閑話 古き王たち

「小鬼の”族長”を使った計画は失敗。森人王は相変わらずだし、目障りな豚の”族長”もまだどこかで生き延びてるわ」


 サリエル大樹海の遥か奥深く。

 一年中霧の立ち込める死せる都に、巨大な古城がある。

 その最上階の一室で、少女と男が対面していた。

 ともに紅茶を嗜む二人の雰囲気は一見して穏やかだが、魔力を感じることの出来る者が見ればたちまち顔を蒼くしたことだろう。

 両者の間を膨大な力が渦巻き、常人ならば気をやられるほどの惨状だからだ。

 

「ひとまず現状維持というところか。下等種族と言えども、王を名乗るだけあってそう簡単には崩れないね」

「小鬼が豚を倒したうえで、森人王に挑めばよかったんだけどね。実際は豚の族長を取り逃がすし、森人王を引きずり出すことすらできないなんて」


 やれやれと肩をすくめる少女。

 小鬼王ごときに期待してはいなかったが、ここまで無能だとは思わなかった。

 しかし一方、男は冷静な口調で言う。


「貪欲な小鬼と言えども、むやみやたらに豚人王を倒すのは危険だと思ったのだろう。奴らだって、自分たちの立ち位置は分かってるはずだからね。小鬼王はあれで意外と頭は悪くない」

「腰振ることしか考えてないバカだと思うけどね、私は。というか、王って言うのは辞めて。あいつらが私たちと肩を並べてるなんて考えたくもない」


 形のいい眉をしかめ、不快感をあらわにする少女。

 彼女の名はファスティナ・ヴラドノーツ。

 六王の一角、屍人王にして旧い吸血鬼の末裔である。

 そして彼女と話をしているのが、オーカス・フォルツェン。

 こちらも六王の一角、魔人王である。

 

「連中でも、一応は王権を持っているのだ。王と呼んでやりたまえよ」

「あんただって、奴らと自分が同じとは思ってないくせに」

「それはそうなのだがね。そんなことより、問題はだ」


 ここで、オーカスが雰囲気を一変させた。

 彼はニヤッと笑みを浮かべながら、どこか楽しげに言う。


「例の虫の群れを倒したのは、どうやらエルフではないらしい」

「じゃあ誰が倒したって言うのよ? 竜人王が気まぐれでも起こした?」

「それが、目からの報告だと人間とコボルトが倒したらしい」

「何それ? まさか、またラバーニャ帝国がちょっかい出してきたの?」

「……何百年前の話をしている。ラバーニャは滅びただろう」


 オーカスにそう言われ、ファスティナはポンと手をついた。

 彼女は既に、年齢を数えるのが無意味になるほどの歳月を生きている。

 ラバーニャ帝国の滅亡など、割と最近と言えば最近の話だった。


「帝国が滅びた後、分裂していた人間どももいくらか落ち着いてきたということだろう。またこの大樹海に手を出せる程度には」

「ふぅん、別にどうでもいいけど。人間が来たところで、どうせ小鬼とやりあうのがせいぜいでしょ」

「とはいえ、虫の大群を撃退しているらしいからね。意外と侮れないかもしれない」

「どうせ、数に物を言わせただけでしょ。人間の兵士って、畑で採れるらしいし」


 ファスティナにとって、人間はひたすらに数が多いだけの雑魚であった。

 虫の大群を倒したと言ったところで、数の多い雑魚がこれまた数の多い雑魚を倒したという話でしかない。

 コボルトの方に至っては、完全におまけとしか認識していなかった。

 当然ながら危機感など抱くはずもなく、いくらか興味がある様子のオーカスを少し疑念を抱いたぐらいだ。


「じゃあ、いったん様子見ということでいいかい?」

「ええ。どうせ人間なんてすぐに引き上げるのは目に見えてるんだし。私たちの計画の邪魔にもならないでしょ」


 長く生きてきたが故の決めつけと驕りが、ファスティナにはあった。

 このことが、のちにイスヴァールに対する致命的な対処の遅れを招くのだが……。

 そのような事態を予期することは、六王をもってしても困難であった。

 いや、むしろ強大な力を有する六王であるからこそ難しかったと言えるだろう。

 脆弱な存在であるはずの人間が、瞬く間に恐るべき智慧と力を得ていくことなど彼女らの常識に反していた。


「とにかく、計画を修正しないと。森人王を引きずり出す、何かいい方法はないかしらね。小鬼と豚にはもう期待できないし」

「そう言えば、決闘に敗れて里を追い出されたリザードがいるらしい。うまく手を貸せば、使えるかもしれない」

「へえ、けっこう面白そうじゃない! そう言うことなら……」


 ファスティナはケーキを食べるのに使っていたナイフを手にした。

 そして自らの手首を切り、血を懐から出した小瓶に溜め始める。

 ガラスの小瓶の中が、たちまち赤黒い血で満たされた。

 ――ぬらり。

 黒色の濃いそれは、得体のしれない邪悪さのようなものを帯びている。


「これを使えばいいわ」

「そんなものをリザードに与えればどうなるか……。まったく君も趣味が悪い」

「でも、いいアイデアでしょ?」

「まあね。やつには小鬼王も目を付けているようだから、早いうちに接触しておくとしよう」

「任せたわ」


 そう言うと、ファスティナは血の入った小瓶を投げた。

 オーカスはそれを受け取ると、すぐに懐へとしまい込む。

 ――旧い吸血鬼の末裔の血。

 濃密な魔力を秘めたそれは、破滅と狂乱の象徴。

 果たしてこの血が大樹海に何を齎すのか、知るのは未だ神のみである――。

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