10月1日 公開分

【No.026】この指とまれ

【メインCP:男7. 佐伯さえき つよし、女14. 流山ながれやま みな】

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「ありがとう剛おじさん」


 剛おじさんの部屋、わたしはやっと心の底から思ってたことを口にできた。

 少しだけ困った表情で、それでも剛おじさんはいつもみたいににこにこ笑ってくれた。


「僕は別にお礼を言われるようなことはしてないんだよ、みなちゃん。ただ放っておけなかっただけだからね」


「そんなこと……そんなことないよ、おじさん。わたし、すごくうれしかったんだから」


「そうかい? それならよかった。みなちゃんが嬉しいなら僕も嬉しいよ」


 剛おじさんが本気でそんなことを言ってくれてるのが分かる。

 分かるよ……。

 だってわたしはずっといやなことをいやと言わないで、他のおじさんたちがしてほしいことをしてきたんだから。

 だから分かるんだ、剛おじさんはただ当たり前にわたしを助けてくれたんだって。

 それがどんなにすごいことか剛おじさんは分かってない。それがわたし自身のことみたいにくやしい。


「流山くんもね……」


 剛おじさんが佐伯家スペシャルカレーを食べながらなんでもないことみたいに続ける。

 わたしは何も言わないで、聞いてるとおちつける剛おじさんの声に集中する。


「急に現場に来なくって気になってたんだよ。離婚してみなちゃんを引き取ったとは聞いていたけど、まさかパチンコに入り浸っていたなんてね。あはは、僕なんかは耳が痛くてパチンコなんてやってられないんだけど」


 一息。

 わたしたちがなかよくなれたきっかけのにゃんちゃんのホクロを剛おじさんがなでる。

 ホクロは気持ちよさそうにのびをして、ちょっとだけうらやましくなっちゃう。

 いや、変な意味じゃないんだよ。変な意味ってどんな意味かじぶんでも分からないけど……。


「みなちゃんもさ」


「うん」


「流山くん……お父さんのことを悪く思わない……のは無理としても、少しだけ分かってあげてほしいんだ。おじさんもさ、辛い時は辛いものだから」


「そう……なのかな?」


「僕なんかこの歳になっても独り身で流山くんの苦労なんて想像も付かないけど、大変だったんだと思うよ。色んな焦りと現実逃避で自分が何やってるのかも分からなくなってたんだと思うんだ」


 剛おじさんが遠いところを見てるみたいな表情になる。

 きっとわたしが思いつかないようなことがいっぱいあったんだと思う。

 わたしの五倍も生きてるんだもん。きっとすごくすごくわたしよりも悲しいことがあったんだろうな。

 どうして……って思う。どうして大人の女の人はこんなに素敵な剛おじさんに気付かないんだろう。

 剛おじさんがわたしの頭に手をのばそうとして、ちょっと気付いてひっこめた。気をつかってくれてるんだ。それがわたしの胸を痛くさせる。


「まあ、みなちゃんをダシにお小遣い稼ぎをさせてるのは確かによくないけれど、それでもまだみなちゃんのことを気にかけてたんだと思うよ。遠くからだけど見ていたんだしね」


「だったら……やめてくれればよかったのにな」


「まあ、その通りなんだけど……、分かってても止まれないのがおじさんの弱いところさ。でも、よかったよ、流山くんも僕の話を聞いてくれて」


「ほんとうに……聞いてくれたのかな?」


「本心は分からないよ、誰にもね。でも、僕が呼び出して話をしたら泣き出したのは本当のことだよ。これからどうなるかは分からないけど、お父さんにチャンスをあげてほしい」


「もしお父さんがまた同じことをしようとしたら……?」


「その時は必ず連絡してよ、みなちゃん。すぐに僕が乗り込むからね」


 そう言って剛おじさんが力こぶを作って笑ってくれた。

 剛おじさんはお父さんのことを信じすぎだと思う。

 でも、ふしぎとわたしも信じられた。お父さんじゃなくて、お父さんとわたしを見守ってくれようとしてる剛おじさんのことを。


「うん……、その時はすぐにきてね、剛おじさん」


「もちろんさ」


 剛おじさんのこわそうだけどやさしい笑顔がうれしくて、ちょっと悲しい。

 これまでわたしはお父さんに言われて色んな男の人とデートみたいなことをさせられて、それがいやでいやで気持ち悪かったけど……。

 でも、剛おじさんにとってわたしは小さくてよわくて、まもってあげたい女の子でしかなくて……。

 当たり前だよね。わたしは九歳で小さくて、かわいいつもりでいたけど本当はふつうの小学生で……。

 それがわたしの胸をチクチクさせるんだ。

 あーあ……、わたしがもっと大人だったらなあ……。

 でも、わたしは笑ったんだ。わたしが笑うことが剛おじさんの幸せなのもまちがいじゃないんだから。


「ねえ剛おじさん……」


「何だい、みなちゃん?」


「剛おじさんってモテないでしょ」


「あはは、急にひどいなあ、まあみなちゃんの言う通りなんだけどね」


「もしわたしが結婚できる年になって、モテない剛おじさんがまだ結婚してなかったらおよめさんになってあげるね」


 顔が赤くなりそうなのをごまかして、ドキドキしてはじけちゃいそうな心をおさえて、わたしはひとさし指を立てる。

 十年先……?

 それとももっと……?

 とにかくそのときにまた剛おじさんといっしょにいたいと神さまにおねがいしながら。


「あはは、その時はよろしくね、みなちゃん」


 そうして剛おじさんはわたしのひとさし指をやさしくにぎってくれた。

 まだわたしの本気を分かってくれてない剛おじさんの笑顔。

 でも、今はまだいいんだ。

 すぐに大きくなっておどろかせてみせるからね。



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【本文の文字数:2,156字】

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