【No.075】結婚願望が強くて悪いのですか

【メインCP:男34. 勅使河原テシガワラ 留綺ルキ、女33. 霧島きりしま 春乃はるの

【サブキャラクター:男10. 一ノ瀬いちのせ 隆俊たかとし、女29. 両角もろずみ 紅緒べにお

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 霧島春乃きりしまはるのは、馴染みのバーで大学の同期と飲み会をしていた。

 いつもは美味しいお酒とおつまみを楽しみ、近況を語って愚痴をこぼす、癒やしの時間。


 しかしこの日は愕然とする事となった。


「私、結婚するんだ」


 同期の両角紅緒もろずみべにおは照れながらそう言った。

 同僚からAIとあだ名されるハイスペックで冷静沈着な春乃が、動揺してグラスを取り落とす程の衝撃を受ける。


 片付けをするバーテンダーに謝罪し、動揺が落ち着いてから改めて聞き直す。


「本当、なんですか。あの紅緒が……」

「うん。良い人と会えてね」

「まさか、先を越されるとは……」


 互いに二十九歳。結婚してもおかしくない年齢ではある。

 高学歴なのにそれを隠して設備員をしている紅緒は、春乃との収入の差を気にしていたから、その面でも納得がいく。

 しかし、ずっと結婚願望が強かった春乃に対し、紅緒は恋愛そのものに興味が薄かったのだ。


 恋愛より自分の趣味の時間を多くとりたいと公言し、人間が好きじゃないとすら発言していた。

 結婚相手が見つからないと嘆く春乃を、今時結婚が全てじゃないんだから気楽にいこう、と慰め続けていたのだ。


 理不尽を感じて、春乃は新しいグラスを呷る。


「なぜ、私は結婚できない……」

「私ができたんだからさ。その内春乃にも良い出会いがあるって」

「このまま二人で独身を貫くのも悪くないと言っていたのに……」

「それはごめん」

「ではお相手に友達を紹介してもらえませんか」

「えーと、今度聞いてみるよ」


 困ったように笑う紅緒を正面から見られず、春乃は顔を伏せた。


 春乃としても嫉妬したくはない。幸せそうな友人を素直に祝福したいのだ。

 それでも、重くて苦い感情が積み重なるのは止められなかった。


 紅緒が例の婚約者に迎えられて帰った後も春乃は一人で飲み続ける。どうせ明日は休日だからと際限なく。

 酔いが回ったせいでバーテンダー相手に嫌な絡み方すらしてしまった。


「私はなぜ結婚できないんだと思います……?」

「周りの男に見る目がないんだろうな」

「それなら一ノ瀬さんが付き合ってくれませんか?」

「……いや、俺には」

「適当な慰めだったら必要ないんです!」


 彼に宥められても止めず、最終的に意識がなくなるまで飲み続けたのだった。







「おう、起きたか。ネエチャン」


 春乃が気が付くと、ベッドの上だった。

 知らない環境に、知らない声。

 体を起こし、枕元にあった眼鏡をかけると、惣菜パンを食べながらこちらをジロジロと見ている男と目が合った。

 死んだ魚のような眼に眼鏡。少し白髪混じりの天然パーマ。引き締まった筋肉。右腕は妙な黒い義手。シャツとハーフパンツの上に白衣。

 目立つ外見の彼は、やはり知らない人物だ。


「あなたは?」

「オイオイ忘れちまったのか? 昨夜はあんだけ激しく愛し合ったってのに」


 いやらしい笑みと仕草を伴って男は告げた。


 昨夜の飲み会を思い出す春乃。

 一人になった後は飲み過ぎたせいか、どうにも記憶がない。が、どうやら酔った勢いでやらかしてしまったらしい。

 仕方ない。ミスは認めて、先に進めよう。

 春乃は冷静に結論を出した。


「成程。では責任を取って私と結婚してくださいますね?」

「は!? おい待て勘弁してくれ! それともまだ酔ってんのか?」

「でしたら警察に相談を……」

「いや待てスマン嘘だ嘘! 酔い潰れたアンタが運び込まれたから面倒見てただけだ! 誓って手は出してねえ!」


 途端に慌てる彼は必死で、弁明が真に迫っていた。

 あくまで酷い冗談。本当に何もなかったのだろう。


 安堵のような落胆のような曖昧な感情が胸に落ちる。

 妙に思ったが、それよりも春乃は事実確認を優先した。


「ここは病院でしたか」

「んな立派なトコじゃねえよ」

「いえ、ご迷惑おかけしました。介抱して頂きありがとうございます」

「ったく。急アルじゃなくて良かったな。さっさと帰れ」


 頭を下げれば、面倒臭そうにしっしっと手を振られる。彼は既に興味を失ったようだ。


 しかし春乃は彼を含めた室内をじっくりと彼を観察していた。


 先程の求婚を、真剣に検討する為に。


 春乃は、今までの人生で会わなかった部類の彼に興味が湧いていた。

 彼は死んだ魚のような眼をしていたが男前。そして医者だ。

 一見してハイスペックな人物である。

 春乃が今まで付き合ってきた男性は、スペックの差に自信をなくしてしまう事が多かった。

 彼ならばそんな事もなさそうだ。


 友人の報告で加速した結婚への焦りが正常な判断力を鈍らせているかもしれないという自覚はある。

 それでも、状況を変えるには新しい感覚が必要だと考えた。この偶然の出会いが良い機会になる予感がした。起きてすぐあんな事を口走った直感を信じてみたい気がした。


 それに彼からは、隠そうとはしているようだが胸元にチラチラと視線を感じている。

 これは、勝機があるはず。


「……部屋が汚いですね。ゴミも服もそのまま放置。食生活にもあまり気を遣っていないようです」

「あんだよ。それがどーした」

「私は家事が得意です。料理も掃除も洗濯も、一通りこなせます。こちらの経営改善にも手をお貸しできるでしょう」

「オイなんのアピールだそれは」


 彼は引きつった顔を、更に仰け反らせる。

 薄々察しているようだが春乃はハッキリと言葉にした。


「結婚を前提に交際して頂けませんか」

「だから勘弁してくれよ……。俺ぁアンタみてーなお堅いタイプは趣味じゃねーんだ」

「私ならメリットを提示できます。お互いに益があると思うのですが」


 しつこく迫る春乃に、彼はガシガシと頭を掻く。


「俺ぁろくでもない男だぜ。表沙汰にできないような仕事も受けるし、ギャンブル狂いだ。変態プレイだって要求するかもな」

「……譲歩しましょう」

「マジか」


 ヘラヘラと応じていた彼は、予想外の答えを聞くと改めて春乃の顔や体を見回す。欲望に忠実な視線が走る。

 悩む素振りと期待の表情、しかし思い直して声を荒らげた。


「いややっぱ一回冷静になれって! ヤケ酒してたんなら、そりゃあ色々あったんだろうが、そんなに焦んな! 誰でもいいとか、そこまで投げやりなのは止めとけ!」

「確かに焦りがあるのは認めますが、私はあなたを誠実な人間だと判断しています。泥酔した私を真面目に介抱してくださったのでしょう?」

「患者に手ぇ出す程落ちぶれちゃいねえ。そんだけだ」

「でしたら構いません。魅力的な男性だと思います」

「……なら、もう知らん。勝手にしやがれ」


 彼は溜め息を吐いて去ってしまう。何処か優しげな声を残して。

 やはり思った通りだと確認した春乃は、まず勝手に部屋を掃除する事から始めてみたのだった。



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【本文の文字数:2,637字】

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