第53話 頭脳と身体

「順調順調っと!」


 巨大魔石の入手からおよそ一か月。

 イスヴァールの街ではおおむね平和な日々が続いていた。

 新たに仲間として加わった、エリスさんを筆頭とする人間たち。

 彼女らのための新しい住居区画も、ゴーレムのおかげで既に完成している。

 サルマトさんのための新しいお店も目下建設中だ。

 最終的な内装などはサルマトさんが物資の調達から戻って来てからとなるが、この街を代表するにふさわしい立派な商店ができる予定である。


「……なぜ私が書類仕事をしている?」


 こうして、いい気分で仕事をこなしている時だった。

 書類の整理を任せていたチリが、ハァっと大きなため息をつきながら言う。

 黒服に身を固めた彼女は、すっかりできる秘書といった雰囲気だった。


「しょうがないでしょ。あちこちに人手が取られて、手が空いてるのは君しかいないんだから」

「だからと言って、元暗殺者を秘書代わりに使うのは信じられない。仮にもあなたを誘拐しに来た人間」

「そりゃ、腕が立つし頭もいいから。そんな人材の手を空けさせておくほど、うちの街は暇じゃないんだよ」


 俺がそう言うと、チリは納得のいかないような顔をしつつも作業を再開した。

 なんでも彼女、工作員として重要施設に潜入することを想定してかなり高度な教育を受けているようだった。

 どうやら灰被り猫という組織の中でもかなりのエリートだったらしい。

 そこでエリスさん特製の首輪をつけたうえで、即戦力として働いてもらうことになったのだ。


「どんな魔導具にも穴はある。信用しすぎ」

「俺を本当に害する気があるなら、わざわざそんなこと言わないって。それよりこれ、食べる?」


 そう言うと、俺はサルマトさんに貰った飴玉の入った瓶を取り出した。

 たちまち、チリはスッと距離を詰めてくる。

 そして無表情のまま、そっと手を差し出してきた。

 

「どうぞ」

「おいしい。甘いものは好き」


 眼を細めて、幸せそうな顔をするチリ。

 これでやる気を出してもらえるなら、まったく安いものである。

 そんなことを考えていると、執務室の扉がゆっくりと押し開かれた。


「失礼します。マスター、新しい頭脳と身体がほぼ完成いたしました」


 おぉ、とうとう完成したのか!

 ここ二週間ほど、マキナはほとんどの業務を人に任せて開発にかかりっきりになっていたからね。

 設計思想は以前に聞いているが、どれほどのものを作り上げたのか楽しみだ。

 純粋に、一人のゴーレム技師として気になる。


「さっそく、見せてもらえる?」

「もちろん。最終的な調整などは、マスターにも相談するつもりでしたので」


 こうして俺はマキナに連れられて、研究所へと向かった。

 大きな扉を開けて中に入ると、そこからさらに地下へと続く階段を降りる。

 階段はかなりの長さで、その先にある物がいかに重要であるかを物語っていた。


「……流石に厳重だね」

「ええ。絶対に守らねばなりませんので」


 そこからさらに、金庫のような分厚い扉を通ること三回。

 俺たちはようやく、薄暗い部屋へと到着した。

 マキナがパチンッとスイッチを押すと、たちまち周囲が明るくなって床で寝転がるエリスさんとミーシャさんが見える。


「二人とも、床で寝ては腰を痛めますよ」

「……あー、いけない! また寝ちゃったか」

「ふあぁ……もう朝?」

「こんにちは。エリス様、ミーシャさん」

「お、来たんだ!」

「やばっ!」


 俺が挨拶をすると、二人は慌てて懐から櫛を取り出した。

 限界状態になっていても、やはり女性として身だしなみは気になるらしい。

 そしてぼさぼさになっていた髪を整えながら、エリスさんが言う。


「マキナから聞いてると思うけど、両方とももうほぼ出来てるわ。まずは頭脳の方から見せるわね」


 そう言うと、エリスさんは部屋の奥にある白い布が掛けられた物体へと近づいた。

 そして勢いよく布を引っ張ると、たちまち金属製の円盤型の装置が現れる。

 まるで時計の文字盤を思わせるようなそれの中心には、この間の魔石が赤く輝いていた。


「これが……新しいマキナの頭脳か……!!」

「はい。魔石の持つ能力を最大限に引き出すための回路設計をしたところ、非常に大きくなりました。ですがその分、演算能力も最大魔力値も比べ物にならない程に向上しています」


 自らの新しい頭脳となる巨大な装置を見ながら、どこか誇らしげに語るマキナ。

 ――頭脳と身体を分離する。

 彼女の提案したゴーレム設計は、まったくもって画期的なものだった。

 魔導師が思念と魔力を使って自律型ではないゴーレムを操作するように、巨大な魔石を有する演算装置が離れたところにある身体、つまりはゴーレムを動かすという訳である。

 人間の魔導師ではなかなか出てこない発想だろう。

 これにより、大幅な性能向上が可能となった。


「これ、有効範囲はどのぐらいなの?」

「大樹海全体はカバーできるかと。ただし、ダンジョン内部は異空間にあるため範囲外です」

「もし、何らかの手段でリンクが途切れたらどうなる?」

「身体の方にも魔石が組み込んでありますので、最低限の機能は維持できます。意識については、リンクが再開された際に統合されますね」

「なるほど……凄いなぁ」


 いやはや、本当に大したものである。

 装置に使用されている術式を見ても、まったく無駄がない。

 

「ラバーニャ時代にもこんなのないって断言できるわ。ほんとにすごい技術よ」

「マキナさんだけじゃなくて、あたしたちも結構手伝ったんだからねー!」


 ここぞとばかりにアピールする二人。

 彼女たちが言わなくても、その功績はよくわかる。

 これだけのもの、いくらなんでもマキナ一人では作れないからね。

 よく見るとところどころ、術式の形成にそれぞれの癖があったりもするし。

 

「……演算装置についてはそろそろいいでしょう。身体となるゴーレムを見に行きませんか?」

「……ああ、そうだね」


 しばらく装置を観察していると、マキナがそう切り出した。

 いけないいけない、気が付いたら二十分ぐらい経っていた。

 よくできた魔導具を見ると、ついつい観察しちゃうんだよな。


「ゴーレムは隣の部屋にあります。どうぞ」


 こうしてマキナに連れられて、隣の部屋に入る。

 するとそこには――。


「あれ、二人いる……?」


 マキナによく似たゴーレムが、台の上に二体置かれていたのだった。

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