【No.021】定食屋の記憶喪失男、深夜の公園で宇宙人女を拾う(ユキトラ カドザキ/天萬木 那樹)
【メインCP:男8. ユキトラ カドザキ、女15.
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ユキトラ カドザキは、公園で女性を拾った。
「ユキさん、その女性はいったいどうしたんだい?」
深夜、時計の針が新たな今日の時間を刻み始めた頃だった。
勤める定食屋の店主が、明日の仕込みの材料が足らず困っていたので、ユキトラは近所にある深夜営業のスーパーにひとっ走りしていた。それが、女性をお姫様抱っこして帰ることになるとは。
店主は、ユキトラと女性を交互に見る。
192センチの巨躯が抱えているとほっそりとした女性が余計に小さく見えた。
「済みませんねえ。この
手の平にひっかけていた買い物袋を店主に渡す。
意外にも、店主は落ち着いていた。
「そうかい、ユキさんらしいねえ。奥の間に寝かせてやんな」
「ありがとうございます。親父さんの懐の深さの方が相当ですよ」
ここは、深夜営業のみの定食屋。
働いている従業員には訳ありが多い。
ユキトラもその一人だ。記憶喪失で道路に倒れていたところを店の
夫婦に助けられ、そのまま働かせてもらっていた。
奥の間に寝かせてすぐ、女性が目を覚ました。
アーモンド形の目に、紫がかった灰色の虹彩が姿を現す。
純粋に綺麗だとユキトラは思った。
「……目が、覚めましたか」
「ここは……?」
「僕が働く定食屋です。公園で倒れていらしたので、そのままにしておけなくて運んできました。あ、勿論妙なことはしていませんよ」
ユキトラの話に頷きながら、女性は辺りを見回す。
ショートボブの黒髪が、女性の首筋でふわりと揺れた。
「そうか、感謝する」
「いいんですよ。僕はユキトラ カドザキと言います。ここの皆さんにはユキさんと呼ばれています。お名前をうかがっても?」
「
ユキトラは頷いた。
「では、天萬木さん。お腹はすいていませんか? 私、今から晩御飯なんです。賄いの残りでよかったらご一緒しませんか」
「賄い?」
「ええ、店員の私が言うのもなんですが美味いですよ」
店主に、天萬木が目を覚ましたことを伝え、賄いをもらう。
今日は白身魚のフライに白米、温め直したおみおつけ。
卓袱台に並べられたそれらを見て、天萬木は口を開いた。
「賄い、というのは食事のことか」
「え? ええ、そうですよ。苦手なものでもありましたか」
両手を合わせた「いただきます」のポーズでユキトラは言う。
「いや、そうではない。私は食事を必要としない」
「そうなんです……?」
ユキトラは怪訝な顔をした。
天萬木は、いわゆる宇宙人だ。光をエネルギーにして活動するため、食事を摂らない。そして、そのせいで今まで会った人間に何度も怪訝な顔をされた。今のユキトラのような。しかし、ユキトラにそのことを知る由はなく。
「食事を摂らないというのは気持ち悪いだろう、迷惑をかけたな、失礼する」
一息に喋ると立ち上がり、部屋を出ようとした。
突然の天萬木の行動に呆気にとられたユキトラは、しかし直ぐ天萬木に声をかけた。
「天萬木さん! 行くとこ、あるんですか」
問われて足を止める。
一瞬の沈黙後。
「……私は、どこにでも行ける」
「ないんですね?」
「…………」
天萬木は真顔でユキトラを見つめる。
ユキトラは爽やかな笑顔で天萬木を見つめ返した。
ほとんど表情を変えなかった天萬木の灰色の瞳が少し揺れた。
「沈黙は肯定と受け取りますよ」
ユキトラは、笑顔をさらに深める。
「どうです? 行くところがなければ暫くここにいませんか。親父さんは先程快諾してくださいましたよ」
深夜に公園で倒れているような人物だ。
何か事情があるかもしれないと、ユキトラは店主に相談していた。
ユキトラも、道路に倒れていたところを店主とおかみさんに助けられ、この定食屋で働かせてもらっている。
定食屋には他にも、訳ありで拾われ、住み込みで働いている者達がいた。その後、自活の道を見つけ、出て行った者もいる。
数秒の沈黙の後、天萬木は口を開いた。
「……何故そこまで親切にするんだ?」
「ええ?」
ユキトラは、少し照れたように笑う。
「そうしたいと思ったんですよ」
「そうしたい? 何故だ」
天萬木は疑問を重ねる。天萬木は人間の情緒の揺らぎにただただ鈍感だった。
「なんででしょうねえ、私にもよく分からないんです」
ユキトラが、へらり、と笑う。
「でも、貴女のことが心配なんですよね。ずっと居てくださいとは言いませんが、倒れそうになったらまたここに来てくれませんか」
「……わかった。覚えておく」
その後、お互いの身の上話をした。
他の惑星からやってきた天萬木 那樹は、一緒に地球に来た姉を探し懸命な捜索の末、運よく見つけることができたが、姉は既にこの星の男性と同棲を始めていた。姉はまだ帰りたくないからと、那樹に先に母船へ帰るよう言った。勿論、那樹は納得できず、この辺りをうろついているところエネルギー切れで倒れたらしい。
ユキトラもまた、自身が記憶喪失であること、この定食屋で世話になっていることを話した。
ユキトラと店主夫婦に礼を言って、天萬木 那樹は外へ出た。
「記憶喪失がどうこうというのは全く考えなくなりました。それよりも、この店をもっと大きくして、親父さんとおかみさんに楽をさせてさしあげたいんですよね」
そう話したユキトラの顔を、那樹は思い出す。
長くなってきた地球上の生活の中でも珍しい笑顔だった。己の任務を誇りに思っている顔だ、と那樹は思った。
「人間というのは、面白いものだな」
そう呟き、今日も姉の元へと向かう。
既に、朝日が顔を出していた。
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【本文の文字数:2,219字】
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