【No.090】不思議な世界の普通な僕

【メインCP:男31. 笠間木かさまぎ よう、女2. 三嶋みしま アリス】

【サブキャラクター:女6. 藤ヶ谷ふじがや 文香ふみか、女31. 無藤ムトウ 有利ユウリ

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 笠間木要かさまぎようには気になる少女がいた。

 三嶋アリス。

 図書館で出会った、同い年の少女だ。

 有名私立女子中学校に通い、裕福な上流階級とも繋がりがある家の娘。本来なら要とは関わる事もないはずの人間だろう。

 彼女は小説が好きだった。要もまた本が好きで図書館に足繁く通っていた。

 目当ての小説を探すのを手伝った縁で仲良くなり、感想を話し合ったりオススメを紹介し合ったりしている。


 その内に気になりだした。


「ありがとうございます。素晴らしい物語でした」

「良かった。三嶋さんなら気に入ってくれると思ったよ」

「はい凄くドキドキして……私も、このように素敵な恋ができるでしょうか……?」

「できるよ。絶対」


 アリスは単純に可愛らしい顔立ちだが、物語のヒーローに目を輝かせる、恋に恋する表情はまた可憐。

 夢見がちで幼さの残る彼女が魅力的で、すぐに恋を自覚した。

 恋の対象が自分ではなくも、幸せそうなアリスを見ているのが好きだった。オススメした本でその幸せを引き出せたら嬉しかった。

 それで十分だった。


 ただ、家が裕福なせいか、アリスは何度か誘拐されかけているという。

 要は何もできない、ただの優等生。

 守りたかった。でも無事を祈るしかなかった。

 漫画や映画に影響されて体を鍛えて、しかしすぐに止めるような普通の男子。

 傍にいるのはもっと強い人間が相応しい。

 そう納得して、読書仲間や話し相手で満足しているはずだった。





 しかも彼女は、か弱いばかりの女の子ではなく──魔法少女だったのだ。



 ある日突然、蛸のような化け物が街中に現れた。

 明らかにまともな生物ではない。人を襲う怪物。

 周囲がパニックになる中、通学中だった要は自分にもなにかできないかと足掻く。

 せめて盾になろうと、偶然居合わせた子供の前に震える足で立った。


 そこに現れたのがアリスだ。

 彼女は要に気付かないまま、街全体の為に戦おうとしていた。


「遂にこの日が来てしまったのですね……私、頑張ります!」


 彼女は水色と白のフリフリした衣装を着て空中を降りてきた。不安そうに揺れる目で、それでも力強く声を張っていた。


 そして何もできない要を尻目に、堂々と怪物に対峙する。


 温かな虹色。

 弾ける風圧。

 きらめくのは、魔法。

 気品ある薔薇の花弁が舞い、浄化の奔流となって次々と怪物を打倒していく。


「ドリームスマイル! ロイヤルシャワー!」


 小さな背中が頼もしく見えた。

 美しかった。凛々しかった。

 改めて恋をした。

 だから余計に後ろで見ているだけなのが情けなかった。


 平穏が戻ってきた街。

 要が迷いながらもアリスに声をかけようとしたところ、他の魔法少女もやってきたので一度隠れてしまう。


「ごめんなさい。遅くなったわ」

「マリアンさん! 私、やりました!」

「ええ。よく頑張ってくれたわ。アリスちゃんは将来有望ね」

「ギャレイド様も褒めてくださるでしょうか……」

「……ええ! きっと認めてくれるわ!」


 もじもじしながら「ギャレイド様」と口にしたアリスの目は恋の色に染まっていた。

 きっと、アリスにお似合いで、傍にいるのに相応しいヒーローなのだろう。


 要はアリスの後ろ姿に感謝を呟くだけにして、静かに去るのだった。





 この頃、この街は何か変だ。


 以前にも巨大な蛸の怪物は暴れていたし、巨大ロボも目撃された。魔法少女の他にも不思議な力で戦う人間がいる。

 そのインパクトの影には音が消えたり、喋る猫や犬が現れたりといった、多種多様の不思議な現象もある。人間と見分けがつかないロボットや吸血鬼、死神と出会ったなんて噂もあった。


