9月27日 公開分

【No.017】いざ生きめやも――作家・弱竹輝夜 愛猫週間に寄せてのインタビュー(原文)

【メインCP:男11. 間田まだ 名威ない、女5. 弱竹なよたけ 輝夜かぐや

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 山奥までようこそのお運び、誠にありがとうございます。

 本日は愛猫あいびょう週間の取材インタビューとのことで、猫さんもわたくしも楽しみにお待ちしておりました。


 ほうら、名威ないさん。お写真ですって。膝の上にお越しになって。

 魂なんて抜かれませんよ。銀板ダゲレオ写真タイプ時代ころとは違うのですから。


 ええ、わたくしが作家になって少ししてからのお迎えですから、三年ほどのお付き合いになるでしょうか。

 名前は間田まだ名威ないと申します。この子が自らそう名乗ったのです。


 ほら、尾の先が二つに分かれて見えるでしょう。

 古来、猫はよわい十数年を経ると化猫ばけねこに変じるなどと申します。

 今は長生きの猫さんも多いですから、もう少し条件ハードルは上がっているかもしれませんけれど。

 この子は明治の頃から生きているそうですので、もう立派な妖怪変化へんげですね。


 すこぅし、昔話をいたしましょうか。


 わたくしの最も古い記憶は、今より千年ほど昔、やはり洛外らくがいの屋敷に住まい、みやこ公達きんだちふみなど交わしていた情景です。

 もっとも、すべてを覚えているわけではございません。

 転生てんしょうを繰り返すたび、古い人生の記憶は少しずつ薄れていきます。

 今申しましたのも、本当にわたくし自身の記憶なのか、いずれかの人生で幼き頃に触れた御伽噺おとぎばなしの刷り込みなのか、最早わたくしにも確かなことは分かりません。


 幾度いくたびかの人生を生きた頃から、わたくしは恋というものをしなくなりました。

 どれほど身を焦がすような恋をしても、わたくしには、その方と最後まで添い遂げることは叶わぬ宿命さだめだからです。


 天からの罰なのでしょうか、わたくしは三十路みそじを越えて生きたことがありません。

 流行病はやりやまいで死んだこともあれば、戦災で死んだことも……あら、このお話は発禁カットですか。

 ふふ、そうでしょうね。読者様から不謹慎と思われてしまいますものね。


 どのみち誌面に載ることがないのでしたら、いっそうのこと赤裸々に。

 わたくしが最後に死んだ時のお話をお聞かせしましょう。


 その人生ときのわたくしは、東京府の裕福な商家に生を受け、高女こうじょにまで通わせて頂いておりました。

 折しも大東亜戦争の只中、文学への風当たりは強い時代でしたけれども、谷崎先生や太宰先生をはじめ多くの作家様方がそうした中でも筆を執られ、名作を生み出しておられました。


 お恥ずかしながら、わたくしも洋半紙に物語など書きつけては、空想の世界に浸っておりましたが……

 時勢もさることながら、なにぶん厳しい家でございましたので、女が文学などにうつつを抜かすものではない、恋愛小説など特にけしからん、などと言われまして。

 文壇への憧れは、胸の内に仕舞っておくしかありませんでした。


 そのうちに戦局は悪化の一途を辿り、街では出征する方々を送る万歳三唱を聞かない日はなく……

 戦時体制で東京府も東京都に変わり、わたくし達も授業など返上で、木刀や薙刀なぎなたの訓練も致しましたよ。


 そうした日々の中で、わたくしの心の友となってくれたのは、近所に住み着いていた猫さんだけでした。

 竹から生まれ月に帰ったなどと自称するわたくしに、喋る猫さんを不気味がる感覚はございません。

 猫さんは古今東西の文学にも明るくて、帳面に綴ったわたくしの小説に目を通すたび、戦争が終わったら作家にでもなればよいと励ましてくれました。


『この戦争が終わるということがあるでしょうか』

『日清、日露、先の大戦。終わらなかった戦争というものはない』


 疎開もままならない中、学校でも防空壕を掘らされ、皆してB29ビイに怯える毎日でしたが……

 それでも、当時のわたくしは、どこか自分の命というものを軽く捉えていました。


 なにしろ、幾度いくたび死と別れを経験しようとも、少し先の未来にまた生まれ変われることをわたくしは知っております。

 そんなことを永劫えいごう繰り返していては、死も生も軽くもなりましょう。

 その意味では、なよ竹のかぐや姫と呼ばれた時分から、わたくしは一度も本気で生きたことがなかったのかもしれません。


 人生の幕引きは呆気ないものでした。

 幾度目かの東京空襲の夜、わたくしの街も遂に戦火に飲まれたのです。


 崩れた柱と瓦礫に体を挟まれ、いよいよこれまでかと目を閉じかけたわたくしの前に、あの猫さんが現れました。


『お迎えですか?』

『今ほどの身を恨んだことはない。せめて吾輩に人間ひとの姿の一つもあれば、この瓦礫をどかして君を救えるだろうに』


 いいのです、それより貴方こそ逃げてください、と促すわたくしに、猫さんは天を仰いで言われました。


『世が世なら女の仕合しあわせを全う出来たであろう君が、あたら若き命を斯様かような形で奪われねばならぬとは。人間とは何と愚かな生き物か』


 口腔を侵掠しんりゃくする煤煙ばいえんせ返りながら、わたくしはかすれゆく視界をにじませ、努めて猫さんに微笑みかけました。


幾歳いくとせか幾世紀かを経て、わたくしの魂は再び現世うつしよに生まれ変わるでしょう。けれど……貴方様に再会できないのは、確かに寂しいことですね』


 すると、猫さんは安堵するように笑ったのです。


『ならば、吾輩もそれまで生きていよう。幾星霜か先の未来、平和な世に君の文才が花開くのを見せておくれ』


 優しい声音こわねでそう言われ、わたくしは初めて、来世というものに希望を持つことができました。


しばしの別れだ、姫』

『ええ。左様さようなら』



 そうして、わたくしは再び時の揺籠ゆりかごに導かれ、平成の世に生まれ変わりました。

 思えば初めて目にする、飢えも戦乱もない平和な世界です。


 養親おやの理解もあって、わたくしは存分に物書きの道に打ち込ませて頂き、文壇の末席に名を連ねることとなり……

 幸い、世間様にも顔と名前を知って頂けるようになりました。

 博識で文学好きな化猫さんの目にも留まるほどに。


 それがこの名威ないさんです。

 今は人間ひとの姿にもなることが出来るのですよ。猫さんのままの方がお互い落ち着くので、滅多に見せて頂くことはありませんけれど。


 わたくしは今後も、人間の殿方と恋に落ちることはないでしょう。

 人間同士で連れ合いを見つけろと叱られますけども、今のわたくしには、彼と同じ時を生きられることが今生こんじょう仕合しあわせなのです。


 この体が何歳まで生きられるものか、神ならぬわたくしには知る由もございませんが。

 今度こそ、与えられたこの人生を文字通り懸命に走りきりたいと、今はそう思っているのです。



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【本文の文字数:2,500字】

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