10月6日 公開分
【No.042】こたつのようなぬくもりを【BL要素あり】
【メインCP:男14. ジョナサン・マレー・
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太陽が嫌いだ。
こちらが望んでもいないのに、無駄に熱を分け与えようとしてくる。陽の下を歩いているだけで、押しつけがましさを感じてしまい不快になる。だから最近は、遅番のバイトばかり入れていた。ほとんど人に出会うことのない夜の歩道は、おれの心を荒立たせる要素が少ない。
なのに、おれはあの夜、あのひとに出会ってしまった。
おれに非があるとするならば、三日ほど食事をとっていなかったことだ。遅番の仕事が続くと、食事をとるタイミングを見失う。工場勤務だと、作業場所から休憩所まで離れているからろくなものを食べる時間がないし、特殊清掃の後に普通に食事をとれる奴の気が知れない。というわけで、工場勤務からの特殊清掃明けだった俺は、そこに布団があったら倒れ込んで寝込みそうなくらいには疲れていた。実際のところ、目の前に現れた白い板に、それが人間であるとも気付かずにもたれかかってしまったのである。
「ご、ごめんなさい! ……大丈夫ですか?」
頭上から降りてくる男の声に、ああ、白い板は布団ではなかったのかと思った。おれより背が高い男は嫌いだ。おれを見下ろしている目線が、見下す視線に変わる瞬間は脳が沸騰しそうになる。いまも、不快感に身を焼かれそうになりつつも、ぶつかったのはおれのほうだという理性はかろうじてはたらいた。
「申し訳ありません」
しかし、離れようとした身体はうまく動かず、そのまま崩れ落ちてしまう。おれはこんなに非力だったのか。いや、こんなモヤシ野郎に育ったのは何もかも、あのクソ親父のせいだ。そんなことを考えているうちに身体が浮き上がるのを感じた。お姫様抱っこというやつをされているらしい。嫌だ。でかい男に触れられたくない。頭は回るのに身体は動かない。そして不覚にも、安定感のある抱えられ方に安心してしまったのを最後に、おれの意識は無くなった。
次に目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。左手に点滴が打たれており、自由がきかない。何度か瞬きをしていると、右側に腰かける男が視界に入った。
「お節介かもしれませんが、倒れたあなたを放っておくことができませんでした。ここは私が払うので、落ち着くまでゆっくりされてください」
長身で、いかつい身体をしていることは座っていてもわかる。しかし存外に落ち着いた声をしていて、少なくとも今は、理性的な人間の皮を被っているのだと理解した。向こうに敵意がないならば、こちらが過剰に防御に入る必要もない。
「ありがとうございます。でも、ここは自分で払います。もう帰ってください」
今はとにかく、このでかい男との関係をさっさと終わらせることが先決だった。人と関わりをもつとろくなことにならない。おれのようなろくでなしならなおのことだ。明らかに育ちが悪いおれをわざわざ病院まで連れてくるようなお人好しは、もっとまともな人間を助けて生きていくべきだろう。
「……わかりました。しかし、もし同じ道でまたあなたが倒れていたら、私はまたお節介を焼いてしまうかもしれません。お許しください」
男はそれだけ言い残して、席を立った。この手のお節介焼きはそのまま居座るものだと思い込んでいたから、若干拍子抜けしたのと同時にほっとする。これでもう、あの男と金輪際関わることはないだろう。
そう思っていたのに。おれは夜道で、あの男とすれ違うことが多くなった。厳しい顔をしている男は俺と目が合うと軽く会釈をするものの、特に会話をすることはない。ストーカーかとも疑ったが、一度後を付けてみたらそれなりに値の張るマンションに迷わぬ足取りで入っていったので、逆におれがストーカーみたいだと馬鹿らしくなってやめた。
男とすれ違うことに対して緊張感が薄れてきた頃、おれはまた食事を摂るのを失念していた。道端にはちょうど、レンガ造りの壁がある。日中は駐輪場か何かなのだろうが、夜は何もないので横になるにはちょうどいい。吸い寄せられるようにそこに倒れ込もうとした瞬間、腕を掴まれた。
「あなたがこんなに遅い時間まで働いていたのは、道端で寝るためではないはずです」
聞き覚えのある男の声がしたと認識はしたが、言葉の内容は頭に入ってこない。ただ、おれを引っ張り上げる腕がうっとうしかった。
「生きるためには金が要ります。ほうっておいてください」
「放っておけません。以前言ったでしょう。もしまたこの道であなたが倒れていたら、私はまたお節介を焼いてしまうかもしれません、と」
「病院に行ったら、寝るだけで金をとられます。なら、そこの道端で数時間寝た方がましです」
「そこまで言うなら、私の家をお貸しします」
「は?」
意識がもうろうとしてきた中でも、妙なことを言われたというのはわかった。おれはほうっておいてほしいだけなのに。しかし気づいた時にはおれの腕は男の方に回されて、半ば強引に引き上げられていた。
「あなたには休息が必要です。赤の他人の私でもそれはわかります。全く見知らぬ仲でもないですし、ふとんをお貸ししますよ」
穏やかな男の声に何と返したかはわからないまま、おれは意識を手放した。
その後、男の宣言通りに布団で寝かされていたおれは、不覚にもここ数年で一番すっきりと目が覚めた。身なりがきちんとしていたから部屋も整っているのだろうと思いきや、男の部屋は散らかっていて勝手に掃除の手が動く。それを見ていた男に、「家の掃除をするアルバイトを頼めないか」と言われて断り切れなかったのは、あの布団が気持ちよかったからだと思う。決して、攻撃力が高そうなのに害意を一切感じさせない男にちょっとだけ情が湧いたとかではないはずだ。
世間が太陽だとするならば、男はこたつのようだった。必要なときだけぬくもりを与えてくれて、そうでないときは全く干渉してこない。その距離感が、おれにとっては心地がよい。彼との生活は案外悪くはない。
居候生活が一か月になりそうなときに、なぜおれなんかにここまで構うのか、と尋ねた。男は少しはずかしそうに微笑んで答えた。
「名前が、僕と同じだったからですよ。他人とは思えなかったんです」
クソ親父が適当に付けたであろう名前に、生まれて初めて感謝した。
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【本文の文字数:2,496字】
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