【No.040】天才少年との無謀な勝負

【メインCP:男21. 白河しらかわ・クラーク・シグマ、女26. 金堂こんどう 奈々なな

【サブキャラクター:女8. 佐藤さとう 彩夏あやか、女12. 鳥井トリイ 深月ミヅキ

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「くーやーしーいー! 悔しい悔しいっ!」


 駅から高校までの長い坂道を上がりながら、金堂こんどう奈々ななはショートボブの髪に取り巻かれた童顔を言葉通りの悔しさに歪ませた。

 制服をかっちりめに着こなした彩夏あやかと、ピンクがかった茶髪をカールさせた深月みづきが、揃って「またかー」という顔を彼女に向ける。


「どうしたん奈々ちゃん。そないに分かりやすく地団駄踏んで」

「またお兄さんに何かの勝負で負けちゃったの?」

「違うしっ。まあお兄ちゃんにも負けたけど……。プリン一個取られたけど」

「負けたんや……」

「取られたんだ……」

「それより見て、これっ!」


 可愛いカバー付きのスマホをぐいっと突き出す奈々。そこに映っているのは、アメリカで開催されたルービックキューブの大会の動画だった。

 多数のギャラリーが見守る中、物静かな印象の銀髪の少年がすっとキューブを取り上げ、一秒ほど見回したかと思うと――審判にアイマスクで。直後、開始のブザーと同時に少年の細い指が精密機械のように動き出し、ものの十秒もかからず六面の色を揃えてしまったのだ。

 アメイジング、ファンタスティック――割れんばかりの拍手と喝采を浴びながら、少年は表情ひとつ変えずに中空を見つめている。


「えっ、すごい……」

「てか、これってシグマ君だよね?」

「そーぉー! つまりっ、あの転校生っ、私のこと弄んだんだよ! 悔しいーっ!」


 白河しらかわ・クラーク・シグマ。奈々達のクラスに少し前にやってきた、小柄でクールでミステリアスな転校生。

 転校初日、クラスの皆が彼を質問攻めにする中で、奈々は物の弾みで彼とルービックキューブの早揃え対決をすることになった。

 校内の誰にも負けたことがなく、ゆえに奈々が小さな勝負の題材としてよく持ち出すルービックキューブ。負けるつもりなど微塵もなかったが、結果は奈々の約30秒より僅かに短い、25秒ほどで六面を揃えたシグマの勝ち。

 ぐぬぬ、次こそは――と思って上達法を検索していた奈々の目に、今朝になって飛び込んできたのが件の動画だったのである。


「まあ、シグマ君ならなぁ……」

「正直このくらいデキる方がイメージ通りっていうか」

「だったらせめて、全力で斬ってくれるのが勝負の礼儀じゃないの!?」


 人間離れした実力の彼が、自分との勝負では本気の欠片も出していなかった。そのことが何より奈々の心に火をつけていたのだ。


「だから決めたの、シグマ君にバーベット・ゲームを仕掛けてやるわっ」

「ばーべっと?」

「公平に見せかけて、三回に二回は私が勝つ計算よっ。三回勝負ならまず間違いなく勝てる!」

「えっ、それってズル……」

「やめなよぉ、そんなのすぐ見抜かれてやり返されるだけだよ」


 親友達のハラハラした顔にも構わず、奈々は「勝ったらスタバの新作奢らせてやるっ」と小さな拳を握るのだった。



 ♠  ♥  ◆  ♣



「シグマ君っ! こないだはよくも、からかってくれたわねっ」


 休み時間、彼の机をバンっと叩いて奈々が詰め寄ると、シグマは細い喉から「えっ」と小さく声を漏らして、タブレット端末から静かに顔を上げた。


「金堂さん。ボクが何かした?」

「トボけないでよ、見たんだからっ。ルービックキューブの大会の動画!」

「ああ……。うん、ごめんね、からかったわけじゃないよ。キミと公平な勝負をするために解法のレベルを合わせただけで……」

「解法? レベル?」

「CFOPメソッドに頼らない、D面クロスやF2Lの基本手順も使わない、ZBLLや1LLLでPLLをスキップしたりもしない。OLLでCPの先読みもしない、AUFも敢えてなすがままに……」

「待って待って、何語? 何の話してるの!?」


 突然の呪文の羅列に困惑する奈々。一歩後ろで見守る彩夏と深月、他のクラスメート達も揃って頭上に「?」を浮かべている。


「つまりね、徒競走の勝負と言われてモーターバイクを持ち出したりはしないってこと。もういい?」


 なんだかすごく子供扱いされてあしらわれた、それだけは奈々にも分かった。自分の方が誕生日は早いのに!

