【No.044】お嬢様と、もう一度【GL要素あり】

【メインCP:女19. 酒々井しすい 綾乃あやの、女20. 饗庭あいば 常葉とこは

【サブキャラクター:女9. 神崎かんざき こころ】

----------



「お帰りなさいませ、お嬢様♪」


 その夜、誕生パーティとは名ばかりの、権謀術数渦巻く顔繋ぎ会からようやく解放された酒々井しすい綾乃あやのが屋敷に戻ると、見知らぬメイドが寝室で待ち構えていた。

 ウェーブのかかった栗色のロングヘアをサイドポニーにくくり、装いはコスプレ感マシマシの丈の短いフレンチメイド服。屋敷の他のメイドとは明らかに異なる雰囲気に、綾乃のセンサー(比喩)が敏感に反応する。


「ちょっとあなた、何ですの? その装いとテンションは」

「しばらくここでお仕えさせて頂くことになりましたのでっ。十八歳のお誕生日おめでとうございます、綾乃様♪」

「とりあえず、語尾の音符をおやめなさい。ここは酒々井の本邸ですのよ? 断じてメイドカフェじゃ――あら?」


 言いかけて気付いた。どこかで見た顔だと思っていたが――


「あなた、例の研究所のアンドロイドじゃありませんの」

「まあ、覚えていて下さったなんて光栄です♥ 神崎かんざきこころでございます、改めてお見知りおきくださいませっ♥」

「ハートマークもおやめなさい。前からそんな喋り方だったかしら?」


 酒々井家が出資している研究所で生み出された感情学習型AIアンドロイド。神崎こころはニコッと笑ってその場でターンし、謎に顔の横でピースを決めてきた。


「お望みならギャル風の喋り方とかも出来るけど、どーするしー?」

「『どーするしー?』じゃありませんわ! 普通にお喋りなさい!」


 華奢な肩をいからせてツッコミを入れ、ついでにお屋敷のヴィクトリアンメイドとコスプレのフレンチメイドの差異、設定に合わせた服装選択の重要性について10分ほどお説教をカマしたあと……。


「力加減は大丈夫ですか、綾乃様」


 ちゃっかりメイド口調に戻ったこころに手足をマッサージされながら、お気に入りの浴室で乳白色のお湯に浸かって一息ついている綾乃であった。


「ええ、いい感じですわ。あなた、機械のくせしてマッサージがお上手ですのね」

「お褒めにあずかり光栄です。何しろ夜の秘め事は私の本懐ですので、それはもう、人肌の扱いは上手くもなります」

「よっ……! そ、そういうことは、大っぴらに口にしない方がいいんじゃなくって!?」


 いかな箱入り娘でも、そのくらいのレトリックが理解できない彼女ではない。


「まあ夜じゃなくてもヤるんですけどね」

「やめなさいって!」


 なんだか裸を見られていることが急に恥ずかしくなって、せめて一部でも体を隠そうとしたところで――

 ふいに耳元に唇を近付けてきたこころが、人間さながらの吐息とともに囁きかけてくる。


「十八歳になられたんですよね、あ・や・の・様♥」

「~っ!? 冗談はおよしなさいっ、分解させますわよっ! ていうか、あなた、まさか最初からそのつもりでっ……!?」


 ザバッと浴槽から体を起こして自らの肩を抱く綾乃に、こころはキョトンと首をかしげて、


「あら、意外とウブな反応なんですね。元婚約者の方とはそういうことしてなかったんですか?」

「してるわけっ……! こっこっ婚前ホニャララなんて、はしたない……!」


 顔を真っ赤にして身をよじらせる綾乃の前で、ぴっと人差し指を立てて言った。


「とまあ、前フリはこのくらいにしまして」

「まだ前フリでしたの!?」


 こくりと頷いて、アンドロイドはようやく本題らしきものを切り出す。


「実は私、ある方に頼まれて来たんですよ。十八歳になられた綾乃様を手籠てごめにしてほしいって」

「てごっ……!? だ、誰がそんな破廉恥はれんちな……殺し屋ならまだわかりますけどっ」

「殺し屋ならまだわかるんですか」

「これでも各界から恨み妬みを買いまくりの財閥令嬢ですもの、入浴中に命を狙われてもおかしくありませんわ」

「どこかで見たような話ですね……」

「じゃなくてっ、あなた一体誰に頼まれましたの!? わたくしが生徒会選挙で下した対立候補!? チェスでコテンパンにしたどこぞのボンボン!? 事と次第によっては、その者の命、わたくしが倍の値段で買って差し上げますわよ!」


