【No.024】死神の推しの子 feat.謎の高齢童貞発情誘引体
【メインCP:男18. シックル、女24. 対象男性の望むように】
【サブキャラクター:男10.
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「うぇえぇっ、モカちゃん!?」
業務用
無理もない。そこに映し出されていたのは、人間界で今話題のアイドルグループ・
『なんだ、知り合いなのか?』
画面の中の女上司が、眼鏡越しに鋭い目を向けてくる。
「いえ、まあ、握手会で少々……」
『ふぅん、ドルオタ趣味もあったのかお前。なら丁度いい。今度こそ心を殺して鬼になれ。出来損ないで下界に放流されたキューピッド崩れみたいになりたくなければな』
「またその話ですか」
『
「何ですか、シクーレンって」
僕の名前はシックル。フリーレンとこじつけるにはちょっと無理がないですか。
『
「そっ!?」
「そういうの、今の人間界ではセクハラって言うんですよ」
『早漏は否定しないんだな』
「知りませんよ。性交渉なんてしたことありませんし」
『なに? それはイカンぞ若造。せっかく下界に駐留してるんだ、役得と思って多少の遊びくらい――』
そりゃあ、僕だって人間の可愛い女の子と遊んでみたい気持ちが無いわけじゃないけど、今はアイドルを応援するだけで十分で……ああ、そのアイドルも今日限りの命なんだっけ。
セクハラ全開の女上司に作り笑いを返しつつ、今回の仕事のことを思って僕が溜息をつきかけた――その時。
人間には不可視のはずの
「はろーっ、モカちゃんだよっ! ここ、シックル君のおウチだよね? 遊びに来ちゃった!」
眼前に飛び込んできた信じられない光景に、僕はまたしても「えぇえっ!?」と声を裏返らせた。
『どうした、童貞の発作でも出たのか』
「あっいえ……何ですか童貞の発作って」
「どぉしたのー? 鳩が豆食べちゃったような顔してっ。モカに会えてそんなに嬉しい?」
うっかり可視状態になってなかったか、慌てて自分の体を確認する僕の前に、軽快なステップでタタッと駆け寄ってくるその人影。
身長151センチの細身の体に、ぴょこぴょこ揺れる黒髪ツインテール、キラキラ光って僕を見つめてくるその瞳。その姿は紛れもなく――
「モカちゃん!? えっ、部長の差し金ですか!?」
『何の話だ? そこに誰かいるのか?』
「あっ、えっと、対象者が目の前に……」
『お前、
そう言って、上司はあっさり通話を切ってしまった。
「電話終わった? 二人きりだねっ、シックル君っ♪」
打ち捨てられた廃アパートの六畳一間、人間の目からは秘匿されたはずの狭い空間。壁を背にしてへたり込む僕の眼前に、推しのアイドルその人がミニスカートをふわっと
困惑する僕の手を両手で握り、カラコン入りと見紛う瞳で上目遣いに僕を見上げて、
「モカ、今日で死んじゃうの?」
「なんでそれを……ていうかなんでモカちゃんが僕の部屋に!?」
「じゃあ、お願いっ。死ぬ前にモカとえっちしよ? モカ、バージンのまま死にたくないなー」
およそアイドルの口から出るとは思えない言葉を浴びせてきたことで、さすがに僕も違和感に気付いた。いや、まあ、冷静になって見てみれば一目瞭然なんだけど。
「キミ、モカちゃんじゃ……っていうか人間じゃないね?」
「えっ? な、なんのことかなー」
「だって、魂が人間の色してないし。この住居も僕自身も常人には不可視だし。どこの怪異がモカちゃんの振りして僕にイタズラしてるの?」
僕なんかにドッキリ仕掛けても
「ふっふっ、バレちゃったならしょうがない! じゃあ、気兼ねなくえっちしちゃおう!」
「なんでそうなるの!?」