 奇人変人が集まると周囲に散々言われながらも自覚していなかった要だが、流石にこれはおかしいと理解している。

 住む世界の違う存在が世間に溢れてきていた。


 そんな中、要はあくまでちっぽけな普通の人間。


 物騒になった世界で、アリスの無事を祈るしかできない。

 それは受け入れるしかないが、非常に悔しい事実であった。






「力が欲しいのかな? 少年」


 唐突に暗がりから現れて話しかけてきたのは、パンツスーツの女性。

 集中し過ぎていたか、全く気配を感じなかった。

 要は驚いて呆けたまま話を聞く。


「分かるわ。中学二年生だものね」

「? ……あ! テレビで見たことあります! ミセナの社長さんですよね!? 僕もよく行ってます!」

「ありがとう。ミセスナイアルを今後とも是非ご贔屓に」


 有名人だあ、と無邪気に興奮して、唐突さはまるで気にしない要。

 そして目の前の社長、無藤有利は予想と違う反応に少し面食らいつつも、すぐに気を取り直した。


「もう一度言おうか。力が欲しいのかな?」

「?……力って、もしかして財力とかですか? すみません。中学生なのでバイトとかはまだ考えてなくて……」

「やっぱり観察しがいがあるわね、少年」


 困ったような要の言葉に、有利は楽しそうに笑う。


「財力じゃなくて純粋な力の話よ。まあバイトも間違いでもないか。最近昔の同胞の悪さが増えてきてね。まだまだ人手不足なのよ」

「なんで僕を……? 企業トラブルなら顧問弁護士にでも相談するべきじゃ」

「相手はライバル企業じゃないの。少年もさっき出会ったはずよ。あの化け物」

「ミセナの社長さんと化け物にどんな関係が……?」

「今は社長じゃなくて裏の顔で来ているのよ」

「?……でもやっぱり僕とは関係ないと思いますけど」


 不可解な話に困惑し続ける要に、有利はクスクス笑ってから、真剣に告げる。


「守りたい人がいるのよね?」


 それは殺し文句だった。

 否応なしに興味が湧く。


 要は有利に一歩近付いた。


「います! けど……なんで……?」

「少年が私と契約してくれるなら、私が守ってあげられるわ」 

「本当ですか? でもなんで……?」

「人間観察が趣味でね。面白そうな君を応援したくなったのよ。その代わり、君には過酷な運命を背負わせる事になるわ。その覚悟はある?」


 そう問いかける有利は、迫力が増していた。

 要は緊張して圧倒される。喉が渇くし、体が震える。


 それでも、アリスを守りたい一心で、力強く応えた。


「……分かりました。僕、なんでもやります!」

「よかった。契約完了ね」


 途端に消えた圧。何事もなかったかのような平穏。

 朗らかに微笑んだ有利が去っていくのを、要は頭を下げて見送る。


 そうしてやっと安心して、その場にへたり込んだ。


「あれが大企業の社長のオーラってやつか……やっぱ凄いな」


 裏の顔というのは慈善事業団体の代表という意味だろう。魔法少女への支援も活動の一環に違いない。

 因果関係はよく分からないが、要がその団体で過酷なバイトをすれば、大企業が金銭面などでアリスをサポートしてくれるらしい。それなら安心だ。

 自分にできるような小さな事でアリスの助けになれるのなら、全力で尽くしてみせる。

 普通の人間にだってできる事はあるのだ。


 要はやる気を出して立ち上がると、ウキウキ気分で帰り道を急いだのだった。




 交わした契約が「外なる神に力を与えられた要自身がアリスを直接守る」という意味だったと要が気付くのは、かなり先の話である。



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【本文の文字数:2,801字】

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