第51話 大魔石

「うっは、これがエルフの国! すごいすごい!!」


 歓迎会の夜から、およそ一週間。

 アリシアさんたちも無事に帰還し、エルフたちに連絡を終えたところで俺たちは再び魔導王国を訪れていた。

 当然ながら、エリスさんやサルマトさんはここに来るのは初めて。

 巨大な城壁やその奥に聳える聖樹を見て、すっかりテンションが上がっている。

 特にエリスさんはひどい騒ぎっぷりだ。


「少し騒ぎ過ぎです。国は逃げませんので、落ち着いてください」

「あはは、いやーついね」

「師匠って、魔法の腕はマジヤバいけど性格もマジヤバいよね」

「ミーシャ、それどういうことよ?」


 微妙に引き気味に告げたミーシャさんに、エリスさんが詰め寄る。

 このしばらくのうちに、二人には師弟関係が出来ていた。

 何でも、ミーシャさんがエリスさんに頼んで弟子入りさせてもらったのだとか。

 魔導王国へのお使いから帰ってきてすぐに、エリスさんにお願いし倒したらしい。

 まぁ、賢者様に弟子入りできるチャンスなんて普通は無いから、そうなってしまうのもわかる。

 正確に言うならば、今のエリスさんは元賢者だけど。

 

「そこの車、止まれ!」


 こうして門の前に差し掛かったところで、門番たちに止められた。

 すかさず、名前と要件を告げる。


「イスヴァールの街から買い付けに来ました。俺たちが来ることは事前にピエスタさんに伝えてもらっているので、聞いてもらえれば分かるかと」

「ピエスタ様か。ちょっと待ってろ」

「その必要はないわ」


 ここで、門番たちの奥から女性の騎士が出てきた。

 その鎧には蔦を模したような金の装飾が施されていて、かなり身分が高いであろうことがわかる。

 車の荷台を覗き込んだ彼女は、すぐに表情を緩める。


「そこの帽子を被った子、見覚えがあるわ。防衛線にいた?」

「あ、こっちも見覚えあるし! えーっと、マルチーズさん?」

「違う、マルエラ! まあいいわ、通ってちょうだい」

「いいんですか?」

「ええ。防衛線でいろいろと助けてもらったから。クロウラーを倒したのもあなたたちなんですってね?」


 にこやかに微笑むマルエラさん。

 しかし、その眼はどこかこちらを疑っているようだった。

 あー、無理もないな。

 あれだけの数のクロウラーをどうやって倒したんだって話になるのは当然だ。


「特殊なゴーレムを使いまして」

「それで、あの数を?」

「ええ、まあ」

「街の秘密ですので、詳しいことは言えません。ご容赦を」


 俺に続いてマキナがそう言い切ると、マルエラさんはそれ以上は尋ねてこなかった。

 大樹海で生き抜いていくには、秘密兵器の一つや二つあって当然だと思っているのだろう。

 恐らくエルフたちも、まだ俺たちに見せていない戦力を隠し持っているだろうし。

 何もかもさらけ出すようではやっていけないからね。


「分かったわ。いい買い物ができるといいわね」

「はい!」


 こうして俺たちは再び、魔導王国の門を潜るのだった。


――〇●〇――


「お待ちしておりました」


 先日訪れた魔導王国でも指折りだという商会。

 そこを再訪すると、すぐに主人が出てきて深々と頭を下げた。

 こちらにも情報が伝わっているのだろう。

 以前よりもさらに態度が柔らかくなっているような気がする。


「話は聞いております。何でも、クロウラーをゴーレムを使って倒されたとか?」

「ええ。町はかなり荒らされてしまいましたけどね」

「いやいや、それでもあれだけの数を倒すとはすばらしい! 我々も助かりました、とても感謝しております」

「俺たちはあくまで自分たちのところに来たのを撃退しただけなので」

「ご謙遜なさらずに。……ところで、そちらのお二方は?」


 エリスさんとサルマトさんを見て、おやっという顔をする主人。

 すかさず、俺は二人の紹介をする。


「新たにイスヴァールの街の仲間となった、エリスさんとサルマトさんです。サルマトさんは商人で、今回の交渉をお願いすることになってます」

「サルマトです、どうかひとつよろしくお願いします」


 商人と聞いて、主人の顔つきがわずかにだが変わった気がした。

 しかしすぐに元の笑顔へと戻ると、親しげな様子でサルマトさんが差し出した手を握る。


「こちらこそ。聖樹商会の会頭、ルーファムです」

「早速ですが、商品の準備はできておりますかな?」

「ええ、無論です。ただなにぶん貴重なものですので、地下の金庫に保存してあります。案内しましょう」


 そう言うとルーファムさんは、部屋の奥にある小さなドアへと向かった。

 そしてそれを開くと、たちまち地下へと通じる石造りの通路が現れる。

 ルーファムさんを先頭にしてそこを降りていくと、やがて大きな金属製の扉が現れた。

 その表面には魔法陣が刻まれていて、ぼんやりと白い光を放っている。


「封印魔法じゃん。書かれてるのは古代文字かな?」

「ラバーニャ帝国でよく使われてた術式ね。現役で使われてるのは初めて見るけど」


 こうして話している間に、ルーファムさんは扉の鍵を開けた。

 たちまちガチャッと音がして、ゆっくりと扉が押し開かれていく。

 そして――。


「素晴らしいですね」


 蠱惑的で魔性を感じさせる輝きを放つ赤い魔石。

 それは今のマキナに使われている魔石よりも二回りほど大きく、人の上半身ぐらいの大きさがあった。

 たちまち伝わってくる異様なまでの迫力。

 それに皆が圧倒される中、マキナだけが悠々と近づいていく。

 そしてその白い指が、すぅっと魔石の表面を撫でた。


「何だか、受け入れられているような気がします」

「おぉ……すごいですな。慣れないと魔石の圧で酔ってしまって、触ることなどできないはずなのですが」

「ゴーレムですので。こうすれば、皆さまも楽になるでしょうか?」


 そう言うと、マキナは魔石に両手を添えて目を閉じた。

 すると先ほどまでどこか剣呑なものを感じさせた魔石の輝きが、次第に穏やかなものへと変化していく。


「……うっそぉ!! 魔力の流れを整えた? そんなこと、どれだけ複雑な計算をすればできるの……!?」

「師匠、声が大きいし」

「あ、ごめん!」


 ミーシャさんに指摘され、慌てて口を押えるエリスさん。

 とにかく、マキナは今の一瞬で凄いことをしてのけたらしい。

 ルーファムさんも多少は魔法の心得があるのか、驚いた顔をしている。


「これは、あなた方がこの魔石を買うのは必然だったのかもしれませんなぁ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「ではそろそろ……本題に入りましょうか」


 ここで、サルマトさんがすっと前に出た。

 彼は任せておけとばかりに、自信のある様子で言う。


「ルーファム殿。我々はこの魔石と引き換えに塩をお渡ししようと考えておりますが、いかがですかな?」

「ほほぅ……!」


 サルマトさんの提案に、たちまちルーファムさんは目を見開くのだった。

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