「バレたついでに教えちゃうとー、モカと二時間以内にイチャラブしなかったら、シックル君の身に大変なことが起きちゃうよー。この世の女性という女性への嫌悪感が最大限にまで達し、女性で満足するという発想がなくなり、四時間後には自分がむしろ女性なのではという妄想が始まり、五時間後には自分が女性であることは自明のことと思い始め……」
得意げにペラペラと喋り立てる彼女(?)に、僕はいやいやと首を横に振る。
「悪いけどそれ、僕には起こらないと思うよ」
「どーして? あっ、今すぐモカとヤッちゃうからっ!?」
「僕も人間じゃないからさ」
彼女の手を振り払って、僕がその体をそっと押し返すと、謎の偽アイドルはキョトンとした顔になって。
「あーっ、どうりで、見た目若いのにヘンだなーと思った! 私がお相手するの、いい年して童貞のおじさんばっかりだもん!」
と、初めて「私」という一人称を使いながら、空いた両手を胸の前でぱんっと合わせていた。
「悪かったね、108歳にもなって童貞で……。じゃあ、僕はそろそろ仕事に行くから。たとえ作り物でも、最後にモカちゃんの笑顔が見られて嬉しかったよ」
本物の紅谷萌歌がどんな死に方をするにせよ、その死に際を見届けて魂を冥界に送るのが僕の
「ねえねえっ、出かける前にちょっとだけでも楽しんでこーよ。本番がダメならお口でしてあげるからっ」
「モカちゃんはそんなこと言わない!」
取りすがってくる怪異から逃げるように、僕は窓をすり抜けて部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
正直もうこの時点で嫌な予感しかしない。事故の類なら天命と納得しようと思っていたけど、こんな業界人しか居ない場所で美少女アイドルがどんな死に方をするかって、ほとんど答えは一つなわけで、
「きゃあっ、ADさん!?」
「俺はこんなにキミを見てるのに……モカちゃんは全然俺のことなんか見てくれない……こうなったら、キミを殺して一緒に地獄に堕ちるぅ!」
怯えるアイドルを楽屋の隅に追い詰めナイフを振りかざす、いかにも非モテな男の姿がそこにはあったわけで。
(こういうのデスノートで見たなあ……じゃなくて)
幸い、漫画と違って、僕は人間を助けたからといって砂になって消えたりはしない。せいぜい報告書を書かされ、上司に絞られるくらいで推しの子の命を救えるなら――。
「一緒に死のう、モカちゃん!」
「やだやだっ、何でもしてあげるからっ! 何でもっ、キスでもえっちでも――」
「本物のアイドルがそんなこと言うものじゃないよ」
気付けば僕は姿を現して男の前に割って入り、彼女の首筋に迫る刃を手で掴んで止めていた。
「何だお前っ!? 俺とモカちゃんの
「ああ、うん、あいにく、死出の旅路を邪魔するのは得意みたいでさ……。よくそれで叱られるんだけどね……」
「ああぁっ!?」
男が殺意に目を血走らせ、メチャクチャにナイフを突き立ててくる。その刃はスカスカと僕の体をすり抜けるばかりだけど。
「悪いね、死神はそんなものじゃ死なないんだ」
「ヤロォ、どけぇっ!」
これはちょっと面倒だな、と思ったとき、楽屋の扉がバンっと開く音がした。
「ADさん、何してるのっ? そんな
現れたのは先程の偽モカだった。背後で「私っ!?」と本物の紅谷萌歌が驚く声がする。
「モカちゃん!?」
暴漢が振り向き、偽モカを視界に収めた瞬間、その濁った
「ほらぁ、こっち来て♪ モカが優しくしてあげるっ」
「うっ、うおぉぉぉ! ヤラせろぉぉぉ!」
ナイフを捨て、偽モカを追って部屋を駆け出していく男。
程なくして、警備員らしき何人もの足音と、暴れる男の怒声が
「ふう……。そうこうしてる内に、キミの死の時間は過ぎてしまった」
やれやれと一息ついて、僕は震えるアイドルの小柄な体を見下ろす。
「紅谷萌歌さん、キミは今あったことを忘れて――」
「あなた何者っ!? 握手会に来てくれてたお兄さんだよね!? さっきのアレどういうこと、人間じゃないのっ!?」
