10月17日 公開分

【No.086】あの日の恋のリスタート(松蛇愁×霧島春乃)

【メインCP:男27. 松蛇マツダ シュウ、女33. 霧島きりしま 春乃はるの

【サブキャラクター:男23. 二ノ宮にのみや そら、女29. 両角もろずみ 紅緒べにお

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 来客を知らせるベルが鳴り、松蛇は立ち上がる。「はいはい、どちら様」と事務所の戸を開ければ、そこには見るからに大人しそうな女性が立っていた。


「すみません、こちら探偵事務所と伺ったのですが」

「お客さんか。どうぞ、入って」


 女性を招き入れ、奥の部屋に通す。椅子に座るよう促すと、なぜか女性はまじまじと松蛇の顔を見つめていた。

「それで、依頼は?」

「あ……人探しを……お願いしようと思っていたんです……が、」

「が?」

「間違いだったら申し訳ありません。……松蛇くんではありませんか?」

 そんな風に言い当てられて、今度は松蛇の方が女性の顔をまじまじと見る羽目になった。


「…………。委員長か?」


 遠い記憶を手繰り寄せ、ようやく松蛇は正解にたどり着く。

 霧島春乃。松蛇が通っていた高校のクラスメイトで、学級委員長だった女子生徒だ。






 松蛇の母校は基本的に席が誕生日順で、九月生まれの松蛇と春乃は三年間ずっと隣の席だった。だからか、春乃が学級委員になる前から妙に目をつけられていた気がする。


 お世辞にも素行がいいとは言えなかった松蛇と対照的に、優等生を絵に描いたような春乃。

 学級委員を決める時の話し合いで女子生徒から『霧島さんでいいじゃん』と、押し付けられるような形ながら粛々と受け入れる春乃を見て、損をするタイプだなとぼんやり思った覚えがある。


 そんなことを思い出しながら、松蛇は「コーヒーでいいか?」と尋ねる。春乃はうなづいて、「松蛇くん、探偵をやっているんですね」とどこかほっとした気配を漂わせながら言った。


「何になってると思ってた?」

「ヤのつく稼業に従事していたらどうしようかと思ってました」


 松蛇は吹き出す。相変わらず、なかなか攻めた発言をするものだ。

 コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置き、「それで?」と松蛇は口を開く。

「人探し、だったか。誰を探してほしいんだ?」

「それが……ですね……なんというか」

 突然春乃は歯切れ悪くなり、どこか気まずそうに鞄から何かハガキを差し出した。


「……同窓会?」

「ええ。この前紅ちゃんと食事をした時、たまたま二ノ宮くんと会ったんです。それで三人で盛り上がって……私たち、来年は三十になるでしょう? 同窓会でもやろうかという話になりまして」

