【No.040】天才少年との無謀な勝負
【メインCP:男21.
【サブキャラクター:女8.
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「くーやーしーいー! 悔しい悔しいっ!」
駅から高校までの長い坂道を上がりながら、
制服をかっちりめに着こなした
「どうしたん奈々ちゃん。そないに分かりやすく地団駄踏んで」
「またお兄さんに何かの勝負で負けちゃったの?」
「違うしっ。まあお兄ちゃんにも負けたけど……。プリン一個取られたけど」
「負けたんや……」
「取られたんだ……」
「それより見て、これっ!」
可愛いカバー付きのスマホをぐいっと突き出す奈々。そこに映っているのは、アメリカで開催されたルービックキューブの大会の動画だった。
多数のギャラリーが見守る中、物静かな印象の銀髪の少年がすっとキューブを取り上げ、一秒ほど見回したかと思うと――審判にアイマスクで目隠しをされる。直後、開始のブザーと同時に少年の細い指が精密機械のように動き出し、ものの十秒もかからず六面の色を揃えてしまったのだ。
アメイジング、ファンタスティック――割れんばかりの拍手と喝采を浴びながら、少年は表情ひとつ変えずに中空を見つめている。
「えっ、すごい……」
「てか、これってシグマ君だよね?」
「そーぉー! つまりっ、あの転校生っ、私のこと弄んだんだよ! 悔しいーっ!」
転校初日、クラスの皆が彼を質問攻めにする中で、奈々は物の弾みで彼とルービックキューブの早揃え対決をすることになった。
校内の誰にも負けたことがなく、ゆえに奈々が小さな勝負の題材としてよく持ち出すルービックキューブ。負けるつもりなど微塵もなかったが、結果は奈々の約30秒より僅かに短い、25秒ほどで六面を揃えたシグマの勝ち。
ぐぬぬ、次こそは――と思って上達法を検索していた奈々の目に、今朝になって飛び込んできたのが件の動画だったのである。
「まあ、シグマ君ならなぁ……」
「正直このくらいデキる方がイメージ通りっていうか」
「だったらせめて、全力で斬ってくれるのが勝負の礼儀じゃないの!?」
人間離れした実力の彼が、自分との勝負では本気の欠片も出していなかった。そのことが何より奈々の心に火をつけていたのだ。
「だから決めたの、シグマ君にバーベット・ゲームを仕掛けてやるわっ」
「ばーべっと?」
「公平に見せかけて、三回に二回は私が勝つ計算よっ。三回勝負ならまず間違いなく勝てる!」
「えっ、それってズル……」
「やめなよぉ、そんなのすぐ見抜かれてやり返されるだけだよ」
親友達のハラハラした顔にも構わず、奈々は「勝ったらスタバの新作奢らせてやるっ」と小さな拳を握るのだった。
♠ ♥ ◆ ♣
「シグマ君っ! こないだはよくも、からかってくれたわねっ」
休み時間、彼の机をバンっと叩いて奈々が詰め寄ると、シグマは細い喉から「えっ」と小さく声を漏らして、タブレット端末から静かに顔を上げた。
「金堂さん。ボクが何かした?」
「トボけないでよ、見たんだからっ。ルービックキューブの大会の動画!」
「ああ……。うん、ごめんね、からかったわけじゃないよ。キミと公平な勝負をするために解法のレベルを合わせただけで……」
「解法? レベル?」
「CFOPメソッドに頼らない、D面クロスやF2Lの基本手順も使わない、ZBLLや1LLLでPLLをスキップしたりもしない。OLLでCPの先読みもしない、AUFも敢えてなすがままに……」
「待って待って、何語? 何の話してるの!?」
突然の呪文の羅列に困惑する奈々。一歩後ろで見守る彩夏と深月、他のクラスメート達も揃って頭上に「?」を浮かべている。
「つまりね、徒競走の勝負と言われてモーターバイクを持ち出したりはしないってこと。もういい?」
なんだかすごく子供扱いされてあしらわれた、それだけは奈々にも分かった。自分の方が誕生日は早いのに!
タブレットに目を落とす彼に、奈々は掴みかからんばかりの勢いで、
「よくないっ。今日はこれで勝負よっ」
「
制服のポケットに携えていたトランプ一組を叩きつけ、
「この五枚を伏せて一枚ずつ交互に引いて、【赤・赤】か、【黒・黒】が揃ったら勝ち。ジョーカーを引いたら負け。二人とも色を揃えるか、二人とも【赤・黒】だったら引き分け」
「ふぅん……公平なゲームだ」
「そうでしょっ? 一回で決まっちゃったら呆気ないから、三回勝負にしましょ。私が勝ったら……」
「勝ったら?」
シグマの綺麗な目でまっすぐ見据えられ、奈々はハッと言い淀んだ。
まんまと自分が有利なゲームに引き込んでやった――その高揚と緊張、きっとそれ以上に。
彼と一緒に放課後、街に繰り出す? 二人きりでスタバに入る?