一分前まで命の危機に直面していたのがウソのように、彼女は立ち上がって僕の手を取り、キラキラと目を輝かせて言い募ってきた。
「その優しい目っ、いい意味でクセがない顔っ、何よりミステリアスな設定っ! ねえ、ウチの事務所でアイドルやらないっ!?」
「いや、僕は……」
「それかぁ……モカ、お兄さんとなら、もっと特別な関係になってもいいよ?」
神対応とかじゃない、打算のない上目遣い。僕なんかには勿体ない言葉で、正直その誘惑に負けそうにもなるけど。
だけど……残念ながら、死神と付き合ってるアイドルなんてのは解釈違いだ。
「せっかく生き延びたんだ、キミはキミのアイドル人生を全うして。ただのファンとしてまた会いに行くよ」
そうして僕は、推しの子の額に、すぅっと手をかざした――。
◆ ◆ ◆
――このまま逝かせてくださいっ……私だけ生きてくなんて、先輩に申し訳が――
――
――妻を守れなかった俺に、生きている資格なんか――
――あなたが後を追ったって奥さんは喜ばないと思いますよ、
――なんで僕だけ生かしてくれたんですか、死神さん――
――さすがに子供を連れてくのは気が咎めたからかな……
【――本日、人気アイドル・紅谷萌歌さんを殺害しようとした容疑で、テレビ局社員の男が逮捕されました。男は、アイドルなんかどうでもいい、自分は彼との子供を産まないと、などと意味不明な供述をしており――】
ビルの屋上に腰掛け、これまでに生かしてしまった人達のことを思い返しながら街頭テレビのニュースを眺めていると、ふいに偽モカが僕の隣にすり寄ってきた。
「あれでよかったの? 本物のモカちゃんといい仲になれるチャンスだったじゃん」
「業務対象だった人間を助けて手を出したりなんかしたら、始末書の一、二枚じゃ済まないよ」
「じゃあ、人間じゃない方のモカならいいの?」
けろっとした顔で僕を見上げてくる彼女に、僕は軽く溜息をつく。
「キミさぁ、ずっと僕の所に居座るつもり? 次の高齢童貞を狂わせに行く仕事があるんじゃないの」
「べっつにー、私のは仕事とかじゃないもん。愛を知らない可哀想なヒト達に愛を教えてあげてるだけ。でも、シックル君がずっと一緒に居てくれるなら、私……」
「ねえ、もしかしてキミって」
出来損ないで放流されたキューピッド崩れってこの子のことなんじゃないか、なんて思ったりしたけど。
「? 私がどーしたの?」
「いや、いいや。それより、今後も僕の前に居るつもりなら、モカちゃんの顔と名前は卒業しようか」
「えー、じゃあ別の顔になったらえっちしてくれる?」
「それは約束できないけど……」
はぁっと息を吐いて、僕は手元の端末に目を落とす。まだまだ仕事は山積みで、推しの子を救った感慨に浸っている余裕も、目の前のこの子との付き合いをどうするか悩んでいる余裕もない。
すると、興味ありげに端末を覗き込んでいた偽モカが、「あっ」と呟いて向かいのビルを指さした。
「ああ、うん、あの子だね、次の対象者」
「飛び降りかー。どうするの、あの子のことも助けるの?」
「……まあ、報告書一枚でも二枚でも変わらないし、声くらい掛けてみようかな」
僕は腰を上げると、すいっと向かいのビルの縁まで飛んで、フェンスを越えようとする黒髪の少女に声をかけた。
「
「何よ、あなた……。その格好、死神?」
「ご覧の通り」
「なら黙って死なせてよ。私はどうせ呪われた身……」
「まあ、そう慌てないで。死の時間までまだ五分はある。事情くらい聞いてあげるよ」
宙空に佇む謎の彼女が、「優しいんだからっ」と呆れ気味に呟くのが聞こえた。
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【本文の文字数:5,000字】
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