【No.006】猫と猫の住み処

【メインCP:男1. 市村いちむら 洸太こうた、女7. 車田くるまだ あざみ

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「これにて達成だにゃ! クリアするまで終われない耐久配信終了だにゃー! みんにゃー、長時間お疲れ様だにゃー!」


 画面内の猫耳少女が手を振れば好意的なコメントが流れていく。それにまた愛嬌ある感謝を返し、配信画面は温かい空気に包まれていた。

 Vtuber、猫蔵ねこくらほとり。

 駆け出しでまだ登録者は少ないながらもその一生懸命な振る舞いで着実にファンを増やしていた。


 しかし、その中の人──市村洸太いちむらこうたは配信を切るなり、椅子の背もたれにドカッと寄りかかった。

 徹夜でのゲーム実況がかなり堪えている。

 登録者を増やす為とはいえ、耐久配信は軽はずみな挑戦だったかもしれない、と少し後悔した。その直後にファンが盛り上がってくれたのだから後悔してはいけないと思い直す。一つになった瞬間の充実感はかけがえのないものであったのだ。


 だとしても肉体的には辛い。

 二十四歳とまだまだ若いはずだが、インドア派で体力がないせいだろうか。他のVTuberの方々を改めて尊敬する。

 そもそもVtuberを始めたのはコミュ障で口下手な自分をなんとかする為。ここまで登録者数にこだわらなくてもいいのではないか。しかし応援してくれる人の期待には応えたい。

 堂々巡りする思考。

 こうしてウジウジと悩むのも悪い癖だと思いつつも、止められないでいる。


 と。そこにチャイムが鳴った。


 誰かの訪問。気付けばとっくに陽は昇っていた。


 行かないと……。


 そう考えて洸太は立ち上がる。

 が、数歩進むとその場に崩れてしまった。そのままかくんと首が傾く。


 ピンポーン、と再びのチャイムにより洸太はガバッと顔を上げた。


「あ、寝てた……? 配信中に……あれ、もう終わったんだっけ……?」


 瞬きして目を擦って、それでも眠気で頭が回らない。

 ブツブツ呟きつつ、まぶたは閉じかけ。意識は朦朧。

 フラフラになりながら、ほとんど無意識に体は動いて、混濁した頭で玄関を開けた。


「朝早くから済みません。隣に引っ越してきた──」

「おはようだにゃー! 猫蔵ほとりだにゃー! 見てくれてありがとうにゃー!」


 パーカー姿で眼鏡の女の子と目が合う。ぽかんと口を開けて固まる彼女は滑稽で、それが信じ難い現実をまざまざと表現していた。

 数瞬遅れで覚醒した洸太の全身は冷や汗をダラダラと流し、すぐさま部屋の中へ逃げ帰った。


 この盛大にやらかした黒歴史が、車田薊くるまだあざみとの出会いだった。






「コータさん、配信おつー」

「あ、はい……車田さんも……ありがとうございました……」


 薊が荷物を持って洸太の部屋に訪ねてきた。その気軽さは最早友達の家に遊びに来たかのよう。

 あの出会い以来、彼女はなし崩し的に洸太と関わる機会を増やしてきた。今では女子らしい言葉や仕草といったアドバイスももらっており、こうした反省会のようなものも度々行っていた。

 ソファーに少し離れて座り、話し出す。


「新衣装すごい可愛かった! やっぱ美少女にはフリフリが似合うねー」

「ありがとう、ございます……」

「今度新しいの作る時は声かけてよ。美少女の着せ替えは楽しいしさ」

「あ……可愛い服に、興味ありますか……?」

「そりゃ可愛い子が着てるのはね? ワタシには似合わないし」

「そう、ですか……車田さん、も似合うと……思いますけど……」


 ちらりと見ながら、消え入りそうな声で反論する洸太。

 しかし薊は大袈裟に溜め息を吐く。


「はあーあ。だからそんなお世辞はいいってば。こんなソバカス女に気ぃ遣わないでよ」

「済みません……」


 洸太は内心では、本音なのに、と思いつつも素直に謝るしかできなかった。


 薊は自己評価が低い。

 というより男性不信らしい。よく愚痴も聞いており、その嫌悪っぷりは凄まじい。

 なのに洸太には気安い。第一印象のせいで女友達扱いなのかと思って尋ねたが、どうにも「なんか弟みたいでほっとけない」らしい。

 洸太の方が五歳も上なのだが、本人としてもこのコミュ障では否定できなかった。


「なに? それとも、あーゆーの着てるワタシが見たい?」

「あ……いや……ただ似合うのに……って思った、だけで……」

「へー。やーらしー」

「は!? いやいやいや済みません済みません。そんなつもりじゃ……っ!」


 気分を害してしまったかと、洸太は必死に平身低頭謝る。

 ところが薊の方も慌てて謝罪を止めさせようとしてきた。


「ごめん、ごーめーんって。ジョーダン、ジョーダンだから! 下心あるだなんて思ってないから!」

「はあ……」

「あ、でも。コータさんも同じの着てくれるなら考えなくもないかも」

「……へっ!? ほとりじゃなくて僕が!?」

「結構中性的な顔だし、似合うと思うなー。なんならワタシより可愛くなるかも」


 ニヤニヤと悪戯心を丸出しにして言ってのける薊。


 また冗談。しかし完全否定するのも違う気がする。

 本気の提案だとしたら悪い。褒められているのかもしれない。


 どう返せばいいかとうんうん悩んでいたら、パンと手を叩く音が響く。


「ハイ。じゃ、そろそろ今日のリハビリおしまいね」


 薊は唐突に話を打ち切った。

 体を横向きにして、ボフッと洸太へもたれかかってくる。そして持ち込んできた世界の秘境の写真集を広げて眺めだした。

 伝わる体重と熱。洸太はドギマギしながらも振り払えない。


 自由で気ままなようで、彼女なりに筋は通っている。

 まるで猫みたいだと思った。


 猫蔵ほとりへのアドバイスも、口下手の改善への協力も、薊は純粋な優しさと面倒見の良さからしてくれている。

 見返りは大して求めず、無理はさせない。どもるのを笑わないし、じっくり話を待ってくれる。

 過去の一件から女性不信気味だった洸太も、薊の事は信頼していた。


 自立していて、強い。

 年下の女の子相手に頼るのは情けないような、そう思うのは失礼なような。


 洸太が彼女に抱く気持ちは、憧れ、尊敬、感謝。

 そして、きっと……好意。


 チラッと見ても、視線は完全に写真集にだけ向いている。

 ページをめくる度に動いてムズムズする。

 適度な距離感。優しい沈黙。心地良い空気。


 この時間は、壊したくない。失望されたくないし、白黒つけたくない。

 そう考えてしまうのも自分の欠点だと洸太は把握していて。


 だから彼は、いつかもっと誇れる自分になってから、伝えたいと思うのだ。



 今はまだ、遠いけれど。



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【本文の文字数:2,497字】

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