9月25日 公開分
【No.010】令和のなよ竹姫は、大学生男子にご執心
【メインCP:男13.
【サブキャラクター:男4.
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「のいのい!
シルクハットを胸に当て、深くお辞儀をする。ぱらぱらと、見に来てくれている人たちから散発的な拍手が起こる。
ここは、大学から電車で一時間半ほど離れたところにある公園だ。大道芸をするときは、なるべく大学の同級生や知り合いには会わなさそうな場所を選んでいる。おかげで、同じ京都府内であるにもかかわらず、知人にネットでさらされるという憂き目に遭ったことはない。
手始めにカラーボールを三つ取り出し、くるくると空へと放る。見に来てくれるお客さんたちに笑顔を向けることを忘れずに、ボールを四つ、五つと増やしていく。六つ目に取り出したものを見て、お客さんがわずかにどよめいた。
いま僕の手の中にあるのは、五つのカラーボールと、一つのみかんの実。食べ物を大道具に使うのは倫理観に反するという人もいるけれど、繊細な技術があることを示すことができる。それに、お客さんと一緒に大道芸をしているのだ、という意識にさせてくれる。
「じゃあ、そこにいるお兄さん、僕がカウントダウンをしていくので、このみかんの場所に注目していてもらえますか?」
僕が近くに立っていた長身の男性に声をかけると、男性はかぶっていた帽子をわずかにずらしてこちらを見た。一瞬、呼吸が止まりそうになる。
吸い寄せられそうな金色の瞳に、整った顔立ち。彼は、この世のものとは思えない美青年だった。
美青年は僕の動揺に気づかないふりをしたのか、それともこういう反応に慣れているのか、ゆっくりと口を開く。
「ボクで良いんですか?」
「は、はい! 僕がゼロというのと同時に、みかんをあなたに向かって投げます。お兄さんが無事にキャッチしてくれたら、この芸は成功です」
どうにかいつもの筋書き通りに言葉を絞り出すと、美青年は綺麗に微笑んだ。
「責任重大だね。しっかり受け止めるよ」
「よろしくお願いします。では、行きますね」
この間にもみかんを含めた六つのアイテムを宙に放っていた僕は、美青年の了承を得られたことでぐっと意識を集中させる。ジャグリングのことだけを考えていればいい、この時間が好きだ。いま、世界には僕とジャグリングの道具たち、そしてこれからみかんを受け止めてくれるであろう美青年しかいない。
「カウント五から行きます! ではいきます! 五、四、三、二、一、ゼロ!」
僕は少しだけ手を捻って、ちょうどみかんが右手のもとに来たのと同時にそれを美青年のほうへと投げる。美青年は和服の中に手を突っ込んでいたが、みかんが目の前に着たタイミングですっと白い手を出して受け止めてくれた。
「成功です! お兄さん、みごとなキャッチです!」
「いやいや、君のジャグリングの腕前がすごいよ。ボク、大道芸で感動したの初めてかもしれない」
「ありがとうございます!」
僕たちのやり取りを聞いていたお客さんたちから、大きな拍手が送られる。いつの間にかお客さんはずいぶんと増えていて、僕のやる気はさらに上がった。
「お客さんも増えてきたので、今日はとっておきの技を見せますね!」
その後も一通り僕の手持ちの技を繰り出して、多くの拍手をもらった。僕が最初に置いておいたシルクハットには、たくさんの小銭が投げ込まれる。
「投げ銭とか無理しなくていいですからね! 皆さんが喜んでくれた、その気持ちだけで充分です」
口ではそういいつつも、実はこれが僕の唯一の収入源だったりする。今日はけっこう豊作だなと思いつつ、人だかりが解けていくのを見守っていると、先ほどみかんキャッチに付き合ってくれた美青年が微動だにせずに佇んでいることに気が付いた。金色の瞳はじっと僕のことを見つめていて、開こうとした口が自然と閉じてしまう。
「素晴らしいものを見させてもらったよ」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、こちらが『素』の君なのかな?」
面白そうに微笑む美青年に、反射的に身構えてしまう。
そう言われるようになったのは、いつからだろうか。大道芸をしている時の明るくて全肯定系男子の僕と、大学に通っている時の警戒心バリバリで、ちょっとした笑い話にもマジレスしてしまう僕。僕のことを知る人は、どちらかだけを知っていればいい。そう思って、オンオフは切り替えるようにしていたのに。目の前の美青年には、そんな小細工は通用しないらしかった。
「あ、警戒しなくても大丈夫だよ。君がどんな性格であっても、ボクは気にならないから。ボクのお客さんは、むしろそういう面が好もしいと感じそうだし」
「あなたの、お客さん、ですか……?」
言っている意味がわからずに聞き返すと、美青年は己の右手を、左肩にかざす。次の瞬間、渋い若葉色の作務衣に掴まる、地味な雑草色の小鳥がその場に現れた。
「あなたはマジシャンか何かなんですか?」
だとしたら僕の芸を見ていたのは、敵情視察に近い。警戒心を一層強めると、美青年は笑みをより一層濃くした。
「いやいや。ボクは寂れた雑貨屋の店主だよ。お客さんの願い事は、ボクが叶えられる範囲だったらなんでも叶えてあげるんだ」
「じゃあ、新興宗教の類ですね」
「なかなか君は警戒心が強いね。ボクは好きだよ、そういう子」
左肩にとまっていた鳥が、青年の右手に飛び立つ。どうやら置物ではないようだ。
「この子、ウグイスのオスなんだけどね。ちょっと変わった力を持っているから、それを使ってお客さんの願いを叶えてあげてるんだ。今請け負っている願いごとはこうだ。『毎週日曜日の午後二時に、この公園でジャグリングをしている大学生くらいの男の子の様子を見てみたい』」
「話になりません。僕は帰ります」
ウグイスと美青年のセットでぼくの大道芸を見ることが願いの依頼主なんて、いるわけがない。このまま話を聞いていたら、きっと怪しい団体に勧誘されるのだろう。僕は美青年に見切りをつけて、その場を足早にあとにした。あの人にマークされている以上、来週からは場所を変えなければならない。せっかくいい場所だったのに。
肩を怒らせながら帰っていく風間花野井こと
「と、いうような若者でしたが。
『ええ。常人離れした手先の器用さをもちながら、誰にも心を開かない孤独な青年。このままこの近辺で活動をしていれば、いずれわたくしを信奉する殿方に利用されてしまうでしょう。以前、ある殿方に『ボウリングのピン十本でジャグリングをしてみせてほしい。そうすればデートして差し上げます』とお伝えしたことがありますから。そうなる前に、わたくしが先に手を打つのです。彼を恋人ということにすれば、他の殿方のアプローチ方法は変わるはず。協力してくださるでしょう、
ウグイスから聞こえてくるのは、艶のある女性の声。夜鳥と呼ばれた美青年は笑みを深くする。
「もちろん、ボクの力が及ぶ範囲で、お手伝いをさせていただきますよ。弱竹さんは、ボクの大事なお客さんですからね」
弱竹と呼ばれた女性と、夜鳥はひそひそと、今後の作戦を立てる。この時点で、花澤風太に逃げ道が残されていなかったのだと本人が知るのは、ずっと後のことになる。
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【本文の文字数:2,942字】
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