第72話 騎士アリシア

「マキナ殿とツヴァイ殿もいないのですね」


 側近の二人まで追い出したことに、アリシアさんは驚いた顔をした。

 特にマキナは、ツヴァイが生まれて余裕が出来てからはずーっと俺に張り付いていたからね。

 おはようからお休みまで、いつでも俺と一緒である。

 そのマキナを下がらせたことは、やはり相当にインパクトがあったらしい。


「あの二人にも関わる話だからね。だからあまり聞かれたくないと思って」

「そうですか。お気遣いありがとうございます」

「それでさ、話って言うのは……。アリシアさん、最近ちょっと悩んでない?」

「……いえ、そのようなことは」


 とんでもないとばかりに、アリシアさんは首を横に振った。

 しかし、わずかに反応が遅れたのを俺は見逃さなかった。

 やはり彼女には、俺が予想したように悩みがあるようだ。


「遠慮しなくていいよ。だいたい、事情は察しているから。アリシアさん、マキナたちがどんどん強くなって自分の居場所がなくなっていってると思ってない?」

「それは……。ええ、その通りです。強いだけならまだしも、ツヴァイ殿のようなゴーレムが増えると……」


 ぽつりぽつりと、胸の内を語り始めたアリシアさん。

 やはり、彼女なりに色々な危機感などを覚えていたらしい。


「私は、ミーシャと違って研究はできません。ガンズのように農業の知識もない。戦うことしかできないのです」

「それで悩んで焦ってたんだね」

「はい。でも、今は大丈夫です! ヴィクトル様が専用のゴーレムを作ってくれましたから! あれを着て、ダンジョンを守るのが今の私の仕事です!」


 どこか晴れやかな顔でそう告げるアリシアさん。

 良かった、彼女なりにきちんと自分の居場所を見つけてくれたようである。

 これでこそ、俺も着るゴーレムを作った甲斐があったというものだ。


「良かった。心理的に負担がかかっているように見えたから、心配してたんだ」

「お気遣いありがとうございます。……ところで、あのゴーレムの名前なのですがもう決められましたか?」

「いや? そう言えばまだだったね」

「でしたら、私の提案を聞いてもらえませんか?」


 ほう、どんな名前を提案してくるのだろう?

 アリシアさんのネーミングセンスは未知数なだけに、ちょっと興味がわいた。


「いいよ。なんて名前にするの?」

「ナイトギア、なんていかがでしょうか」

「ナイトギア?」

「はい! ヴィクトル様が授けてくださった、騎士の象徴ですので!」


 そう言うとアリシアさんは何故か俺に向かって敬礼をした。

 騎士の象徴、ナイトギアか……。

 確かにちょっとカッコいい気がするな!

 あのゴーレムを着たアリシアさんの姿は、まさに騎士といった感じだし。

 

「いいね、それでいこう! あのゴーレムはナイトギアだ!」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるアリシアさん。

 あれでもそうなると……アリシアさんは騎士ってことになるのか?

 そう言えば、街がそれなりの規模になってきたけど彼女の役職ってまだふわっとしてたな。

 漠然と、軍事担当とかそんな感じになっていた気がする。


「そうだ、せっかくだし……。アリシアさんの立ち位置もそろそろはっきりさせようか。言われてみれば、街が大きくなってもずーっと変わってなかったもんね」

「ということは……!!」


 アリシアさんは期待に目を輝かせた。

 もともと、騎士の家の出身だとか言ってたっけ。

 彼女からしてみれば、俺からその称号を賜ることは夢にまで見たことなのだろう。


「アリシアを正式に騎士として任命しよう。ただし、シェグレンさんに勝ってからだよ」

「ありがたき幸せ。このアリシア・ハーネイ、全身全霊で頑張らせていただきます!!」


 膝をつき、首を垂れるアリシアさん。

 こうして彼女は、正式に騎士となるべく気合を入れるのだった――。


――〇●〇――


「……足りねえなあ」


 岩山の村の通り沿いにある酒場。

 来訪者用に新しく作られたそこは、冒険者たちで賑わっていた。

 彼らの間をまだ仕事に慣れないコボルトたちが駆け回り、それはそれは騒がしい。

 その喧騒からやや外れたカウンターの端で、シェグレンは酒を呷っていた。

 既にジョッキで十杯以上も飲んでいるというのに、顔色一つ変えていない。


「もっと強いのはないのか?」

「あいにく、この村にある酒はこれぐらいです」

「あっちの街にはもうちょっとマシなのがあるか?」

「ほとんど変わらないと思いますよ」

「ちっ、エルフの弱い酒しかねーのか」


 酒のラインナップに不満を漏らすシェグレン。

 彼は度数の高い蒸留酒が好みだが、あいにく、そのようなものはなかった。

 魔導王国から輸入している酒は、基本的に度数の低いワインか果実酒がほとんどなのだ。


「……ならこいつをやろう」


 こうしてシェグレンが不機嫌な顔をしていると、横からスッと手が伸びてきた。

 その手には、琥珀色の液体が入った瓶が握られていた。

 ラベルに描かれた文字を見たシェグレンは、たちまち顔をほころばせる。


「お、こりゃ”竜殺し”じゃねえか! ありがてえ!」

「くれてやるよ。ついでにこいつもな」


 続いて差し出されたのは、小瓶に入った赤黒い液体であった。

 その濃密な魔力を感じ取ったシェグレンは、たちまち顔をしかめる。


「てめえ、何者だ?」

「だいたいの予想は着いているだろう? 古き王たちの使いだ」


 そう名乗ると、ローブで顔を隠した男はシェグレンとの距離を詰めた。

 シェグレンはたちまち、眉間に皺を寄せるのだった――。

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