【No.007】あなたと始める物語

【メインCP:男5. ブレード・グランドゥール、女2. 三嶋みしま アリス】

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 野良猫に誘われて知らない本屋に迷い込んだ昼下がり、三嶋アリスは“物語”と出会った。


 ここまで案内してくれた白い猫はすでに知らん顔でどこかへ消えている。アリスは目をぱちくりさせながら、「こんなところに本屋さんがあったなんて」と呟いた。


 不意に店のドアが開き、人が出てくる。

 ドアの『CLOSE』を裏返して『OPEN』に変えたその人を、まじまじと見た。

 陽の光を受けて煌めく金髪と、晴天のような青い瞳。まるで――――


「王子さまみたい」


 その人はアリスの存在に気づき、こちらを見た。アリスは慌てて「ごめんなさい、黙って見ているつもりはなかったんです」と釈明する。

「だけどあなたがあんまり……王子さまみたいだったから」

「? 俺は王族じゃない。どちらかというと、騎士だ」

「き、騎士さま……?」

 ハッとしたその人が、「こういうことを言うと面倒なことになるんだったか」と言って空咳をした。

「なんでもない。忘れてくれ。俺はしがない本屋のアルバイトだよ」

 戸惑いながらもアリスが「中に入ってもいいですか?」と言うと、彼はパッと顔を輝かせ「もちろん」とアリスを招く。


「どんな本をご所望だ?」

「えっと……ロマンスを」

「よし来た。こちらへどうぞ、お客様」


 アリスはすっかりこの本屋を気に入ってしまっていた。

「今日はお金を持ってきていないから、また明日も来ます」

「ああ。待っている」

 その日は店内をぐるりと見ただけで、アリスは店員さんに別れを告げた。




 次の日、お小遣いを握り締めてアリスはあの本屋を訪れていた。店員さんは「やあ、君か」と嬉しそうに目を細めている。

 アリスはもじもじしながら、「私……アリスというんです」と名乗った。店員さんは目を丸くして、「これは失敬。お嬢さんに先に名乗らせてしまったな。俺はブレードだ」と言う。

「騎士さまとお呼びしてもいいですか?」

 ブレードはぎくっとした面持ちで、「それは忘れてくれと言ったのに」と恨めしそうにアリスを見た。

「私、いつか物語のような出会いをするのが夢でした。だから本当にわくわくしているんです。どうか騎士さまと呼ばせてください」

「うーん、そこまで言うなら……。俺も騎士であることを恥じたことはないしな」

 嬉しい、と微笑むアリスにブレードは少し顔を赤くしながら「あ、ああ」と頭を掻く。


「騎士さまはどこから来たんですか?」

「実は俺はこの世界の出身ではない。信じられないとは思うが……」


 不意にブレードがくすくす笑い出す。

「君は『物語のような出会いをするのが夢だった』と言ったな。俺は元の世界で、『いつか愛する者をこの手で守れる男になりたい』と願ってきた。まるで、まだ見ぬ物語を求めるように。だからきっと、似た者同士なんだ。俺と君は」

 アリスはぽーっとしてしまい、その日は本を一冊だけ買って店を出た。


 帰り道、なんだか浮足立ってスキップをしてしまいそうだ。

「明日も会えるかしら、騎士さま……」

 そんなことを言っていたその時だ。

 突然視界が真っ暗になり、アリスは自分の体が浮くのを感じた。

 思わず悲鳴を上げると「うるさい黙っていろ」と怒鳴りつけられる。どうやら頭から布をかぶせられているようで、身動きが取れない。

 そのまま車に乗せられ、アリスは恐怖のあまり気絶した。




「これが例のお嬢ちゃんか?」

「ああ。こいつの叔父そだて親は大層裕福らしい。身代金は期待できるぞ」


 男たちの話し声で目を覚ます。アリスは椅子に縛り付けられていた。

 どうやら誘拐されてしまったようである。

 何とか逃げ出せないかと動いてみたが、腕も足もきつく縛られていてびくともしない。すると男が「おい、眠り姫が起きたみたいだぞ」とこちらに歩いてきた。


 その時、どこかで何か打ち付けるような音がした。三回鳴って、また三回。誰かが意図的に出す音だ。

「見てこい」と男の一人が言う。もう一人が黙ってどこかへ消えた。


「おい、誰だ。何の用だ」


 次の瞬間に聞こえてきた声に、アリスは目を見開く。


「本屋だ。物語を届けに来た。勧善懲悪ものなんていかがかな」


 騎士さま、と呟いた時にはもう、彼は剣を抜いて二人の男を倒し、アリスの前に立っていた。

「無事か? 怪我はないか」

「騎士さま、どうして……」

「こいつが案内してくれた」

 ブレードの足元には例の野良猫が擦り寄っている。アリスは一気に力が抜けてしまい、「ありがとうございますぅ」と泣き出してしまった。

「泣かないでくれ……今ロープを切ってやる」とブレードがアリスを自由にする。


 ブレードは困った顔で膝をついて、アリスの涙を拭った。

 アリスはぎゅっと目をつむり、それからブレードの頬にキスをする。

 驚いて目をぱちくりさせたブレードがアリスを見た。

「えっと……ありがとうの、ご挨拶です。ご迷惑だったかしら」

「いや……騎士の誉れだ。こちらこそありがとう」

「わたしの騎士さま、こんなことを言ったらはしたないと思われるかもしれないけれど」

 そう前置きして、アリスは口を開いた。


「私、今までずっと物語のような出会いを夢見てきました。物語の中に入ってみたいって。だけど、思ったの。物語って自分で作るものかもしれないって。いつまでも待っているものではなくて。それでね、それで……私、あなたと物語を作っていきたいわ。私の騎士さま、手を取ってくださらないかしら」


 そう言ってアリスは自分の右手を差し出す。ブレードはぽかんとして、それから一気に顔を赤らめ「待て! 待て待て待て!」と慌てた。

「いやまさかな。まさか……」

「求婚、のつもりです。ダメ?」

「いやいやいや、君はいくつなんだ。子供と契りを交わす男はいない」

「子供じゃありません! 私、十四です」

「十四歳なのか君は!? いや、十四歳でもまだ子供だろう……」

「じゃあ、私がレディになるまでお待ちになってくださらないの……?」

「うっ」

 うう、とこめかみを押さえていたブレードだったが、意を決したように「俺は騎士だぞ」と拳を握る。


「この手を取らずに何が騎士だ!」

「! じゃあ、その……私たち、婚約者ということで……?」

「そこまでは言ってない!」


 アリスの手を取ったブレードは「物語を共に作る、パートナーだというだけだよ」と耳まで赤くしながらそう言った。



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【本文の文字数:2,499字】

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