【No.012】袖すり合うと…… (市村 洸太/辻浦 優真)【BL要素あり】

【メインCP:男1. 市村いちむら 洸太こうた、男6. 辻浦つじうら 優真ゆうま

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「今日の配信はここまでだにゃん! みんにゃ! 今日もくーにゃんの配信聞いてくれてありがとにゃん!」


 後ろで流していた曲を段々小さくしてフェードアウトさせる。

 充分なタイミングを計って、ちゃんと配信を切った事を確認して、マイクの付いたヘッドセットを外す。

 ぐっと大きく伸びをして、凝り固まっていた筋肉を伸ばしていく。


 チラッと画面を見れば、さっきまでゆっくりとだけど流れていたコメ欄も既に落ち着いていた。

 スクロールしていけば、大体いつもコメントをくれるメンバーで、ご新規さんはいなかった。

 ついでに……。

 

「はぁ……。今日もメタロンさん来てないな。……飽きられたかなぁ」


 初期の頃からの常連さんのコメがない事に、何となくため息を零す。

 口下手で人見知りでコミュ障である自分をどうにかする為、自分とは別人に成りすませば何とかなるのでは? と思って始めたネコミミ美少女Vtuber『くーにゃん』だったが、まぁ、案の定というかなんというか爆発的に売れる訳もなく、僅かについた固定ファンに支えられる形で細々とやってきたが、正直限界を感じていた。


「あーあ……寝よ……明日も仕事だ……」


 ちょっとパソコンを齧ったからと選んだSEという職業はなかなか向いているんだと思う。

 社外の常駐先で、いつまでもお客様扱いで粛々とプログラムを組んでいく作業は、人見知りで口下手な僕にピッタリだった。


 毎日無言で電車に乗って、無言で仕事を片付け、無言で再び電車に乗って家に帰って、ネコミミ美少女風に喋り倒す生活の繰り返し。

 それが僕の日常だった。


 そんな代わり映えのない日々に変化をもたらしたのは……。


「おっと! ごめーんねー?」


「……っ! ……あ……すみませ……」


 謝罪が尻すぼみになったのは、相手を視界に入れたからだった。


 キラッキラの金髪は目に眩しくて、両耳にびっしりと並ぶピアスは指をちょっと切っただけでも涙目になる僕からすれば信じられない行為の結果で。

 すっとした長躯を僕には絶対に真似できないような着こなしで包んでいて……。だけど、整った顔立ちの彼にはよく似合っていた。金髪とピアスも含めて。


 何が言いたいかというと、僕とは全く関わり合いになさそうな世界線の人間がそこに立っていた。

 いや、ぶつかってきたのは向こうなんだけど。


「すっ! すみませんっ!!」


 思わずと身を翻した僕を、無情にも相手ののんびりとした声が引き留めた。


「あ、ちょっと待ってよー」


「な……? なにか?」


 もう一度言うがぶつかってきたのは向こうだ。だけど難癖付けられても勝てる気がしない。

 逃げの一手だと背負っていたビジネスリュックの肩紐をぐっと握り締める。


「あー、そんなビビんないでよー。別に取って食おうって訳じゃないからさー」


 いや、そんな胡散臭い笑みで言われても……って思った僕は悪くないと思う。


「あのさ? そのバッグに付けてる……アクキーって言うんだっけ? そう! それそれ」


 思わずと肩紐に付けてた僕の仮の姿ネコミミ美少女のアクキーを握り締める。冷たいアクリルが僕の体温を吸ってぬるくなっていく。


「俺のツレがさぁ、最近ソレ失くしたってへこんでてさー。推しに顔向けできないって、毎回チェックしてた配信も聞いてないみたいでさー。悪いんだけど、それどこで買えるか教えてくんない?」


 調べても全然わかんなくてさぁと、さっきまでの胡散臭い表情を一蹴するような朗らかな笑みを浮かべる目の前の人はたぶんいい人なんだろう。


「こ……っこれはっ……! 限定で……配布した……ものなので……買えない」


 です……と語尾が尻すぼみになったのは、僕の言葉を聞いて情けなく下がっていくイケメンの眉を見てしまったせいだろうか。

 だけどこのアクキーは、配信を聞いてくれる常連さんが増えた頃に、自腹を切って作成したネコミミ美少女Vtuber僕のガワのアクキーなのだ。

 一個一個手作業で梱包からの配送作業をしたのもいい思い出だ。

 そして意外で光栄な事に、50個ほど用意したアクキーはあっという間に僕の手元を去って行ったから……今僕のバッグで揺れているのが最後の一つだったりする。


「そっかぁ……買えないのかぁ……。んあー仕方ねぇか。元はと言えば失くしたのが悪ぃんだしなー。ごめんなー時間とらせてー」


 残念そうなイケメンの顔を見て、僕は自分でも意外な行動に出た。


「っ! あっ! あのっ!」


「ん? どしたー?」


 初対面に関わらず、相手の緩い口調が何故か気にならない。


「っ! こっ! これっ! 良かったらっ! ……そのお友達さんに……っ」


 わたわたとボールチェーンを外して、ネコミミ美少女の萌え絵がカラフルに印刷されたアクリルの塊を突き付ける。

 困惑した表情のイケメンが、暫く僕とネコミミ美少女Vtuberの間を行き来して……くしゃりと笑み崩れた。


 思いがけないその表情にポカンと僕の口がまぬけに開く。


「え? いいのー? マジで? いくらー? あ、俺現金持ってないからー。 なんかQRコード払いのヤツ持ってるー?

 それで送金するよー」


 いそいそとスマホを取り出したイケメンに向かって僕は首を振る。


「い、いえっ! 大丈夫です……っ!」


「えー? そりゃないよー。 レアなんでしょ? これ」


「だっ! 大丈夫……でっす……お友達によろしく……おつたえくださいぃぃ!!」


 グイグイとスマホを向けてくるイケメンに、何故かアクキーを差し出した時の僕の勇気はどっかへ消えていて、慌ててイケメンのスマホの上にアクキーを乗せると、脱兎の如く駆け出していた。


「あっ! ちょっ?!」


 困惑したイケメンの声を置き去りにして。


 だから僕は気づけなかった……。




 「みーつけたっ! 市村洸太くんでネコミミ美少女Vtuberのくーにゃん?」


 そう言って近づいてきたあのイケメンが、何故かグイグイ距離を詰めてきて。


 気づけば何故か、朝の光にそのしなやかな筋肉のついた裸体を晒して、僕の隣で寝息を立てる日が来るなんてことを……。

 


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【本文の文字数:2,370字】

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