第73話 消えた男
「よし、これでいける!」
翌日の朝。
俺はダンジョンの前でナイトギアの最終調整を行っていた。
今日はマキナたちも一緒である。
アリシアさんがイレギュラーの討伐を終えて戻ってくるまでの間、皆で異変に備えてこの場に待機することとしたのだ。
「完璧です! 昨日よりもさらに動きやすい気がします!」
さっそく調整を終えたナイトギアを着用し、満足げな顔をするアリシアさん。
彼女はそのまま剣を抜くと、その場で軽く素振りをする。
――ビュンッ!! ビュンッ!!
剣が風を切り、唸る。
そのキレのある動きは、見ているだけで好調なのがよくわかった。
「ではさっそく、行ってまいります」
「あ、ちょっと待つのであります」
そう言うと、ツヴァイがアリシアさんに近づいた。
彼女はそのまま、ナイトギアの魔石がはめ込まれた部分をいじり始める。
「何をしてるんだ?」
「あの魔石を使って、通信できるようにしているのです」
「へえ。あれ、でもダンジョンって異空間だからそれは難しいんじゃなかったっけ? マキナたちが入れないのもそれが理由だったよね?」
「そうであります。でも、通信ぐらいはどうにかなるのでありますよ」
ツヴァイがそう答えたところで、マキナが水晶玉のようなものを取り出した。
やがてそこに、ぼんやりとではあるが洞窟の風景が映し出される。
これはもしかして、いま魔石に映っている景色であろうか。
なかなかすごい技術だ。
「これで、アリシア様に何が起こっているのかこちらから確認できます」
「すごい、よくこんなの作ったな……」
「私とツヴァイの間で記憶や知識を共有しているのと技術的にはほぼ同じです。もっとも、こちらは映像と音声に限定されますが」
「それと、けっこう遅延があるのでありますよ。アリシア殿、ちょっとこちらを見てほしいのであります!」
ツヴァイの声に従って、アリシアさんがこちらに振り向いた。
すると、それにやや遅れて水晶に映されていた風景が移ろう。
なるほど、これが遅延か。
「では、そろそろダンジョンへ入ります」
「ああ、気を付けて行って来てくれ」
「はい!」
こうして、アリシアさんは門の中へと足を踏み入れていった。
やがて水晶玉に映された風景が変化し、石造りの通路が映し出される。
おお、これがダンジョンの内部か!
以前に避難しようとした時は、中に入れなかったからな。
なかなかに興味深い。
「あとは、シェグレンさんより早くイレギュラーを見つけることだね。もう、あっちはかなり奥のほうまで行ってるのかな?」
「……そのことについてなのですが」
「なに?」
ここで、マキナがどこか物憂げな表情をして切り出した。
何か懸念事項でもあるのだろうか?
「ダンジョンの入り口を監視していたコボルトから聞いたのですが、シェグレンはまだダンジョンに入っていないようなのです」
「え? それ本当?」
「はい。私も気になって探ったのですが、昨日の夜、酒場で目撃された後は誰も見ていないようです」
それはちょっと気になるな……。
でも、シェグレンさんをどうにかできるのなんてマキナたちぐらいじゃないか?
話によると、ナイトギアを纏ったアリシアさんとほぼ互角だったらしいし。
かと言って、本人がこのタイミングで自ら姿を消したというのも不自然だ。
負けず嫌いそうに見えたあの人が、アリシアさんとの勝負を投げるとも思えない。
「街に不審な人物が入ったって情報は?」
「ありません。また、街に入る際にレベル計測を行っていますので。ただこれについては、シェグレン氏のせいで穴が見つかりまして」
「穴?」
「はい。街に入る時の計測では、シェグレン氏はレベル六十しかなかったのです。恐らくは戦闘時に起きる形態変化に伴って、レベルも上がるのかと」
そりゃまた面倒な特性だな……。
一応、イスヴァールの街では危険人物かどうかをレベルで判断している。
レベル百を超えていた場合、俺に報告が上がって個別審査をするシステムだ。
でも戦闘時だけレベルが上がるなんて人が現れたら、これを素通りできてしまう。
「現在、レベル測定用の魔導具を改良するようにエリス殿とミーシャ殿に頼んでいるのであります。ただ、既に街に入り込んでしまっている可能性も……」
「シェグレンさんが消えた以上、あり得るね。街のみんなにこのことはもう伝えたの?」
「主要メンバーには。ただし、不必要な動揺を避けるために住民たちには知らせておりません。また、アリシア様にも不必要な負荷を与えないように言っていません」
「わかった。アリシアさんにはイレギュラー討伐に専念してもらいたいから、その判断でいいと思うよ」
シェグレンさんが消えた以上、イレギュラー討伐はアリシアさんが頼りだ。
こっちはこっちで、とても重要な問題だから解決してもらわなくてはならない。
そこを優先したマキナの判断は、おおよそ正しいと言えるだろう。
「とりあえず、ツヴァイは街に戻って非常事態に備えて。どうにも悪い予感がする」
「わかったのであります!」
「マキナはそうだなぁ……」
「私はこの場に残りましょう」
「でも、ツヴァイだけで大丈夫かな?」
俺がそう言うと、ツヴァイはプクッと頬を膨らませた。
そして、ややムキになって言う。
「大丈夫であります。街のトラブルぐらい一人で片づけられるのでありますよ。私の力をもう少し信じるのであります」
「……わかった。そう言うことなら、ツヴァイに任せようか」
こうして俺たちは、いったんダンジョン前と街中の二手に分かれることとなったのだった。
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