第58話 エルフ、街へ向かう

 魔導王国を本拠地とするエルフの商人たち。

 中でもリフォルスは、小さな商いを得意とする古参の商人であった。

 規模は小さくとも確実に利益が出る取引を積み上げ、堅実に稼ぐ。

 このやり方で生き馬の目を抜く商人の世界を、百年以上に渡って生き残ってきた。


 その彼にとって、コボルトたちとの取引は主要な事業の一つだった。

 彼らから買い取る鉱石は質がよく、すぐに買い手がつく優良商品。

 おまけに、量が限られているため他に参入者はおらず半ば独占状態であった。

 

 ところがそのコボルトたちが、このほど人間の傘下に入って街を作ったという。

 そして街の代表を名乗る人間が、王国に直接物品の売り込みに来たとか。

 リフォルスにとっては、まさに寝耳に水の話であった。

 そのため真相を確かめるべく、時期を早めてコボルトたちの村へと向かっていた。


「あのコボルトたちが街を作ったって、本当でしょうかね……」

「ああ。騎士団からの情報では、例のクロウラーを倒したのは連中らしいぞ」

「俺たちにはとても信じられませんが……」


 顎に手を当てながら、うーんと唸る男。

 彼はリフォルスに随行して何度もコボルトたちの村を訪れている冒険者だった。

 ゆえに、コボルトたちの性質についてはおおよそ把握している。

 温厚で大人しく、それなりに賢いが非力。

 それが彼のコボルトに対する評価だ。

 人間が手を貸したらしいとはいえ、そのような種族が天災そのものであるクロウラーの大群をどうにかできたとは、とても思えない。


「だが、コボルトたちに何かがあったのは事実だろう。現に、今までなかったはずの道が整備されている」

「確かに」


 白骨沼を抜けて、森の中を突っ切る一本道。

 土を押し固めて作られたそれは、明らかにこれまでにはない道であった。

 王国がこのような道を整備したなどという話は聞かないので、恐らくはコボルトたちが交易のために用意したものだろう。

 コボルトを傘下に収めた人間が王国へ来たというのも、ただの噂ではなさそうだ。


「ま、いずれにしても連中の街とやらへ行けば分かることだろう」

「ええ」


 こうして、馬車を走らせること一週間。

 道が整備されていたおかげで、リフォルスたちは予定よりも早くコボルトたちの村がある岩山の付近へと到着した。

 やがて彼らの目に、以前よりもいくらか発展した村の姿が目に飛び込んでくる。

 

「……なんだ、やはりこの程度か」

「村に毛が生えた程度ですね」


 明らかに建物の数が増えて、村を守る防壁も立派になっていた。

 しかし、あくまで村が大きくなったという範疇を出ない。

 新しく街が出来たなどという話では全くなかった。

 ――やはり、噂には尾ひれがついていたのだろう。

 リフォルスたちがそう考えたところで、不意に分かれ道が現れる。


「んん?? こんなところに分かれ道とは……」

「看板がありますね」


 分かれ道の入り口に、木の看板が設置されていた。

 そこには「↑岩山の村 ←イスヴァール」と書かれている。

 

「新しい街の名前は、イスヴァールとか言ったような……」

「行ってみますか?」

「ああ。ひょっとすると何かあるかもしれん」


 こうして、道を曲がってイスヴァールの方角へと進路を取ったリフォルス。

 するとたちまち、彼らの視界が開けてくる。


「なっ! これは……畑か!?」

「広い……これほどの土地をどうやって……!!」


 森が切り開かれ、広大な畑が広がっていた。

 そこを見慣れない大きな虫のようなモンスターが行き交っている。

 畑の畝に水を撒いていることからして、コボルトたちが使役する存在なのだろう。

 さらにその向こうには、立派な城壁が見えてくる。

 流石に魔導王国には及ばないが、明らかに村の規模感ではない。


「たった半年ほどでこんなものが……いったい何が起きた……?」


 あまりの変貌ぶりに、言葉を失うリフォルス。

 いったいどれほどの労働力を投入すれば、大樹海をたった数か月でここまで切り開けるのか。

 なまじ商人であるがゆえに、途方もない人員が導入されたであろうことがリフォルスには容易に想像がついた。


「恐らく、人間の国が本格的に大樹海開拓に乗り出したのでしょう」

「そうだな。それでコボルトを傘下に収めたと言ったところか」

「面倒なことになりましたね……。コボルトと違って、人間はがめついですよ」

「いや、これはむしろチャンスだ」


 そう言うと、リフォルスはニヤッと楽しげな笑みを浮かべた。

 恐らくこの街には人間の王国から多額の資金が投入されていることだろう。

 取引先としての規模はコボルト族の村などとは比較にならない。

 そして――。


「人間どもの魔導技術は、我らエルフより大きく遅れているという。やつらに魔導具を売り込めば、莫大な利益が見込めるだろう!」

「おぉ! ですが、魔導具なんて持ってきてるんですか?」

「当然だ。人間がいると聞いて、持って来てある。やつらは魔導具を高く買い取ってくれるからな」


 荷台に手を伸ばすと、がさごそと商品を漁るリフォルス。

 やがて彼は、金属で出来た円盤型の物体を取り出す。

 円盤の上には物が乗せられるようになっていて、下には車輪がついていた。


「これは?」

「我が魔導王国で開発された最新鋭のゴーレムだ! こいつは凄いぞ、なんと術者が操作をしなくても自動で配膳できるのだ!!」

「おぉ!! それはすごい!」

「しかも、人が近づきすぎるとぶつからないように猫の鳴き声を発して警告する!」

「おおおお!!」


 リフォルスの説明を聞いて、ぱちぱちと手を叩く冒険者たち。

 これならば売れること間違いなしの画期的な商品に思えた。

 自律型のゴーレムというのは、それだけ高度な技術の産物なのである。


「これならば間違いなく売れるでしょう!」

「うむ、そうだろうそうだろう!」


 高笑いをしながら、街の門へと到着するエルフたち。

 こうしてやってきた彼らは、ひとまず役所へと通されるのであった。

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