【No.070】才女に学ぶ冒険の作法

【メインCP:男32. 東雲しののめ 冬樹ふゆき、女33. 霧島きりしま 春乃はるの

【サブキャラクター:女9. 神崎かんざき こころ、女23. ユリストフ・メェメェ、女24. 対象男性の望むように】

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 エンターキーを叩くと、PC画面にさまざまな女性達のプロフィールが表示された。

 写真がある人、ない人。

 コメントが明るい人、真面目な人。

 23才のフリーター、東雲冬樹は初めての経験にごくりと喉を鳴らした。


「す、すげぇ」


 これが『結婚相談所』……いや、それよりは緩い婚活マッチングアプリか。

 中学、高校とスポーツに打ち込み、引き締まった体とそこそこの愛嬌を持つ冬樹は、女性にも免疫がある。


(クセ強めの男女が登録してある――って言ってたよな?)


 次から次へ現れる女性達のいささかユニークすぎるプロフィールに圧倒されながら、冬樹はこのアルバイトに至った理由を思い出していた。


     ◆


 大学生にもなれば、知り合いに会社を興す者が出始める。

 冬樹にとって、高校からの付き合いである友人が、そんな一人になった。彼は色々なマッチングサービスを考案、運営し、女性と男性の仲を結んでいるらしい。

 すでに実績を積んだ彼は、新たにもう一つサービスを考案、冬樹にテストを依頼した。


「フリーターだし、暇だろ? テストだけど、女性もたくさん登録してるしさ」

「えぇえ……」

「頼むよ! 他のアプリじゃ登録できない子ばっかりなんだ! 会ってみると、以外とハマるかもよ? 大丈夫だって!」


 知り合いが運営する男女マッチングサービスを使うのは気が引けたが、それ以上に興味が勝つ。


 女性達のプロフィールURLは……

 https://w.atwiki.jp/tokumeicon/pages/362.html#id_5bfaaace

 (※本企画女性リスト)


 ここになぜかwikiの文字が入っているのは一抹の不安。

 だが真に胸を打ったのは、登録されている女性達だった。



―――――


 登録No.24 対象男性の望むように(年齢18)


 彼女が欲しいと強く念ずる高齢童貞の前に現れる。

 この存在に出会った男性は2時間以内に女性への満足を与えなければ、多様な症状を発症する。


―――――



 がマッチングアプリに登録されている。

 冬樹は冷静に考える。

 怪異とお付き合いすることはできない。


「次っ」



―――――


 登録No.23 ユリストフ・メェメェ(年齢:24)


 地球へノイズを食べにやってきた宇宙人娘。


―――――



 ――とんでもねぇ奴と、同じ時代に生まれちまったもんだぜ。

 達観した、眩しげな笑顔を浮かべ、冬樹は『次へ』ボタンを押す。



―――――


 登録No.9 神崎 こころ(年齢:外見20)


 感情獲得を目指すAIを搭載した最新型国産アンドロイド。


―――――


 飲んでいたチューハイの缶を握りつぶす。

 彼女らがこのサイトに登録されている理由はわからないが、普通のマッチングアプリに登録できない人を集めたというのには異様な説得力があった。

 国籍、種族、無機物/有機物を越えた超グローバルな有様だ。

 黒の長髪をくしゃりと握る。


「……どうするかな。一応、ログインして、メッセージをいくつか交換すれば、それでいいんだけど」


 目的は動作確認、そして女性達の反応収集なので、直接会ったりお付き合いをしたりする必要はない。

 ただ、冬樹には謎の好奇心があった。

 職業も、冒険家と書いてフリーターと読ませることがあるほどの、念の入れよう。

 この気性は、厳格な父親の反動かもしれない。


 ――一人くらい、会ってみるか。


 ただし無難そうな人にしよう。

 そうして、冬樹は霧島春乃という29才の女性とメッセージのやりとりを始めた。


     ◆


 冒険家を自称し、大学時代にはカネを貯めて世界中に貧乏旅行しながらも、冬樹は決して冒険しないことを2つ決めていた。


 1つは洞窟。ガスが溜まっていたりしてシャレにならないから。


 もう1つは結婚だ。


 花の23才、結婚願望などまだクソほどもなかったが、結婚相手は自分と正反対な人――たとえば慎重な人がいいとぼんやり決めていた。

 互いに自由人では、結婚しても破綻しそうだ。

 その意味で、『直接会いましょう、今度の日曜、横浜駅』と果たし状のようなメッセージを送ってきた相手は、なかなかの相手。

 相応に美人で、落ち着いていて、IT系という仕事も固そうである。


 ――普段なら、俺と絶対に話さないタイプだなぁ。


 面接用のスーツに身を包んで、駅ビルにある静かな(そしてお高めの)カフェで、冬樹は春乃と話をし始めた。

 冬樹は、会話においては如才ない。

 自称冒険家は伊達ではない。若さと話術、そして少し人好きがする笑顔があれば、たいていの人と仲良くなれるのは、世界旅行とフリーター経験で学習済みであった。

 ただ――


「まあ、なんていうか」


 冬樹は切り出す。


「……やっぱ、住む世界が違うっすよねぇ」


 遠回しなお断り文句を言ったのは、会話が弾まなかったせいではない。むしろ、逆だ。

 相手のAIみたいな語り口は少し変だったが、会話はおおむね、和やかだった。

 和やか過ぎた。

 冬樹は知っている。


 ――合わない人同士って、こういう会話になるんだよな。


 当たり障りのない内容を上滑りしていく会話。

 会ってみて、思った。

 霧島春乃女史は、いい人だった。割と結婚願望は強そうだが、今日の会話で23才のフリーターと付き合う気にはならないだろう。

 今更ながら、冬樹は軽い気持ちで女性に会ったことを少し後悔し始めた。時間を無駄にさせてしまった。


「冒険」

「へ」

「してみませんか」


 冬樹はぽかんとする。

 この人、冒険って言ったのか?


「年上で、互いに住む世界も、やってきたことも、ぜんぜん違います。だからこそ、私は会話、楽しかったです」

「……それは、もう1回会ってもいいってことですか?」


 こうしたマッチングアプリは、何度か会って徐々に仲を深めていくもの、らしい。

 次のデートの約束ができるなら、初回の顔合わせは成功だ。


「姿勢、いいですね。剣道のご経験からでしょうか」

「――知ってたんすね、昔、やってたこと」

「プロフィール欄、読みましたから。初めて会うひとですし」


 冬樹は、自分がどんなプロフィールを書いたかさえ覚えていない。

 冒険とは、にやることではない。

 下調べして、生きて帰ってくれるように、真面目にやるもの。春乃女史は、年下の冬樹に会うため、きちんと『冒険』していた。

 勇気を出したのだ。


「私、このような態度をとってしまうもので、人から恐がられるのです。あなたは、普通に話せますから、現時点で悪くありません」


 そう言った時の微笑みは、冬樹の心をざわつかせる。


「とはいえ、6才年上の女とのお付き合いは、一般的になかなか冒険だと思いますが」


 冬樹はコーヒーカップを持ち上げ、少し考える。

 アプリで見た多様すぎる女性達――。


「――いえ、俺、冒険好きっすから」


 恋愛こそ、冒険してみるべきかもしれない。危険に飛び込むのではなく、自分を変える冒険だが。

 冬樹は春乃に微笑みを返す。

 あと、もう少し真面目に。


「髪でも切るかな」


 そう、小さく呟いたのだった。



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【本文の文字数:2,737字】

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