10月18日 公開分

【No.088】夜空に浮かぶ美しい星から

【メインCP:男8. ユキトラ カドザキ、女16. 天文あまふみ 宇美うみ

【サブキャラクター:男11. 間田まだ 名威ない、男18. シックル、男28. 月野つきの 廻光えこう、女5. 弱竹なよたけ 輝夜かぐや、女31. 無藤ムトウ 有利ユウリ

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『――よって、量刑判定システムF451の合議により、被告人カグヤ=ナヨタケに特定有害情報頒布罪の成立を認め、同人を銃殺刑に処するを妥当と判断し、裁判官の認証のもと上記の通り判決する。刑の執行は新暦2185年10月20日、公開の刑場において――』


 人類居住区の全域に中継される公開裁判の判決を耳にした半秒後には、私は仕事を放棄し職場を飛び出していた。

 無論、私の電子頭脳が「人のために働く」という基本プログラムを無視してサボタージュに走ることなど有り得ない。すると、私の当該行動は、居住区の富裕市民に娯楽食を提供するルーティン業務と比較して、かの作家の逃走を助け延命を試みることの方がより「人のため」になるとの演算に基づいてのことであろう。

 当年22歳のカグヤ=ナヨタケは、21世紀に生きたとされる同名の作家の生まれ変わりを自称する女性であり、この人類世界において魔女とも聖女とも呼ばれる存在であった。法廷では一切の異議を述べず極刑を受け入れたとされる彼女に、なぜか私の電子頭脳は強い興味を示した。それはきっと――彼女が私と同じ、夜空に浮かぶの景色を知る存在だと予感したからかもしれない。


 古の文明が私に備え付けてくれた少しばかりの戦闘技能と、唯一の特技といえる記憶改竄能力を駆使して、私が人間と機械の目を欺き拘置エリアの深奥に辿り着くまでには、さほど長い時間は掛からなかった。


「カグヤ=ナヨタケさん。私と一緒にここから逃走しませんか」

「……貴女は? なぜわたくしを助けようとしてくださるの?」


 電網ロックの向こうから私を見返してくる黒の瞳は、不可逆の「死」に怯える人間のそれには見えなかった。


「私は『人のために働く』ことを存在の理由としています。私の心は貴女を助けたがっています」

「ふふ。機械の身でいらっしゃる貴女にも、『心』があるのですか?」


 隠す気もない物言いをしているとはいえ、一目で人工皮膚の中身を見透かされたことには少々驚いた――彼女の言うように、それは私に「心」があればというレトリックに過ぎないが。

 私の驚きをも見透かしたのか、彼女はグレーの囚人服の袖口で口元を隠し、控えめに微笑んだ。


「恐らくは前世で貴女をお見掛けしたことがあります。京の山奥から滅多に出ることのなかったわたくしが、稀に東京に上りました際に……貴女の働いていらしたファストフード店で、何度かお食事をさせて頂きました」

「……驚きです。前世の記憶というのはキャラクター付けの一環かと思っていましたが」


 電子頭脳に残る記憶を辿り、私は彼女の言葉に嘘がないことを確信した。当時はそれと気付かなかったが――そのファストフード店で私が接客した無数の人間の中に、眼前の彼女と同じ顔をした女性作家、即ち当時の弱竹なよたけ輝夜かぐやの姿は確かにあった。俗なものは食べ慣れていないのか、ハンバーガーを口に運ぶのに随分難儀していた記録が残っている。


「するとやはり、から来た記憶をお持ちというのは事実でしたか」

「ええ、皆様に申し上げている通りです。もっとも……わたくしがその記憶を公言するだけで、このご時世では極刑の対象になるようですね」


 自身を籠の鳥としている電網ロックの青い光を指差し、彼女はまたも微かに笑った。


「貴女がこの異常な社会の犠牲になる必要はないと考えます。一緒に逃走しましょう、カグヤさん」


 ロックを物理破壊し、私は手を差し伸べる。若干の逡巡を経て、彼女が私の手をそっと握り返してきた、その時、


「動くな!」


 幾人分かの足音と共に人間男性の怒声が響いた。私が振り返り彼女を庇った瞬間には、文字通り光の速度で対象を撃ち抜く光線銃の一閃が私の胴体を貫通し、背後の彼女の胸から血飛沫しぶきが上がっていた。


