第2話 大樹海までの旅
「こちらは、ヴィクトル様の馬車でよろしいでしょうか?」
大樹海への出立当日。
俺が台車に荷物を詰め込んでいると、見慣れない冒険者たちが声をかけてきた。
「えっと、どちらさま?」
「申し遅れました。我々は冒険者パーティ『暁の剣』です。伯爵閣下から大樹海までヴィクトル様の護衛をするようにと依頼を受けています」
そういうと、俺に話しかけてきた女剣士さんはゆっくりとお辞儀をした。
雰囲気からして、もともと騎士階級の出身なのだろうか?
装備も整っていて、特に腰に下げている剣は拵えも立派でかなりの業物に見える。
他の冒険者たちもなかなか金のかかった装備をしていて、それなりに名が売れているパーティのようだ。
父さんめ、護衛を付けることで俺がきちんと大樹海まで行ったかどうか確認しようという腹だな。
「なるほど。じゃあ、後ろの台車に乗ってくれる?」
「この車にですか?」
むむっと眉をしかめる女剣士さん。
その視線は台車の前に向けられていた。
ああそうか、馬がいないから走らないと思ってるのか。
「大丈夫、その車は馬無しでも走るから」
「……どうやってです?」
「馬車自体がゴーレムみたいなものなんだよ。ほらほら、乗って」
俺がそう促すと、冒険者たちは半信半疑ながらも車に乗り込んだ。
それに遅れて、俺もまた彼らとは別の車に乗り込む。
そしてスイッチを押すと、たちまちゴトゴトと音を立てて車が走り出した。
さらにその後を追って、待機していたゴーレムたちが走り出す。
「な、なんだ!? 後ろから妙なモンスターが!」
「でけえ! グレートスパイダーか!?」
車を追って驀進する六本足の農耕用ゴーレム、デメテル君。
その虫っぽい姿を見て、たちまち冒険者たちが騒ぎ出した。
……そう言えば、街の人も最初はモンスターだのなんだの言って騒いでたっけ。
俺はすぐさま後ろを向くと、違う違うと手を振る。
「大丈夫、それはうちのゴーレムだから!」
「これが!? 人型ではないのですが!」
「うちには人型じゃないやつなんていっぱいいるよ!」
そう言ったところで、俺は車についていた加速用のスイッチを踏み込んだ。
伯爵領の中心であるこの場所から大樹海までは、馬車で二週間ほどの距離がある。
ちんたらしていては、いつまで経ってもたどり着かないのだ。
「ちょっと加速するよ! 舌を噛まないように!」
「え? う、うわっ!!」
車が唸り、景色が一気に加速する。
こうして俺と冒険者たち、そしてゴーレムの集団は大樹海へと街道をひた走るのだった。
――〇●〇――
冒険者アリシア・ハーネイにとって、今回の依頼は気分の良いものではなかった。
大樹海までの護衛と言えば聞こえはいいが、実際のところは追放された伯爵家の三男坊が途中で逃げ出さないように監視するのが仕事だ。
報酬は水準以上だったとはいえ、本来ならすぐさま断っていたことだろう。
伯爵家が彼女の実家を通して依頼してきたため、嫌な仕事だったが渋々引き受けざるを得なかったのだ。
人を死地に送る仕事など、まったくもって気が重い。
アリシアはいささか憂鬱な気分で、パーティの仲間を連れて指定された場所を訪れたのだが……。
それから数時間後、彼女の曇った心はいい意味でも悪い意味でも粉砕されていた。
「…………ヴィクトル様、あなたは何者なのですか?」
街道の端に設けられた野営地。
そこで食事をしながら、アリシアはヴィクトルに問いかけた。
この数時間、彼女と仲間たちはずっと驚かされっぱなしであった。
街道をあり得ない速度で走る車、その後ろを追いかけてくる異形のゴーレムたち。
この場所についてからも、建設担当らしき巨人のようなゴーレムたちが瞬く間に立派な小屋を建ててしまう姿に驚かされた。
まさか、魔境へ向かう道中にきちんとした家で寝られるとは夢にも思わなかった。
「何者って、シュタイン伯爵家の三男だけど」
「そうではありません。この異常な技術はどうやって習得されたのですか?」
「そりゃあ、必死に研究したからね」
ヴィクトルがそう言うと、アリシアは眉をひそめた。
明らかに、その程度で得られる技術力だとは思えなかった。
実は伯爵家の三男坊などではなく、古代人の生き残りだとでも言われた方がまだ納得できたぐらいだ。
そのぐらい、隔絶したものが感じられたのだ。
しかしそんな彼女の疑問をよそに、食事を終えたヴィクトルは車の中から大きな人形を取り出して弄り始める。
「それはゴーレムなのですか?」
一瞬、人間の少女と見間違えてしまいそうなほどによくできた人形であった。
その色白で儚げな顔立ちは息をのむほどに美しく、伸びやかな肢体は艶めかしい。
しかしよく見ると関節部分が球体となっており、人とは異なる存在であることがわかる。
「ああ。俺がずっと研究開発していた最高傑作、メイドゴーレムのマキナだよ」
「……メイドが欲しいならば、人を雇えばいいのでは?」
これほど精巧な人形を作るのに、いったいどれほどの金が費やされたのか。
その金があれば、メイドの一人や二人なら十分に雇えたことだろう。
それを思ってアリシアが怪訝な顔をすると、ヴィクトルは分かってないとばかりに肩をすくめる。
「人間のメイドだと、残念だけど俺の理想とする基準を満たせないんだ」
「理想とする基準、ですか」
「そうだよ。メイドさんは美人で気品があって家事万能で知識豊富で――」
何やら猛烈な勢いで語り始めるヴィクトル。
……なぜ、メイドにそれほどのこだわりがあるのだろうか?
彼のあまりの勢いにアリシアがぽかんと呆けていると、見張りをしていた仲間たちが蒼い顔をして戻ってくる。
「大変だ、今すぐここを引き払うぞ!!」
「ヤバい、マジヤバいよ!」
「いったいどうした? 理由を言え」
「ワイバーンだ!! 群れがこっちに向かって飛んできてる!」
息を切らせて、唾を飛ばしながら叫ぶ男。
最悪の事態にたちまちアリシアは顔を引き攣らせるのだった。
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