10月13日 公開分

【No.064】届け(ない)、この叫び

【メインCP:男15. 都築つづき 椿樹つばき、女32. 鵼乃ぬえの アルル】

【サブキャラクター:男11. 間田まだ 名威ない、男21. 白河しらかわ・クラーク・シグマ、男22. 天城あまぎ 未来みらい天城あまぎ 昭一しょういち、女20. 饗庭あいば 常葉とこは、女26. 金堂こんどう 奈々なな、女27. 冴島さえじま 野乃花ののか、女34. 彩陶さいとう あや

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「あーあ、やっぱ椿樹つばきさんはオトナの女性がいーのかな。アタシみたいなお子様じゃなくってさ」


 夕暮れ間近の川縁かわべりに腰掛け、大きな溜息をついたのは学校帰りの鵼乃ぬえのアルル。いつもは元気の象徴のようなシニヨンヘアも、今は心なしかしょんぼりと沈んで見える。

 彼女の傍らを浮遊するが、「?」と首ならぬ手首を傾げてくるが、脳髄あたま心臓こころもない彼(?)が複雑な乙女心をどこまで理解できるのかは定かでなかった。


「オマエが喋れたらいーのになぁ、グローブ。そしたら、ヒトには言えねーアタシの愚痴を聞いてもらうのに」

「愚痴なら吾輩達が付き合うぞ、アルル」


 と口を挟んだのは、いつの間にか彼女の足元に座り込んでいたサバトラの猫又。その隣では銀髪に白ワンピースの少女も、淡い夕陽に幽体を透かして人懐っこい笑みを見せている。


「っとに、アンタらは神出鬼没だな」

「妖怪変化には褒め言葉と受け取っておこう。それで、どうしたのだ、うら若き乙女が憂い顔で溜息など吐いて」

「……乙女なんてガラじゃねーって」


 顔を俯け吐き捨てるアルルに、幽霊少女――シグマの妹のラムダがひょいっとその顔を覗き込んで。


「アルルさん、椿樹さんが野乃花ののかさんと仲良くしてるのが悔しいんだ?」

「あんだよ。わかってんならイジんじゃねぇ。殴んぞ」

「こわぁい。でもね?」


 アルルの肩に乗った亡霊グローブの腕をツンツンと指でつつきながら、彼女はどこか切なさも含んだ微笑みと共に言った。


「私は恋なんてする前に死んじゃったからさー。恋の話ができるのって羨ましいよ? 片想いだろうと横恋慕だろうと……失恋だろうと」


 それは生きてる人の特権だよ、と付け加える彼女に、猫又もマイペースに頷いた。


「まあ、望むなら吾輩が略奪愛のイロハを伝授してやらんでもないがな。あの若造と元魔法少女が接吻くちづけを交わしたというなら……まあそれは知っての通り、吾輩の巧みな手引きの為せる業なのだが……うむ、お主はそれより上の既成事実を作って抜き返してやればよい」

「既成事実ぅ……? って!」


 その意味を考えてアルルは頬をかぁっと熱くしかけたが、続く猫又の言葉は斜め上だった。


「求婚に決まっておる。おぬしも十六歳、立派に結婚できる歳だろう。元魔法少女より早く若造の嫁に収まってしまえ」

「ばっ!? 何言ってんだテメェ!? っつーか、今は女も結婚は十八歳からになったんだよ!」

「そうなのか?」

「成人年齢の引き下げがどーとかの時に、学校で散々聞かされたからな」


 そこで、同じく赤面気味のラムダが、指を口元に添えて首を傾げる。


「アメリカでも結婚はどっちも十八歳からだったよ。男の人と女の人で結婚できる歳が違うって、日本のホーリツってちょっとヘンだったんじゃない?」

「ふむ、吾輩の時代では特におかしいとも思わなかったが、確かに二十一世紀の時勢には即していなかったかもしれんな」

「だから変わったんだろ。女だけ十六から嫁に行けとかさぁ、時代錯誤っつーか、フツーに男女差別だし」

「まあ、ティーンエイジャーだろうとアラサーだろうと、吾輩から見ればどちらも小娘に変わりない」


 飄々と言ってのける猫又に、アルルははぁっと息を吐いて。


「……椿樹さんは優しいからさ、色んな人に声を掛けるし。……色んな人を救って回ってる」


 夕陽に染まる川面を見やり、ぽつりぽつりと言葉を漏らすのだった。


「アタシとの出会いもそんな始まりだった。アタシがグローブコイツに取り憑かれて、どーすりゃいいのか分かんなくて困ってたら、急に声掛けてくれてさ。『俺がを貸してやろうか』って」

