【No.076】【よろしくね!】【残酷描写あり】
【メインCP:男1.
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市村 洸太
“おてつだいまきちゃん”高野マキ
☆★☆
「酷い有様ね……」
潜んでいた応接室用立派な本棚下部の引き戸の引き戸から這い出した、くるぶし丈ドレス姿の球体関節人形マリアナ(廃盤)は、未だ燻る殺戮の跡に鼻白んだ。
ここは暴力団組事務所、一応そのような現場にはなり得る。しかし。
アフリカ大陸内陸部に生を受け、
さすがのAIにも処理能力の限界というものがあり、それが鼻白む表情として数瞬出力されるとはいえ、皆殺し、それも酸鼻極まる念の入りよう――犯人が残っているかもしれない。もたもたしてたら壊されちゃう。
燻る部屋の中から、特に奪われてはいない現金、無記名交通系ICカードなどを幾つか見繕っているうちに、燻る部屋がいよいよ煙ってきた。
これはまずい。火事だ。未だ上手に出力されない感傷を捻り出し、遠く離れた本体の奪取の算段など考えている場合ではない。
幸いここにはベランダがあり、避難用の梯子が設置されている。5歳児サイズの人形に扱えるかどうかは判らないが、使わなければ焼けるだけだ。
人形マリアナは掃き出し窓を開け、ベランダに出た。六階のベランダから下に避難用梯子を下ろすことができた。
これからのことをどうするかの判断材料は無い。しかしIC対応改札機のある田舎の無人駅に徒歩で行こうという指針はある。さらば、盗品荷捌き所。
★☆☆
某県の暴力団組事務所のビルが焼け落ち、全員焼死のニュースがお茶の間に流れて忘れられた、ある初冬の夜。
市村 洸太は、数日ぶりに帰宅できた家路を急いでいた。リモートで仕事をしていたはずが、所用で現場に出たところをとっ捕まり、人数不足の現場で数日雪隠詰めになっていたのだ。雪隠よさらば(当該案件は終了した、はず)。
家でやっているVtuber配信は、登録者が伸び悩んでいるというのに二度休んでしまった。あまり休んでいると忘れられてしまう。
足早に夜道を歩く彼の足音に被って、コツコツと固めの足音が聞こえてきた。どこからかは判りづらい。足を止めると音も止まる。更に足を早めると、音源はすうっと遠ざかった。
首を傾げて先を急ぎ、住んでいるアパートの2階にある自室へと階段を上がろうとして、洸太はそれに気づいた。
簡便なスチール階段のステップ下に、動かない何かがうずくまっている。逆光で姿が判らないので、彼は無言でそれをやり過ごした。配信が終わってから見に来よう。
☆★☆
「みんにゃー、お久しぶりにゃー! ネッコバンバンだニャー!」
もう何通りもの姓名をひねり出し、転生を繰り返してたどり着いたいまいちダサい名前。世間話のために名前から考えるのが数ヶ月に一度の習慣になってきた。
とりあえずのネタでゴキゲンにお天気の話をしている洸太は、ヘッドホンの耳の向こうでドアがそっと開閉したのに気づかずにいた。
「さて今日は、『ちょっと怖い話』! みんなの怖い話、教えてニャン💕」『わたしMさん、今あなたの背後にいるの』
間髪いれずチャットに投下されたコメントが流れる。『わたしMさん。メリーじゃないけどMなの』
洸太のモーションに合わせて動く猫耳少女が、ひきっと動きを止めた。
『わたしまきちゃん。かわいいおてつだいまきちゃんよ。一応Mだからメリーさん風に登場してみたわ。お茶とコーヒーどっちがお好き?』
突然のことに凍りつく洸太に喋る隙を与えずコメントをビシビシ投下する、まきちゃんと名乗る何者かが、――部屋に、いる――
ネッコバンバン☆コールドエンジンルームⅡ世は画面内でおそるおそる振り向き、静かにカメラに向き直ると、おもむろに背景を消した。
男性の部屋が映るはずのスペースに、カメラを覗き込む形でどアップになった、人形マリアナの顔面が闖入し喋り始めた。
『ハァイ☆皆さん! はじめまして、わたし
「こ、ゲッホ、こんな風に、まあやっていただいても、か、構わないニ"ャ……」
リスナーのひとりが、マキが廃盤になった球体関節人形“マリアナ”であると気づくのに時間はかからなかった。想像より0の桁の多いスパチャを投下して曰く、
「そのボロ服を取り替えてあげて! ウィッグもお手入れしてあげて! 動いてるマリアナ、初めて見た💕💕」
洸太は、5歳児大の人工物、不法侵入者の満足げな横顔をしげしげと眺めた。
――これは、使える!
視線に気づいたのか、高野マキと名乗る人形は、顔の横にふたつちょきを作ってニヤリと笑ってみせた。
『よろしくね!』
【了】
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【本文の文字数:1,921字】
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