が「一緒に行く」と宣い、隣で美味そうに缶ビールを飲み始めたのだ。


「例のことに何か関係が?」

 社内で彼女が元魔法少女だったことを知るのは彼のみ。それは、入社三日で彼女のおかしな波動に耐えきれず、怪異の変異擬態かと物理攻撃を仕掛けたことがきっかけだった。

 同時に彼の方の特殊な除霊体質が彼女に知られることになり、何かと融通を利かせてもらっている現状。そもそも新人がおいそれと反論はできない。

「先月、怪異のせいで物理破損した備品があったよねぇ」

「……取材のあとなら」

「あはは。よろしい」


 無害そうな横顔がへにゃりと崩れ、椿樹はため息をつきたくなった。

 十も年上の女性に対し、謎の庇護欲を感じる自分に戸惑っているからだ。普段のおっとりとした様子には特に。

「飲みすぎないでくださいよ」

 返事の代わりに、ぽんと小花が散った。

 すると後ろの座席の小学生から「わぁ魔法みたい」と声が上がった。言ったそばからと、椿樹は瞑目する。

 野々花が「あはは。手品だよう……!」と下手な言い訳をするのを無視し、彼は花の香りに長く寝たふりを決めこんだ。




「本当に、この先に用事が?」

「うん、たぶんね」

 多分じゃ困ると、椿樹は周囲の異様に気づかないフリをした。

 深夜の『六道辻』——地獄の入り口と呼ばれるスポットに二人は向かっている。

 「なにも夜に」と苦言を呈した彼に対し、野々花は「だって魔法とか人に見られたくないでしょ」と呑気なものだ。


「……もう、この辺でやめないか」

 狭い通りには宿や土産屋もあるようだが、椿樹はあからさまな怪異の気配に足を止めた。朱塗りの門の見える数メートル手前で野々花の肩を掴んだ。

「いっぱいいるの?」

「息苦しいほど」

 彼はうざったらしく彼女の頭部周辺を手で払う。

「分かった。私は見えないから、危なくなったら逃げてね」

「……じゃあ最初から巻きこむなよ」

 しかし彼女は彼の不機嫌顔にはまったく気づかず、「ランラン」と小さく唱えた。

 ポゥと指先が虹色に輝いた。

「出てきなさい夜鳥繰流衛門ヤトリ クルエモン。いい加減、人間を惑わすのはやめて」

「……ヤァ誰かと思えば、懐かしいお客サンのお出ましだ。まさかノノン嬢さんとまた会えるとは」

「あなたは変わらないのね」

 肩をすくめた野々花はしかし、油断のない表情で相手を見つめた。

 ゆらりと浮かび上がったのは、背がひょろりと高い男。煙管タバコの白煙を吐き、緑がかった乱れた黒髪、闇夜でも金に光る瞳。

 それは椿樹から視ても、明らかに人間ではなかった。ただならぬ怪異の登場に、椿樹は野々花の前に出た。

「それ以上は冴島さんに近づくな」

「オヤ、恋のいろはも知らなかったお嬢が男連れ……。クク、時の流れは残酷だねぇ」

「ちょっとヤトリ! 余計なこと言わないでね! 都築くんいいから、昔の知り合いなの!」

 椿樹は渋々という体で彼女に並び立った。


「さて、ボクに何の用があるのかな?」

 彼女はシャランと指を振り、「『ウツロブネ』店主、取引よ」とヤトリに言った。

「風船のお化け、あなたの仕業だよね」

 刹那、しなる鞭のように並ぶ小花が渦を巻きながら出現した。その一つ一つはほのかに光り、頭上から彼らを照らす。

「どう? 現役じゃないからこれぐらいしか出ないけど、あなたのの材料にするには充分じゃない?」

「これはこれは! 貴重な魔法少女の残滓! しかもこれだけあれば光る玩具に花の香りの玩具、いや待てよ魚に食べさせればうまく変異して珍しい玩具が作れるか、いや子どもは虫の方が好きだからぶつぶつ」