「……椿樹さん、そんなジョークみたいなこと言うんだ」

「アタシも言い返したよ、『アタシのには余ってんだ』って」


 くすくす笑うラムダと、「文学の素質があるな」とからかうように言う猫又。


「それからさ、椿樹さんは亡霊コイツとの付き合い方を教えてくれて……。グローブと一体化して殴んのも、椿樹さんの除霊スタイルを真似たやつだし。雪山に一緒に修業しにも行ったりさ。あの時はアタシも思ってたんだよ。あれ、アタシとこのヒト、結構いいコンビなんじゃねーか?って……」

「今でも名コンビではあると思うがな。迷宮の迷でもいいが」

「そこで告白しちゃえばよかったのにねー」


 幽霊少女の無邪気な言葉に、アルルは「告っ……」と声を上げかけて、「……でもさ」としおらしく続けた。


「恋とか付き合うとか、アタシよくわかんねーし。椿樹さんはアタシのこと、多分マスコットくれーにしか思ってないし」

「そんなことないよぉ、せめて妹くらいには思ってると思うよ」


 フォローにならないことに気付いてか、ラムダがあっと口元を押さえる。


「だから、まあ、いーんだよ。横恋慕?とか三角関係?とか、アタシにはガラじゃねー。椿樹さんが野乃花さんと幸せになってくれるんなら、それで……」


 気付けばぐすんと涙を零していたアルルの肩に、亡霊グローブとラムダの手がそっと乗せられる。

 と、その時、遊歩道からふいに声を掛けてくる者があった。


「あれ、アルルちゃん!? どうしたの、こんなところで一人で泣いちゃって。何かあった!?」


 たたっと駆け寄ってきたショートヘアの女性は彩陶さいとうあや。いつぞやの雪山の一件でアルルとも顔見知りになった女子大生である。


「っ、綾さん……。別に、なんでも……」

「なんでも、ってことないでしょ、そんな顔してたらお姉ちゃん構いたくなっちゃうな。あっ、その猫ちゃん、飼ってるの?」


 今気付いたように目を向けて彼女が聞けば、猫又は胸を張って答える。


「吾輩は勝手気ままな自由猫である。名前は間田まだ名威ない

「ああ、未来みらい君が言ってた喋る猫!」


 霊感こそ無いものの、綾とてを幾度も目の当たりにしてきた身、動物が喋るくらいではもう驚かなかった。


「それでー、可愛いアルルちゃんは恋の悩みとか?」

「……可愛くなんか」

如何いかにも。心あらば励ましてやってくれ、娘」

「だからアタシはっ……!」


 涙を拳で拭い上げるアルルに、綾はそっと清潔なハンカチを差し出し、


「よーし、お姉ちゃんが一肌脱ぐかっ」


 いいこと思いついた、といった風情で、スマホの画面をタップした。


「未来君、ちょっと今夜の予定変更しない? 車出してよ」


 えぇっ、と驚く声が電話の向こうから返ってくる。続いて、まあいいけど、という返事も。

 綾には見えないラムダと一緒に、当のアルルがキョトンとする横で、猫又は世話焼きな「お姉ちゃん」を見上げ尋ねた。


「どこへ行く気だ、娘」

「失恋って言ったら海じゃない? も好きなんだよね、海」



 * * *



 紫とあかのグラデーションが空を染めるなか、海を目指し国道を走る中古のコンパクトカー。

 ハンドルを握る天城あまぎ未来みらいは、後部座席で猫を膝に乗せて縮こまるアルルの姿をルームミラー越しに見やり、明るい笑みを見せた。


「そっかあ、アルルちゃんも恋するお年頃かー」

「未来君、ちょっとオヤジくさいよ? 昭一しょういちさんが伝染うつってるんじゃない?」


 助手席の綾の突っ込みに、すかさず「俺はオヤジなんて歳じゃあないぞ」と返すの声は、その綾の耳にだけ届かない。


「アタシのは恋っていうか、そこに至る前に撃沈っていうか……。ていうか、お二人は順調そーで何よりっす」

「ありがとっ。こっちはこっちで大変だけどね」

「デートの度に昭和生まれが口出ししてくるからね……」


 アルルは苦笑し、隣のラムダの肩越しに――カーキ色の軍装を纏った天城昭一の霊に目を向ける。

 当の元特攻兵は「俺が面倒見てやらんと」とでも言いたげな得意顔だったが、彼のそこそこ恥ずかしい姿を直に見た一人でもあるアルルとしては、苦笑半分といったところだった。


「ウチのお兄ちゃんも、実はちょっとモテ期到来しててさー」


 と、場を和ませたいのか声を弾ませるラムダ。


「私達がキューピッド大作戦やっちゃった常葉とこはさんって子と、すっごくいい感じなんだけどー。でも、学校じゃ奈々ななさんって子とも、ちょっと仲良くなってるみたいでっ」

