【No.004】天国からのナイスアシスト(京極 奏介/三嶋 アリス)
【メインCP:男12.
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優しそうな人だな、と思っていました。
名門高校の制服を着た、年上の男の人。近所の図書館に行くと、彼はいつもどこかで静かに本を読んでいます。室内の椅子、前庭のベンチ、本棚の陰。気がついたら目で追うようになっていて、彼を見つけるたびに胸の奥がギュッと締め付けられるような気持ちになるのです。
「今日も会えるでしょうか……なんて、話したこともない人に思われるのは、気持ち悪いですよね。恋愛小説ではないのですし……」
お母さん譲りの銀色の髪は腰まで伸びていて、これだけが私の自慢でした。その他は、痩せっぽちで背も低くて、顔立ちも同級生より幼く見えます。もう中等部の三年生なのに、まるで小学生のようにも見えるので、最近はちょっと落ち込んでしまいます。
「あの人は大人っぽいですからね。彼の隣が似合うのは……背の高いモデルさんのような人だったり、人の気持ちを明るくする元気な人だったり、女性の魅力に溢れる人だったりするのでしょう」
そうして、お母さんからもらったワンピースの裾を、ちょんと摘んでみます。
このワンピースをプレゼントしてもらったのは、二年ほど前でした。両親がまだ生きていて、私も今より少し明るかった頃のことです。その後、家族三人で車に乗っていたところに、飲酒運転の車が対向車線から追突してきて――私にはその時の記憶がなく、気がつけば病院のベッドの上でした。そうして家族を失った私は、叔父に引き取られることになったのですが。
もしかすると私の身体が小さいのは、私の心の時間があの時に止まってしまったからかもしれません。成長してしまえば、このワンピースも着られなくなってしまいますから。
「……そんな私が恋をしようだなんて。おかしな話なのかもしれませんね」
私は小さくため息をついてから、帽子を被り、家を出ました。図書館で借りた本を夢中になって読む。その時だけは、私は
◆
夏休み直前ですが、雲が多くて涼しい日でした。
私は図書館の前庭のベンチに腰掛け、日傘を差して、借りたばかりの恋愛小説を読んでいました。吹き抜ける風が心地よくて、本を家に持って帰るより、このままここで読んでしまいたくなったのです。
今日は珍しく、彼のことは見つけられませんでした。
この春くらいから、平日でも休日でも、彼を見かけない日はないというほどだったので、ちょっぴり残念です。まぁ、特に約束をしたわけでもないのですが。
なんて思っていると。
「隣、座ってもいいかな」
そう声をかけられて、顔を上げれば。
他でもない彼が、ちょっと気まずそうに私をジッと見ていました。
「他のベンチは人で埋まってて。でも、今日はここで本を読みたい気分だったから……隣に座らせてもらえると嬉しいんだけど」
「ど、どうぞ。私は気にしませんので」
「ありがとう。悪いね」
ひゃあああ、こ、これは大変なことが起きてしまいました。ダメよ、アリス。落ち着いて。このバックンバックン鳴っている心臓の音を彼に気づかれたら大変なことになりますからね。爽やかに、朗らかに、そう。恋愛小説の主人公になりきって、自然に会話をするのです。今まで読んできた何千という主人公の魂をこの身に憑依させるのですよ。頑張ってください、私の心臓。
そうして決意を固め、顔を覆い隠していた本をそーっと動かしながら彼を見ると、彼は隣で本を読み始めていました。む、無理です。カッコ良くて頭がボーッとして……じゃなかった。千載一遇のチャンスですからね。どうしよう、どうしよう。
名前。
そうだ、彼の名前を聞き出すのが今日の目標です。
「あ、あ、あの!」
「うん? どうしたの?」
「私、三嶋アリスっていいます。中学三年生です」
「僕は
「はい! よろしゅくおにゃがいしましゅ!」
あ、あれ? 今日の目標、達成しちゃいました。
京極奏介さんかぁ、素敵な名前です……じゃないですよ、
「アリスちゃん?」
「あ、はい。よろこんで!」
「ふふ……図書館に来るといつも君がいるから、話をしてみたいと思っていたんだ。それに制服が僕の妹と同じだったし、三年生なら学年まで一緒みたいだね」
「へ? 京極……もしや、
「やっぱり知り合いだったか」
わ、わ、どうしましょう。混乱しすぎて自分が何を喋っているのか既に分かっていませんが、とりあえず友人のお兄さんが憧れの奏介さんだったということだけは理解しました。なるほど、運命ですね。あ、新婚旅行はモルディブが良いです。
「ずいぶん動転しているみたいだけど」
「い、いえ。奏介さんは最初に生まれる子は男と女どちらが……ではなくて、あの……そう、連絡先。連絡先を交換しませんか。あの」
「うん、それはかまわないけど」
奏介さんはさり気なくスマホを取り出すので、私も鞄をあさりますが……あれ? どうして見つからないのですか? 私は焦って、ベンチから勢いよく立ち上がり……。
ビリ。
ワンピースのお尻のあたりから聞こえた嫌な音に、一瞬で頭が冷えました。見れば、布地がベンチの木材に引っかかって、大きく破れてしまっています。お母さんからもらった、最後の誕生日プレゼントが……私の、大切な、宝物のワンピースが。
私がただ、呆然としていると。
「――はい、ひとまずこれで隠して」
顔を上げると、奏介さんは夏物のアウターを脱いで、私に差し出していました。
「私……このワンピース、すごく大事なもので」
「うん。それなら、僕が縫い合わせてあげるから、うちに来なよ。これでも裁縫はそれなりに得意だから。もちろん、アリスが嫌じゃなければだけど」
そんな風にして、私は奏介さんの家にお邪魔することになりました。
ボーッとする頭で、なんだか天国のお母さんが親指を立てている姿を幻視してしまいまいました。ありがとうございます、ナイスアシストです。私は今日、素敵な彼氏を作ろうと思います。見守っていてください。
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【本文の文字数:2,499字】
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