「えぇ虫はちょっと嫌だなぁ」

「……先輩、一体どういうだ。怪異と取引なんて、絶対にやめた方が」


 今や野々花の操る花々は通りを埋め尽くすほどの量へと膨れ上がっていた。ヤトリはうっとりとそれを見上げ、ついと金の眼を二人に向けた。縦に割れる瞳孔がぎらと物騒な気配を帯びた。

「……いいのかいノノン嬢? 子どもたちを脅かす、天敵の玩具売りに塩を送っても。取引なんぞ面倒で、うまいこと君を冥府に引き摺りこむかもしれないよ」

 椿樹が身を沈め、いつでも飛び出せるよう構えた。彼の攻撃は常に物理、拳はヤトリの横っ面を狙って固く握られた。

 「まぁね」野々花も左の手のひらを前へ突き出し、薄い紗を何枚も重ねたようなシールドを展開した。

「大丈夫、今度も勝つから」

 ヤトリの金が驚きに見開かれる。

「オヤ驚いた。引退してもこの魔法量……。さてはお嬢、まだ乙」

「ランランッ!」

 弩級のうねりが六道辻の大岩をぐらぐらと揺らした、今にも破壊しそうなほどに。


 そのとき、椿樹はその岩が動くたびに噴き出す漆黒に、臓腑を下から撫でられるような怖気に見舞われた。現世に隙あらば戻らんと、人の憎悪や悲哀、孤独を溜めこんだ粘つきが唯の人間——椿樹へと殺到する。不味いりこまれると、彼が苦悶に顔を歪めたときだった。

 胸をすく香りが彼の頭にまるで雪のように降った。

 途端、嘘のように体が軽くなる——「なんて強い、浄化」彼は呆然と呟き、知らず膝を折った。

 見上げた先には、いつもの迂闊で人の良さそうな事務員はいない。


「妙齢の女性にセクハラなんて社会的にも許されないんだからッ! 覚悟してよね! ハイパワァァァァ、ノノンシャ——」

「ワァ待った待った! 降参しましょう、美しい女性のお願いを無碍にするのは後味が悪いからね……! ヤァ嬉しいな、これで子どもたちにキレイな玩具ばかり作れるなぁー!」

「……これだけあればどれくらいつ?」

「十年は約束する」

 「成立ね」野々花がホッと息をついた。緩やかに下がった手の動きに従い、彼女の花々は光の粒へと形を変えてヤトリへと流れた。数分とも数秒ともつかぬ間で、辺りは再び夜に戻った。

 最後、白煙がゆるりと金をけぶらせた。

「いい夜になったよ。ヤァ今後も『ウツロブネ』をご贔屓に……」



    ●○●浄化してあげる! ノノンシャワァ——!



 野々花が語ったことには、ヤトリは常世の玩具狂い。

 女性相手でなければただの無頼者で、猫も杓子も玩具にし、人間を危ない目に遭わせ続けているという。

 玩具は、人の悪意からできれば人を害し、善意から生まれれば人を扶ける。


 ——ホテルに戻ると、彼女は気が抜けたかすぐに前後不覚に陥った。

「魔力……切れた、寝ない、と」

「さすがに十年分だからな」

「ぅん、ごめ……お……み」

 すうと寝息を立て始めた彼女を、椿樹はしばし見下ろした。

「別に、疑ってた訳じゃないですけど。……すみませんでした」

 以前に『世界の平和を守った』と豪語した彼女を。

 そして年上のくせにと、舐めた感情を持っていた浅はかさを恥じた。


 ややふっくらとした彼女の頬に乱れた髪がかかっているのを、彼は造作なく触れようとし、やめた。香りに心乱した自分が、かすかに震える睫毛にすら惹かれていると自覚したからだ。

「次は……俺が守る」

 ぽつりと落ちた言葉に、彼女はへにゃりと笑った。



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【本文の文字数:3,496字】

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