 マフィア映画で見たやりとりを綾乃が咄嗟に繰り出すと、こころはあくまで真顔で、


「私は殺し屋じゃないので。逆に先方をブチ犯して来いというご依頼でよろしいですか?」

「ぶちおかっ!?」

「あっ、駄目でした。私はその方に手出しできないんでした。大きな力に阻まれていますので」

酒々井ウチより大きな力っ……まさかイー◯ン・マスク!?」

「いえ、そういうのでは……。それより綾乃様、ちゃんとお湯に浸かってないとお風邪を召しますよ」


 顔から蒸気を噴き上げっぱなしの綾乃をどのツラ下げてかなだめ、何でもないようにマッサージを再開したのだった。



 * * *



 翌日、神崎こころは学生バージョンの装いでキャンパスに赴き、屋外のベンチで「依頼者」と肩を並べていた。


「そう……はまだ誰にも心を許してないんですね。よかった……」


 小動物のように縮こめていた姿勢を楽にして、葡萄ぶどう色の瞳に安堵を浮かべたのは、まだこころのの対象には入らない十六歳の少女。さらさらの黒髪を三つ編みにした饗庭あいば常葉とこはだ。


「あれ、常葉ちゃん、私はまだ未経験としか報告してないよー。心の方はどうか知らないよ?」


 フレンドリーな女子大生モードでイタズラっぽく口元をつり上げるこころ。常葉も僅かに表情をほころばせて、機械仕掛けの瞳を見返して言った。


「でも、続きがあるんでしょう? あなたの誘惑をお嬢様が拒んだ、その後の会話が。聞かせてください、こころさん」

「何でもお見通しだねー」


 こころは昨晩の会話データを常葉のスマホに飛ばす。

 添い寝はしないまでも、綾乃が入浴と興奮で火照った体を天蓋ベッドに横たえ、眠りに落ちる瞬間までこころと寝物語を交わしていた記録だ。



 ――でも、綾乃様。いっそ女の子同士っていうのもアリだと思いますよ?

 ――何が『でも』ですの。……まあ、確かに、殿方にはちょっぴり疲れたかもしれませんわ……

 ――そうでしょ? じゃあ、私が綾乃様を癒して

 ――そのノリはもういいって言ってますの。……女子だろうと誰でもいいわけじゃなくってよ


 ――じゃ、誰だったらいいんです?

 ――そうですわね……ねえ、言わなきゃ駄目? もう眠たいのだけど……

 ――寝言と思って聞いてあげますよ


 ――……変わった子でしたわ……。友達が少ないわたくしのこと、たった一局のチェスで理解してくれた……直接顔を合わせたのはその時きりだけれど、遠隔リモートでずっと力を貸してくれた……

 ――その方のことが忘れられないんですね、綾乃様

 ――……でも、だめよ……。あの子はどこぞの政治家に引き抜かれて……飛び級で大学に行っちゃいましたわ……。わたくしのことは、ちょっとした遊びでしたのよ……


 ――じゃあ、その方にまた会えたら?

 ――……むにゃ……



「この会話を引き出すのが目的だったんでしょ? 常葉ちゃん、抜け目ないねー」


 音声を聴いて昨夜の綾乃ばりに頬を赤くしている常葉。その瞳に光るものをこころは確かに観測した。


「お嬢様……私のこと、忘れてなかった……」

「そりゃ忘れないでしょ。常葉ちゃんくらい濃いキャラをさぁ」


 こころの差し出すハンカチで涙を拭い、常葉はぱんっと拳で手のひらを叩いて立ち上がる。


「ありがとうございます、こころさん。おかげで流れが見えました。せっかく東京に出てきたんだもの、私はお嬢様と……!」


 健気で一途で、前向きな決意が籠もったその宣言。「お嬢様と」に続くフレーズを何十通りか演算して、こころは貴重なデータの収集と友人の前途を喜び、ふっと自然に笑みを漏らした。



----------

【本文の文字数:3,000字】

★この作品が気に入った方は、応援、コメントで投票をお願いします!

★特に気に入った作品はコメントで「金賞」「銀賞」「銅賞」に推薦することができます(推薦は何作でも無制限に行えます)。

★各種読者賞の推薦も同じく受付中です。今回は「キュンとした賞」を含む常設の読者賞に加えて、「末永く爆発しろ賞」「さっさとくっつけ賞」「ギャップ萌え賞」「オトナの恋愛賞」を特設しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る