そんなことを考えるのも、皆の前で口に出すのも、なぜだかとても恥ずかしく思えて。
「わ、私達三人にスタバの新作フラペチーノ奢ってもらうからっ」
奈々がいきなり振り返って二人を指すので、彩夏と深月は揃って「ええっ」と声を上げた。
「そんなん悪いて。私ら、奈々ちゃんの勝負に関係ないし……」
「そうだよ、バイトしてるから自分で出すしっ」
「いいからいいから。どう、受ける? シグマ君っ」
照れ隠しとばかりに強引に話を進める奈々に、シグマはふっと小さく息を吐いて。
「まあ、キミ達がいいならいいよ……。代わりにボクが勝ったら……そうだね、キミに数学を教えてあげる」
「なんで勝ったのに教えてくれるのよっ。私が何かする側でしょ?」
「イヤならキミが勝てばいい。ほら、レディファーストでどうぞ」
「ふ、ふふっ、まんまと先攻を譲ったわねっ」
ドキドキと高鳴る鼓動をごまかすように、奈々は大仰な仕草で「勝負っ!」とカードを引く。
――果たして、彼女の思惑通りというべきか、逆に意外にというべきか。
「か、勝ったぁ!」
勝負結果は、一戦目が奈々【赤・赤】、シグマ【黒・ジョーカー】。二戦目が奈々【黒・黒】、シグマ【赤・ジョーカー】で、三戦目にもつれるまでもなく勝敗は決してしまった。
「どーだシグマ君っ、私の勝ちっ!」
「そうだね」
飛び跳ねんばかりの勢いで喜ぶ奈々に、周囲の皆も口々にざわめいていたが――。
♠ ♥ ◆ ♣
「ねえ、シグマ君、間違ってたら教えてほしいんだけど」
放課後、四人で入ったスタバの席で、おずおずと切り出したのは数学を得意教科とする深月だった。
「さっきのって、ジョーカーを引く確率は毎回1/5じゃないの?」
シグマはブラックコーヒーのカップを片手に、一瞬だけ「おや?」という顔をして。
「そうだよ。
「気付いてたっていうか、気になったから計算してみて……。あれ、じゃあ、あれってホントは公平なゲームだったの?」
「うん。そう言ったでしょ」
何でもないように言ってのける彼に、奈々はご褒美のフラペチーノそっちのけで「はぁっ!?」と目を丸くする。
「どういうこと!? だってだって、先攻さえ取ればっ、最初に私がジョーカーを引く確率が1/5、次にそっちがジョーカーを引くのが1/4、次に私が引くのが1/3、最後にそっちが引くのが1/2だから……計算したら2/3くらいの確率でそっちの負けに……」
信じていた自説に
「二巡目でジョーカーを引く確率は4/5×1/4で1/5だよ……次巡以降も同じ。やっぱり、キミには確率の基礎から教えてあげないと……」
「むぅーっ、数学教えるのはそっちが勝ったらでしょぉ!?」
吠える奈々の隣で、彩夏がそっと小さく手を挙げる。
「でも……じゃあどうして、勝負を受けてあげたの? あっ、この質問はヘンかな、不公平より公平と思ってる方が受けやすいのは当たり前やもんね……。でも、奈々ちゃんがズルしようとしてたってお見通しやったんよね? それなのに、なんで付き合ってくれて……?」
標準語と関西弁が入り混じった彼女の問いに、シグマはどこか切なげに笑って、
「ボクを見上げるでも見下すでもない、等身大で勝負なんて挑んでくる子は珍しかったから……」
そう言って、スタバの広い窓から青空を見上げるのだった。
なぜかドキリと胸を刺すものを感じて、奈々は問う。
「珍しいってことは、ゼロじゃなかったの?」
「まあ……ね」
この時の奈々にはまだ知る由もなかった。天才少年の遠い目の向こうに浮かぶのが、亡き妹の在りし日の面影であることを。
そして、そんな彼の目を自分に向けさせるための、遥かに無謀な「勝負」はこれから始まるのだということを……。
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【本文の文字数:3,500字】
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