両角紅緒もろずみべにお二ノ宮宙にのみやそらか。あれから十年は経ったが、覚えているものだなと少し感慨深かった。

「こうしてクラスのみんなに招待状を作ったわけなんですが、その……実は、松蛇くんに送った招待状が宛所なしとして返ってきてしまったのです」


 春乃は空咳をする。それから一層気まずそうに、「探してほしかったのは、松蛇くんのことだったんです」と言った。

「まさか松蛇くんを探すために頼ろうとした探偵が松蛇くんだとは思わず……。気を悪くしましたか? 勝手に居場所を探ろうだなんて、気持ち悪いですよね……」

「いやいや、それを稼業にしているんだから気を悪くするわけはないが」

 松蛇は思わず笑ってしまった。それから目を細めて春乃のことを見る。

「たかだか同窓会の招待状送るために、探偵を雇おうとしたのか? 相変わらず真面目だなぁ、委員長は。押し付けられて学級委員やってた頃と変わらんな」

 ぽかんとした春乃が、「押し付けられた?」とまるで初めて聞いた言語のようにオウム返しした。


「私、押し付けられたわけじゃないですよ。学級委員は、友人に推薦してもらいありがたくお受けしました」

「そうか?」

「私、こう見えて結構したたかなんです」


 ふうん、と言いながら松蛇はコーヒーを口に運ぶ。それからハガキを伏せて静かに春乃に返した。

「ここまで来てもらって悪いが、同窓会とやらには出席できない」

「……なぜですか?」

 つけていた黒い手袋を脱ぎ、松蛇は手首に入った蛇の刺青を見せる。


「君の言う通り、ヤのつく稼業に従事していた。元とはいえヤクザものが行ったら迷惑をかけるだろうから、俺は行かない」


 春乃は表情を変えず瞬きをして、「……そうですか」と言った。


 それから「お邪魔しました」と一礼し、春乃は去っていく。気まずく思いながら、松蛇はまだ温かいコーヒーを一口飲んだ。






 その一週間後、春乃はケーキの箱を持ってまた事務所に現れた。


「……何しに来たんだ、委員長」

「知っていますか、松蛇くん。二ノ宮くんは今パティシエで、お店の方はそれはもう人気店なんですよ」

「だから?」

「松蛇くんと一緒に食べたかったので買ってきました」


 平然とそのようなことを言う春乃に、松蛇は呆れて言葉を失くす。それでも追い返す気にならなかったのは、昔のことを思い出したからだろう。


 十七の時に両親が死に、何もかもに失望しやさぐれていた松蛇は人を避け、孤立した。

 そんな時、しつこいほど声をかけてきたのが春乃だった。


「高校の頃もそうだったな。同情して、いつも昼飯なんか誘ってくれて。俺ももういい大人だ。委員長、何もかも過去のことなんだ。もう俺のことなんか気にしないでくれ」


 ケーキの箱をテーブルに置いた春乃が、「そんな風に思っていたんですね」と静かに言った。

「私、松蛇くんと一緒にご飯を食べたかったから誘っていたんですよ」

「そういうこと言うと、勘違いされるぞ」

「勘違い?」

「まるで委員長が俺のことを好きだったように聞こえる」

「好きでした」


 春乃は真っ直ぐに松蛇を見て、「松蛇くんのこと、好きでした」とはっきり告白した。


 言葉を失っている松蛇を尻目に、春乃は「降ってきちゃいましたね」と窓の外を眺める。

「止むまで、雨宿りをしていてもいいですか?」と春乃は小首を傾げた。






 気まずい沈黙に、松蛇はケーキを口に運んで「美味いな、このケーキ。二ノ宮に言っといてくれ」と話を逸らした。

「直接言ってあげた方が喜びますよ、二ノ宮くん」

 涼しい顔をして春乃がそう言うので、松蛇は頬杖をつきながら仏頂面をする羽目になった。


「傘を貸すから帰ったらどうだ?」

「助かります。傘を口実にまた来られますね」

「…………」

「私、結構したたかなんです」

「そうみたいだな」


 しばらく、二人とも黙ってケーキを咀嚼する。


 ふと窓の外を見て、松蛇は「向こうの空は明るい。虹がかかってるな」と呟いた。

 春乃は振り向いたが見えなかったようで、「どこでしょう」と目をこらす。

 立ち上がり、窓を開けて「ほら、あそこだ」と松蛇が指させば、春乃は窓から身を乗り出すようにしてそれを見ようとした。


「そんなに窓から頭出したら濡れるぞ」

「でも、私も見たいです。松蛇くんが見てる虹」


 こんなことが、昔もあったような気がする。

 瞬時に脳内に流れ出す、土砂降りの日の帰り道。


『降ってきちゃいましたね』と、彼女が言う。

『傘、使ってください。私は折り畳みを持っているので』

『別にいらない』

 俺に構うなよ、惨めな気持ちになるんだよと、口に出さないまま歩き出す────雨の中。

 いつの間にか彼女が追いかけてきていた。なぜだか傘もささずびしょ濡れで。

『なんで来たんだよ。というか傘させよ、持ってんだから』

『私、あなたと同じものが見てみたくて』

 髪から水が滴るほど濡れて、彼女はそれでも笑いながら松蛇を見上げていた。


『夏の雨は……思っていたより気持ちがいいものですね、松蛇くん』


 ああ────


 眩しかったなぁ。俺が触れたら汚れそうなほど。


 春乃は嬉しそうに、「本当だ。私にも虹、見えました」と言いながら松蛇を見上げた。

 そんな彼女の腕を、松蛇は引く。「松蛇く、ん?」と戸惑った春乃の唇に、自分の唇を重ねた。


「俺で、いいんだな?」


 しばらく呆然としていた春乃が、まるで花咲くように笑う。


「松蛇くんがいいです。ずっと」






 グラスを傾けながら紅緒が「で?」と眉を顰める。

松蛇と会えた目的を達成したからってもう同窓会やる気なくなったわけじゃないよね?」

「そ、そんなことないよ」

 うろたえる春乃を見て、「えっ、もう会場おさえちゃったよ?」と宙が言う。「やるってば」と春乃は苦笑した。


「松蛇に殺されたくなかったらハルに手ぇ出すなよって男性陣に周知しておかないとなー。松蛇って案外嫉妬深そうだし」


 おい、と春乃の横に座った松蛇が顔をしかめる。「本人がいる前でよく言えるな」と信じられない顔をした。

「この歳まで女待たせるようなやつは極悪人なんだから、どんな謗りも受け入れるべきでしょ。ねえ、二ノ宮」

 突然話を振られた宙が、噎せながら「俺女の子待たせたことないからわかんないよ」と慌てる。


「というかさ、松蛇はもっとちゃんと食べた方がいいよ。顔色悪いって」

「そうだぞ松蛇。そんなんじゃハルを任せられない。もっと食え」


 春乃は困ったように笑っている。頭をかいた松蛇が、「お前らも変わらんなぁ」と諦めたようにため息をついた。



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【本文の文字数:3,488字】

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