第52話 三角取引
「まずはこれをご覧ください」
金庫を出て数分後。
応接室に戻ってきたところで、サルマトさんは小さな陶製の瓶を取り出した。
花柄の染付が施されていて、一目見ただけで高価な品であることが伺える。
ルーファムさんはさっそくそれを手に取ると、中身を確認する。
「これは……白い砂ですかな?」
「いえ、砂ではありません。塩です」
「これがですか? 少し、いただいてもよろしいですか?」
「ええ」
サルマトさんは耳かきのような棒を取り出し、塩をほんの少しだけすくい出した。
――流石は歴戦の商人、演出が上手いな。
小道具や立ち振る舞いで、この塩の貴重性をこれでもかと強調している。
まるで砂金か何かでも扱っているかのようだ。
塩は確かに価値のあるものだが、流石にそこまでではない。
ここまで運ぶことを考えても、あの塩ひと瓶で銀貨一枚と言ったところだろう。
「む、確かに塩ですな」
ほんの少量の塩を口に含んだルーファムさんは、驚いたように目を丸くした。
事前に、コボルトたちに聞いた通りである。
この大樹海において、塩と言えば一部の山や谷で産出される岩塩なのだ。
それも質はあまり良くなく、不純物が多い。
海水から作られる真っ白な塩など、見たこともないに違いなかった。
「我々の知っている岩塩とは味も違うようですが、これはいったい?」
「海水を蒸発させて作った塩です。見ての通り、不純物もすくなく上質ですよ」
「ううむ……」
全く見たこともないものを前に、唸るルーファムさん。
価値をどう評価するべきか、非常に悩んでいるようだ。
一方、サルマトさんの方は完全に余裕だ。
塩がエルフにとっても生活必需品であることは、事前に確認してある。
ある程度以上の価値が認められることは、まず間違いなかった。
「……この塩は最大で、どの程度用意できますでしょうか?」
「大変なコストがかかりますからな。今の我々の資金力ですと、あそこに見える樽に一つか二つほど用意できれば……」
そう言って、窓の外を見るサルマトさん。
その視線の先にはワインの入った大樽が積まれていた。
彼の返答を聞いて、ルーファムさんは目を細める。
「あの魔石は我らが森人王が水晶谷に巣食っていた古の巨人を倒して得たものです。大変貴重なものですので、そうやすやすとは……」
ここで、ルーファムさんがボールを投げ返してきた。
魔石をどれだけの塩と交換するのか、こちらが提示しろということのようだ。
さて、ここからが一番重要なところだぞ……。
果たしてサルマトさんは何と言うのか。
皆が緊張した面持ちで彼の一挙手一投足に注目する。
「あの大樽、三つ分でいかがでしょうか?」
「五つですな。先ほど一つか二つと申されましたが、実際のところはもっと余裕があるのでは?」
「あいにくそのようなことは。それにあの魔石の使い道は、金を直接は産まないものでしてなぁ。四つでどうでしょう?」
「……わかりました、いいでしょう」
おぉ、素晴らしい!!
サルマトさんの剛腕ぶりに、俺は内心で舌を巻いた。
あの樽に一杯分の塩でも、恐らく金貨百枚もあれば買えるぞ!
四つだとして、だいたい金貨四百枚と言ったところか。
あの途方もなく大きい魔石を買ったにしては、びっくりするほどの安値だ。
あんなの、普通に買ったら一千枚はするぞ。
「いい取引が出来ました。ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ」
握手をするサルマトさんとルーファスさん。
こうして魔石の購入は、つつがなく完了したのであった。
――〇●〇――
「よく考えたものよね。三角取引なんて」
取引を終えて店を出たところで、エリスさんが半ば呆れたように言った。
今回の取引を成功させるにあたって、サルマトさんは最初にこう提案したのだ。
まずは俺たちの街で手に入る鉱物資源などを、サルマトさんの商会を通じて森では貴重な物品に取り換える。
そしてそれを、エルフたちとの取引で使えば良いのだと。
結果、俺たちはびっくりするほどの安さで魔石を手に入れることが出来た。
流石は商人、実にうまいやり方だ。
「少し買い叩き過ぎてしまったかもしれません」
「問題ないでしょう。森の中で暮らしている彼らにとって、上質な塩は同じ重さの金に匹敵しますからな。あの商人も大儲けですよ」
「ですが、これだけの大きさの魔石です。本来ならば値は付けられないほどなのでは?」
荷台の奥に固定した魔石。
それを手で擦りながら、マキナはそう言った。
するとサルマトさんは朗らかな笑いながら言う。
「値が付けられないほどの宝というのは、商人にとってはある種の困りものなのですよ。なかなか買い手が現れてくれませんからな。私も駆け出しだった頃、さる大貴族から宝剣を安く手に入れたのですがね。売れるのに何年もかかって、一時はそれが原因で破産しそうになりましたよ」
「あー、貴族でもたまにいますね。お金がなくて先祖伝来の宝を売ろうとしたけど、売れなくて困ってる人」
俺も以前、金に詰まった貴族から魔導書を買ってくれと言われたことがある。
かなりマニアックなものだったので、俺が買わなかったらおそらく誰も買わなかっただろう。
考えてみればこの巨大な魔石も、間違いなく希少なお宝ではあるが使い道は相当に限定される。
普通の魔道具に使うにはあまりにも過剰だからね。
「ですから、彼らとしても売れてくれて一安心と言ったところでしょう」
「しかし、これだけ大きいと身体に収められないかもなぁ。どうしようか?」
「マキナの身長を三メートルぐらいにするとか? 意外とありっしょ」
「それだと家事とかできないでしょ」
「それについては考えがあります」
俺たちがあれこれと話していると、マキナがそうはっきりと告げた。
そして魔石を手で撫でながら、自信ありげに言う。
「身体と頭脳を分けるのです」
むむ? 何だか思ったよりも革新的な設計っぽいぞ……!
マキナの語る構想に、俺たちはすぐさま耳を傾けるのだった。
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