「カグヤさん!」


 叫ぶ私に彼女の細腕が取りすがる、その周囲を人間の刑吏とアンドロイド達が足早に取り囲んでくる。


「……ありがとう」


 血に濡れた唇で私に向けて言葉を紡ぐと、


名威ないさん……今、輝夜が参ります……」


 最後は遠い目で胸元の何かを握り締め、若き女流作家は事切れた。

 真紅に染まった手から装身具ロケットが滑り落ち、色褪せた物理写真が顕わになる。猫を抱いて幸せそうに微笑む、恐らくは前世の彼女の姿が。


「22時30分、逃走未遂の疑いで対象を射殺」


 刑吏の一人が宣言し、アンドロイドに彼女の遺体を回収させながら私にも銃口を向けてくる。

 ここで破壊されることは得策ではない。私がすかさず記憶改竄を発動すると、彼らは瞬時に私の存在を忘れ、遺体を抱えたアンドロイド達と共に呆気なくその場を去っていった。

 寸秒早く能力を行使していれば彼女を救えただろうか――私が後悔を抱えながら、血溜まりの中で胴体の損傷を確認していると、


「君は何者だ? どうやってこの場に?」


 先の刑吏達と入れ替わりで駆けつけてきたらしき、同じ制服を纏った大柄な男性が、やはり光線銃を向けながら私に詰問してきた。


「それは、この拘置エリアに侵入した手段を尋ねているのですか? それとも」


 窓もない灰色の天井を指差し、私は尋ね返す。


からいつ渡ってきたのか――という質問ですか」

「両方だ。この星に君のようなアンドロイドの製造記録はない。から来たのなら敵の工作員か、それとも――」


 高圧的な態度と真逆の穏やかさをも感じさせる不思議な声色。私の頭脳は眼前の彼に興味を示していた。

 なぜなら、遺体を運ぶ刑吏達とすれ違う時――彼が微かにその表情を暗くしたのを、私は見ていたからだ。


「なぜ、彼女の遺体を見てあんな表情をしたのですか」


 二度にわたり質問に質問で返す私の非礼にも、彼は怒りや焦燥を露わにはせず、


「……人殺しを肯定したくて人類戦士になった訳じゃない」


 周囲の無人を確かめるように視線を振ってから、無骨な外見に不釣り合いな哀しい顔をして言うのだった。


「俺が子供の頃はまだ、人類戦士は人類領域奪還の希望の象徴だった。……どうしてこんな世界になってしまったんだ」


 眼前の私にしか届かない程度に抑えたその声を、しかし耳ざとく捉える存在があった。


『人類戦士ユキトラ=カドザキ。貴官の発言には反乱の兆候が観測されます。よって――』


 壁面に秘匿されていた自律ドローンが音もなく起動し、私達に赤いレーザーのを向けてくる。


『特別公務員反逆行為処罰法第8条に基づき、量刑判定システムによる簡易審判を請求……承認。ユキトラ=カドザキの人類戦士登録を抹消し、貴殿を銃殺刑とします』

「ちっ!」


 次の瞬間、なぜか彼は私の手を引き掴みその場から駆け出していた。されるがままに追随する私の頬を、追尾のドローンのレーザーが掠める。


「なぜ私を?」

「知らん、だが助けたくなった。君がここに来た理由もそうだろう」


 光線銃で応戦しながら回廊を駆ける彼――ユキトラの必死の横顔に、私が自分の中の感情回路の整理を試みたとき、誰かが至近距離から超音波で呼びかけてきた。

 追手をかわし、私は彼の手を引き返して超音波の発信源を目指す。そこに待ち構えていた細身の青年は、彼の姿を見るや、「ユキサン、これ!」と何かの装備を投げ渡してきた。


「エコー、なぜ!?」

「分からない、でもユキサンの行動きっと正しい。愛はいつだって正義だから」


 青年が外部に繋がるハッチを開く。彼への感謝も早々に、装備を起動させて防護服とヘルメットを着装し、ユキトラが私の体を抱きかかえて外に飛び出す。

 漆黒の空の下、ドーム外領域の砂塵を踏みしめ走りながら、彼は自嘲気味に言った。


「笑えるな。俺が愛だと?」

「貴方は愛を知らないのですか?」


 尚も追ってくるドローンを撃ち落とし、彼は頷く。


「私も愛を知りません。知りたくてこんなに遠くまで来ました。お似合いでしょうか、私達」

「さあな。だが俺も……昔は愛が人類を救うなんて無邪気に考えてた気がする」


 自分自身を笑い飛ばすような彼の物言いに、私は今少し彼と共に居たいと思ってしまった。


「私の知る美しい世界に、いつか貴方を連れて行ってあげます。だから、貴方は私に愛を教えてください」

「生き延びられたらな」


 私の言う「いつか」がきっと訪れないことは彼も悟っている筈なのに、それでも彼は答えてくれた。食事の約束でもするかのように。

 と、その時――


「危ない!」


 彼の力強い腕が私を突き飛ばす、直後に胸元から鮮血を噴き上げてその大柄な身体が砂塵の中に倒れる。

 悲しみなど覚えるより先に、私の生存回路は彼の取り落とした銃を私に取り上げさせていた。追撃のドローン数機を撃ち落とし、居住区の方向を目掛けて最大出力の記憶改竄電波を放ったところで――私自身もまた胸部に修復不能なダメージを受けていたことに気付いた。