「二股か? 米国アメさんの血は奔放だな」

「お兄ちゃんはそんなことしないもん。奈々さんが常葉さんに『勝負っ!』て色んなゲームで挑んで自爆するのを、なーんか楽しそうに見てる感じ」


 天才少年を巡る三角関係未満の何かを思い浮かべ、アルルも少し笑った。


「まあ、学生が戦争や飢えの心配もなく、好いた惚れたを言っていられるのはいい時代だ。なあ猫」

「違いない。あの小僧もMMKエムエムケーの身だろう、三股でも四股でも好きに掛ければよいのにな」

「お兄ちゃんはそんなことしないってばー」

「MMKとは何だ? この時代の言葉か?」

「海軍さんのくせして知らんのか。ああ、これは士官の隠語だったかな。『モテてモテて困っちゃう』だ。戦後の学生の間でも流行っておったぞ」


 霊感少女を挟んで盛り上がる妖怪と幽霊達。ただひとり綾の耳にだけは、猫又の発する人語がたまに届くばかりだったが。


「ねー、未来君、私だけ後ろの人達の会話に混ざれなくて寂しいよ? 通訳してよ」

「なんか、二股がどうとか隠語がどうとか。綾ちゃんも修業とかしたらいいじゃん」

「幽霊って修業で見えるようになるの?」

「さあ……」

「ってか、MMKって最近のJKの言葉じゃなかったんだ」


 そんな前席のカップルのやりとりを横目に、戦禍の時代を知る男達はアルルに言う。


「まあ、何だ、お嬢さん。俺達が言いたいのは、生きてるだけで儲けものってことだ」

「まこと、違いない」


 車の窓に広がる空と海を見やり、「……そっか」と何かを飲み込むように呟くアルルだった。




 海辺に着いた頃には、夕陽は水平線の向こうに沈み、夜のとばりが世界を包もうとしていた。

 冷たい潮風が吹き付ける中、アルルは緑の混じった黒髪に風をはらませ、砂浜を走り出す。すぅっと息を吸い込み、助走の勢いのままに海面を殴りつけると、噴き上がる飛沫しぶきが彼女の全身を天地ごと真っ白に染めた。


「ばっきゃろーっ!!」


 波音をかき消す少女の魂の叫びが、遠く海の向こうに溶けて消える。


「えーっ、どうするの、シャワーとか……」


 未来と並んで見守る綾が、現実的な突っ込みを口にしたが、


「後先考えないのは若者の特権だ」

「思いっきりはしゃげるのは生きてる人の特権だよっ」

「色恋に胸を焦がせるのは平和な時代に生まれた者の特権だな……」


 猫と少女と兵隊は、びしょ濡れで仁王立ちする彼女の背中を温かい目で見ているのだった。


「……いーんだ、これで」


 誰に聞かせるでもなく、アルルは涙を飲み込んで海風に呟く。


「こんなアタシでも誰かを好きになれたって事実が、きっと勇気をくれるから」


 濡れて輝くその瞳は、しっかり前に向けられていた。



 * * *



「お、アルル。どうしたんだお前、そんな濡れ鼠みたいな格好して。風邪引くぞ」


 大学生カップルと別れ、アルルが猫と幽霊少女を伴って駅への近道の公園を歩いていると、向こうからやって来たのは椿樹だった。

 動揺を気取られないように、アルルは努めて声を尖らせる。


「べっつにー、もう帰るとこだし。椿樹さんは? また例の基地に顔出すの?」

「いや……」


 いつになく小綺麗なジャケットに身を包んだ彼は、珍しく照れくさそうにはにかんで。


「まあ、その、何だ。飯の誘いっつーかな。野乃花さんから」


 彼の口からその名が出た瞬間、ずきんと痛む胸をアルルは思わず押さえていた。

 足元から、「逢引か」と猫。


「まあ、俺も、いつまでも他人の応援団ばっかりじゃな。……ちょっとばかり男気っつーの?見せてくるわ」

「男気と言うなら自分から誘うものだぞ」

「うるせーな。次だよ次」


 何でもないように発せられたその言葉が、きゅうっとアルルの心を締め付ける。

 誰も疑問を挟むはずがないのだった。皆が応援する大人の二人には、も、も当然にあるのだということを。


「あのっ、椿樹さん」

「ん?」


 人知れず誰かの幸せを支え続けてきた彼が、ようやく自らも幸せに手を伸ばそうとしている。

 それを邪魔することなど、自分に出来るはずがないと――

 それよりも、そんな彼を好きでいられた自分を誇るべきだと、アルルは己に強く言い聞かせて。


「……いや、が、頑張ってな!」


 精一杯の勇気を振り絞って、にかっと笑顔を作ってみせた。


「おう、サンキュ。じゃあ、お子様は早く帰って暖かくして寝ろよ」


 ぽんっとアルルの肩を叩き、猫と幽霊にも軽く手を振って、椿樹は夜の街に消えてゆく。

 想い人の背中が見えなくなってから、少女がようやく静かに漏らした嗚咽を、人外の仲間達の励ます声だけが優しく包み込んでいた。



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【本文の文字数:5,000字】

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