9月30日 公開分
【No.022】私のヒーロー(雨崎信・小清水真理子)
【メインCP:男17.
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可愛らしい外装のアパレルショップの前ではたと立ち止まり、真理子はぼうっと店内を見る。
「可愛い……こんなお店が出来たのね」
そう呟きながらも、真理子はため息をついた。
あんな可愛い服、来てみたいと思うけれどきっと似合わない。
ふと、日傘をさした人が自分と同じようにその店を見ていることに気づいた。彼もこちらに気づいたようで、ちょっと会釈した。
えっと――――
「入らないの?」
「入らないんですか?」
「いやー、やっぱりあのお店入って正解だったわね! すっごく可愛い小物買えちゃった」
男性が目の前で紅茶を嗜んでいる。真理子と彼はなぜか例の店を一緒に見て回り、気づけば近くの店で食事することになっていた。
「あたし、雨崎信っていうの。あなたは?」
「小清水真理子……です」
「真理子ちゃんね。あたしのことはしのぶちゃんって呼んでよね」
まったく理解が追いついていない真理子は、カプチーノを口に運びながら上目遣いで信を見る。
「失礼なことをお聞きしますけど、今から宗教の話とか投資の話とかなさる?」
「本当に失礼だわね。しないわよ」
当惑しながら真理子は「どうして私に声をかけてきたんですか?」と尋ねる。信はあっけらかんと「あなたとは美的感覚が合いそうだったから」と答えた。
「奢ったげるからなんか食べましょ」
「そんな、申し訳ないわ。私なんかに」
「あなたって、なーんでそんなに自分を卑下しているの?」
真理子は俯き、じっと料理のメニューを見る。それからおずおずと、「この可愛いドリンク頼んでも……?」と確認した。「あたしもそう思ってた」と信が頷く。
「私、可愛い服が好きだけど、似合わないから……」
「そう? でも全く試さないってのももったいなくない? いつものスタイルに好きな要素をちょっとずつ入れていくとか」
「笑われないかしら」
「他の人なんて関係ないわ。あたしが笑わない」
真理子は一瞬目を丸くして、「いい人ね」と呟く。
数十分後、そこにはテーブルに突っ伏して泣いている真理子の姿があった。
「わ、わたしだってがんばってるのにぃ」
「ちょっとあなた何杯呑んだわけ!? しかも泣き上戸だわこの子」
「この子って、わたしもう、さんじゅーごのおばちゃんよ」
「あたしからすれば35のお嬢さんよ。立てる? 帰るわよ」
結局信に背負われ、真理子は店を後にした。
「今日は楽しかった。また会いましょ。連絡先も交換したんだし、いつでも呼んでよね」
「うん……」
じゃあねと言って信は背中を向ける。その後ろ姿を見送って、真理子は家の中に入った。
そのままベッドに滑り込み、すっかり寝入った頃。何か物音が聞こえて目を開けた。
気のせいかと思ったが、やっぱり音がする。
――――あれ、鍵を閉めたかしら。
一気に酔いも醒め、真理子は顔を青くする。なぜか手元に携帯電話がない。
真理子は部屋を出て、辺りを警戒する。よかった、廊下に携帯電話が落ちている。素早くそれを拾い、画面を見る。信からメッセージが来ていた。
『今日はありがと。ちゃんと布団被って寝なさいよ』
それを見た瞬間泣きたくなり、思わず真理子は信に電話をかけていた。
「ど、どうしよう」
『もしもし? どうしたのよ』
「……なんでもない。ごめんなさいこんな夜更けに電話しちゃって。勘違いね、きっと。それじゃあ」
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ! こら! 電話を切るな!』
勢いでかけた電話を勢いで切って、真理子は立ち上がる。どこか窓が開いていて風が吹き込んでいるとか、野生動物が迷い込んでいるとか、恐らくはそういう問題だろう。そう考えなおし、勇気を振り絞って音がする方へ歩いていった。
キッチンに人がいた。棚を物色していた。
真理子は悲鳴を上げる。空き巣もぎょっとした様子でこちらを見て、すぐ駆け寄ってきた。そのまま真理子の口を塞ぎ、押し倒した。
「黙っていろ、いいな?」
そう言って空き巣は包丁をちらつかせる。見覚えのある包丁だ。キッチンに置いていた包丁だろう。
口をふさがれながら「誰にも言わない」と必死に訴える。
その時、家のインターホンが鳴った。
「こんな時間に客か? お前、もう人を呼んだんじゃないだろうな」
真理子は首を横に振る。
玄関から、「真理子ちゃーん? 忘れ物、届けに来たわよ」と信の声がした。
インターホンが、二度三度鳴る。それから、信はよく通る綺麗な声で、言った。
「あたしのこと、呼んで」
真理子はもがいて、口を塞いでいた空き巣の手から逃れる。空き巣は「おい、こら」と包丁を突き付けてきたが、真理子も必死だった。
「しのぶちゃん、来てっ」
ドアが開く。ほんの数秒後、信が空き巣を蹴り飛ばしていた。
真理子が震えている間に、手早く空き巣を服で縛る。何をしたかわからないが、空き巣はすっかり気を失っていた。
どうやら包丁の刃先がかすったらしく、真理子の首もとを見て信は「血が出てる」と顔をしかめる。
不意に信が、真理子の首もとをぺろりと舐めた。
突然の奇行に真理子は固まる。なぜだか信まで固まり、それから仰向けに寝転がって「あー、やっちゃった」と言いながら大の字になった。
「あたし吸血鬼なの。今日は本当にそんなつもりなかったのに、美味しそうな匂いがしてついペロっといっちゃった。不潔じゃないからそれだけは信じてちょうだい」
「……しのぶちゃん、」
真理子は信の手を掴み、「ありがとう、来てくれて」とその手をぎゅっと握りしめる。
「……言ったでしょ。あたし、化け物なの」
「ヒーローよ、私の」
信は起き上がって、「本当の本当に汚くないから安心してね」と真理子の傷を撫でた。
「あ、血を吸われたら私も吸血鬼になるのかしら」
「血吸ったぐらいじゃ大丈夫よ」
「そう? 残念」
「あなた吸血鬼になりたいわけ?」
「うん。しのぶちゃんと一緒なら楽しそうだもの」
信は頬杖をつき、「それっていいかもって一瞬思っちゃったじゃない。あたしの理性を試さないでよね」と真理子の額をつんと小突いた。
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【本文の文字数:2,473字】
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