【No.094】甘く、消えていく味【GL要素あり】
【メインCP:女23. ユリストフ・メェメェ、女17.
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たまにする、ラジオアプリを使用した、歌配信。
流石に学生で借りられる部屋は壁が薄いので、いつも格安のスタジオを借りて配信をしている。
今日もそうだった。
流れるカラオケ音源にのせるようにして、歌を紡いでいく。
この時間が、好きだった。
予定の曲数を歌いきって、配信を終了する。
最後のほうだけ、ヘッドホンからは歌声だけが聞こえなかった。
ヘッドホンの故障かとも思ったけれど、コメントを追った限り、配信先の人にも最後のほうだけ歌声のみが届いてなかったようで、おそらくはマイクの不調だろう。
今月の予算を思い出して、小さくため息を吐く。
部屋にかかっている時計を見て、時間にまだ余裕があることを確認する。
機材をしまおうとしたときだった。
なんの前触れもなく、スタジオの扉が開く。
驚いてそちらを見れば、耳の大きな女性が、キラキラした瞳で私を見つめていた。
「見つけたっ! 綿菓子の音の人!」
突然の身に覚えのない言葉に、固まってしまう。
その間にもその女性はこちらへと歩いてきた。
「ねえねえ」
「は、はい……?」
「歌って! それか、なにか話して!」
「え、えーっと……?」
変な人だ、と思った。
だけど、危害を加える気がないのはわかる。
「申し訳ないですけれど、もうそろそろ退出の時間で……」
「退出?」
「そうなんです。だから、その……今は歌えないです」
「えー、そっかぁ」
犬耳が、見える気がする。
思いっきりしゅんと垂れた犬耳が。
罪悪感がチクチクと胸を刺す。
「ですので、その、この近くの公園で、待っていてもらえませんか?」
だから、思わずそう提案してしまったのもしょうがない。
私の言葉に、曇っていた女性の顔が、雲間からさす光のように明るくなった。
「それって、歌ってくれるってこと?」
「そう、ですね」
「やった、待ってるね!」
両腕を頭上に広げて大げさなほど喜んだ彼女は、大きく手を振って、去っていった。
少し、胸が温かくなったのを感じた。
それから手早く片づけをして、スタジオをあとにする。
公園に行けば、先ほどの耳の大きな女性がベンチに座っていた。
公園の砂を踏んだ足音で気づいたのか、彼女は素早く顔を上げると、駆け寄ってきた。
「自己紹介をするべきだったなって、思ってたところ! 私、
クリッとした瞳が、私をじっと見つめてくる。
「私は、
「川崎、奈都美、さん……覚えた! なんて呼べばいい?」
「え、えっと、お好きなように……?」
「じゃあ、奈都美ちゃんで! 私のことは、メェメェって呼んで!」
「メェメェ、さん?」
頭の中でヤギが鳴いた。
可愛らしいあだ名だな、と思った。
彼女にとても似合っていて、いいな、とも。
「さんはいらないよ!」
「……メェメェ?」
私の言葉に、うんうん、と満足げに彼女はうなずく。
「私ね、あなたの声が好きなの。よくラジオアプリで歌を歌ってるでしょ? あの歌声がとくに大好きで」
「……どうして、そう思ったんですか?」
私の問いかけに、彼女はキョトンと首を傾げる。
「どうして……? 歌声が好きかってこと?」
「あ、えっと、その前で」
「前?」
「どうして、私がラジオアプリで歌を配信しているって思ったのかなって思いまして」
配信しているところを見られたわけではない。
だから、私がラジオアプリで配信をしているとわかるはずがないのだ。
彼女はあごに指をあてて、あー、と考えるように視線を上に上げる。
しばらくして、いたずらっ子のような笑みを浮かべて私を見た。
「私、宇宙人なんだよね」
「……宇宙人?」
「そ、宇宙人」
彼女は大まじめにうなずいて、にっこりとまた笑う。
ちらりと牙のようなものが、見えた、気がした。
「冗談、ですか?」
「まさか。私は音を食べる宇宙人だから、わかっちゃうんだよね」
彼女がふんふん、と鼻歌を歌いだす。
それは、私がいつも配信中に歌う歌だった。
亡くなった大好きな先輩の、お気に入りの歌。
「いつもね、他の曲はもっとメロンソーダだったり、クッキーだったりするんだけど、この曲を歌うときだけは、綿菓子みたいな、甘い味がして、ふわふわしてて、でも、スーッと消えちゃう食感? がしててね。不思議だなあって思っていつも聴いていたら、好きになっちゃったの」
でね、と幸せそうに微笑みながら、彼女は続ける。
「もっとこの人の声を、歌を食べたいなって思って。で、探してたんだ」
「そんな簡単に、探せるんですか……」
彼女に対して、少しだけ、恐怖を感じて一歩うしろに下がる。
彼女はそれに気づいた様子はない。
「それがね、大変だったんだ。だからこんなに遅くなっちゃった。今日、たまたまこの辺りを歩いてたら、聞こえてきたから」
「聞こえてきた……?」
「うん! いつもの歌声が聞こえてきて、ここだ! って思って。突撃したら当たってた!」
スタジオはもちろん防音になっている。
それを突き破って屋外にまで漏れる声量が出ているわけでもない。
さっきまで可愛らしく見えていた彼女の、宇宙人という発言が、どんどんと真実味をおびていくのを感じた。
ギュッと拳を握る。
「すみません、私、用事を思い出しました、失礼します!」
「え、あ」
とにかく逃げないと。
そう思って必死で走って、私は逃げた。
まさかそれ以来、行くスタジオスタジオで出待ちをされる未来があるなんて知らずに。
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【本文の文字数:2,165字】
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