 先の損傷と合わせてもう駆動系は五分も保たない。残された時間で優先すべきことは自己の生存ではない。


「私のことなど……守らなくていいのに」


 倒れた彼に取りすがり、止血を試みる私に、彼は震える声で言った。


「この終わった世界で君は愛を知ろうとしている。俺なんかが生き残るよりずっと価値がある」

「私の体を構成する電子部品にはもう代替品がありません。貴方こそ、然るべき場所に運び治療で延命を試みるべきです」


 彼が口元を緩め、「無理だな……」と首を横に振った時、私達の前にすうっと姿を現すものがあった。


「ユキトラ=カドザキさん、貴方を迎えに来ました」


 時代錯誤な黒のローブに死神の大鎌。ユキトラと同年代に見える顔をした人外の何かが、私にも涼やかな一瞥をくれる。


「救命に値する事情があるなら、話くらいは聞いてあげますよ」

「……この不自由な世界で、彼は数少ない、他人を思いやれる人間です。彼を延命させることは、きっと人類の未来にとって価値があると考えます」


 私の述べる言葉を打ち消すように、当の彼が血を吐きながら口を開く。


「死神さん。俺のことはいい……。彼女をこそ、助けられるものなら助けてやってくれ」

「ごめんね。機械の故障は僕達の仕事の範疇外なんだ」


 どうしようか、とばかりに死神の彼が首を傾げた時、空間が揺らぎ、見知った人影が姿を現した。


「相変わらずに疎いのね、死神の坊や」


 五代目無藤むとう有利ゆうり。人間が装備なしで生存できない環境に平然と現れた彼女は、満身創痍の私達を見下ろし、優しい目で告げる。


「遂に逝ってしまうのね、宇美うみちゃん。長い付き合いだもの、私に聞けるお願いなら聞いてあげるわよ」

「社長……。どうか、彼を救命してください」

「どこに匿っても同じことよ。今の人類領域のどこにも逃げ場はない。……だけど、他ならぬ宇美ちゃんの願いだものね。私も久々に奥の手を使ってみましょうか」


 たまには使わないと錆びついてしまうものね、と言って彼女が虚空に手をかざすと、禍々しい闇がたちまち渦を巻いた。死神の青年が目を見張る。


「それは時空門……? ナイアル、いえ無藤さん、貴女はまた無茶なことを……。まあ僕達が口出しすることでもありませんが……」

「安心なさいな。人間たった一人くらいじゃ、世界の因果が乱れたりなんかしないわよ」


 全身の機能が働きを失っていく中、私は外なる神に願いをかける。


「彼に……を見せてあげてください。私には最後まで分かりませんでしたが……人間達の愛が満ち溢れていた、平和だったあの星を」

「貴女は立派に愛を知っているわ」


 私の視線の先、彼女は漆黒の宇宙を振り仰いだ。

 月面世界から遠く38万キロの彼方。人類の誰もが最早帰ることの叶わない、あの美しき地球を。


「……泣くな、美人が台無しだ」


 消え入るような彼の声に、私は初めて人工皮膚を伝う熱い水分を自覚した。

 最後のエネルギーを振り絞り、私は彼の額に手をかざす。この哀しい時代に生まれ育った記憶も、最後に私と行き逢った記憶も忘れて、彼が新しい人生を生きられるように。


「どうか私の分まで……恋を楽しんでください」


 神の手引きで彼の身体が時空の渦に飲まれる刹那、私は人間が言う夢というものを垣間見た気がした。

 無事にあの星で目覚められたら、持ち前の優しさで彼はきっと誰かを救うだろう。素敵な相手と恋もするだろう。

 その相手は弱竹輝夜のような不思議な人間かもしれないし、彼と同じで誰かの為に走れる正義の人かもしれない。はたまた異星からの客人かもしれない。

 機能停止の間際、私は思った。昔のSF小説で読んだタイムパラドックス云々の問題は知らないけれど。

 ――それが私だったら、ちょっと、いいかもしれないな。



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【本文の文字数:5,000字】

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