 タブレットに目を落とす彼に、奈々は掴みかからんばかりの勢いで、


「よくないっ。今日はこれで勝負よっ」

トランプカード?」


 制服のポケットに携えていたトランプ一組を叩きつけ、Kキング四枚とジョーカーを抜き出した。


「この五枚を伏せて一枚ずつ交互に引いて、【赤・赤】か、【黒・黒】が揃ったら勝ち。ジョーカーを引いたら負け。二人とも色を揃えるか、二人とも【赤・黒】だったら引き分け」

「ふぅん……公平なゲームだ」

「そうでしょっ? 一回で決まっちゃったら呆気ないから、三回勝負にしましょ。私が勝ったら……」

「勝ったら?」


 シグマの綺麗な目でまっすぐ見据えられ、奈々はハッと言い淀んだ。

 まんまと自分が有利なゲームに引き込んでやった――その高揚と緊張、きっとそれ以上に。

 彼と一緒に放課後、街に繰り出す? 二人きりでスタバに入る?

 そんなことを考えるのも、皆の前で口に出すのも、なぜだかとても恥ずかしく思えて。


「わ、私達三人にスタバの新作フラペチーノ奢ってもらうからっ」


 奈々がいきなり振り返って二人を指すので、彩夏と深月は揃って「ええっ」と声を上げた。


「そんなん悪いて。私ら、奈々ちゃんの勝負に関係ないし……」

「そうだよ、バイトしてるから自分で出すしっ」

「いいからいいから。どう、受ける? シグマ君っ」


 照れ隠しとばかりに強引に話を進める奈々に、シグマはふっと小さく息を吐いて。


「まあ、キミ達がいいならいいよ……。代わりにボクが勝ったら……そうだね、キミに数学を教えてあげる」

「なんで勝ったのに教えてくれるのよっ。私が何かする側でしょ?」

「イヤならキミが勝てばいい。ほら、レディファーストでどうぞ」

「ふ、ふふっ、まんまと先攻を譲ったわねっ」


 ドキドキと高鳴る鼓動をごまかすように、奈々は大仰な仕草で「勝負っ!」とカードを引く。


 ――果たして、彼女の思惑通りというべきか、逆に意外にというべきか。


「か、勝ったぁ!」


 勝負結果は、一戦目が奈々【赤・赤】、シグマ【黒・ジョーカー】。二戦目が奈々【黒・黒】、シグマ【赤・ジョーカー】で、三戦目にもつれるまでもなく勝敗は決してしまった。


「どーだシグマ君っ、私の勝ちっ!」

「そうだね」


 飛び跳ねんばかりの勢いで喜ぶ奈々に、周囲の皆も口々にざわめいていたが――。



 ♠  ♥  ◆  ♣



「ねえ、シグマ君、間違ってたら教えてほしいんだけど」


 放課後、四人で入ったスタバの席で、おずおずと切り出したのは数学を得意教科とする深月だった。


「さっきのって、ジョーカーを引く確率は毎回1/5じゃないの?」


 シグマはブラックコーヒーのカップを片手に、一瞬だけ「おや?」という顔をして。


「そうだよ。鳥井とりいさんは気付いてたんだ」

「気付いてたっていうか、気になったから計算してみて……。あれ、じゃあ、あれってホントは公平なゲームだったの?」

「うん。そう言ったでしょ」


 何でもないように言ってのける彼に、奈々はご褒美のフラペチーノそっちのけで「はぁっ!?」と目を丸くする。


「どういうこと!? だってだって、先攻さえ取ればっ、最初に私がジョーカーを引く確率が1/5、次にそっちがジョーカーを引くのが1/4、次に私が引くのが1/3、最後にそっちが引くのが1/2だから……計算したら2/3くらいの確率でそっちの負けに……」


 信じていた自説にすがるように言葉を並べる奈々を、シグマはやれやれという顔で見つめ返してきた。


「二巡目でジョーカーを引く確率は4/5×1/4で1/5だよ……次巡以降も同じ。やっぱり、キミには確率の基礎から教えてあげないと……」

「むぅーっ、数学教えるのはそっちが勝ったらでしょぉ!?」


 吠える奈々の隣で、彩夏がそっと小さく手を挙げる。


「でも……じゃあどうして、勝負を受けてあげたの? あっ、この質問はヘンかな、不公平より公平と思ってる方が受けやすいのは当たり前やもんね……。でも、奈々ちゃんがズルしようとしてたってお見通しやったんよね? それなのに、なんで付き合ってくれて……?」


 標準語と関西弁が入り混じった彼女の問いに、シグマはどこか切なげに笑って、


「ボクを見上げるでも見下すでもない、等身大で勝負なんて挑んでくる子は珍しかったから……」


 そう言って、スタバの広い窓から青空を見上げるのだった。

 なぜかドキリと胸を刺すものを感じて、奈々は問う。


「珍しいってことは、ゼロじゃなかったの?」

「まあ……ね」


 この時の奈々にはまだ知る由もなかった。天才少年の遠い目の向こうに浮かぶのが、亡き妹の在りし日の面影であることを。

 そして、そんな彼の目を自分に向けさせるための、遥かに無謀な「勝負」はこれから始まるのだということを……。



  (参考:高橋和希『遊☆戯☆王』 遊闘135「仕組まれた罠」  週刊少年ジャンプ本誌掲載分 及びコミックス修正分)



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【本文の文字数:3,500字】

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