第71話 リザード族
「待ってください、この人はリザード族です!!」
剣と拳がぶつかり合うその瞬間。
通路の奥からエルフたちが飛び出してきた。
アリシアはとっさに動きを止めると、彼らの方を見て怪訝な顔をする。
「リザード族だと? 聞いた話だと、彼らは人間とさほど変わらない姿をしているはずだが?」
来客を迎えるにあたって、森に住む種族についてコボルトたちからある程度説明を受けていた。
それによれば、リザード族は程度の差こそあれ、人間とさほど変わらない姿をしているという。
二足歩行のドラゴンのような姿をしているのは、彼らの言葉からはあまりにもかけ離れていた。
「シェグレンさんはリザードの中でも古代竜の血を色濃く受け継いだ竜人なんです。なので、戦闘中は先祖返りするようで……」
武器を構え続けるアリシアに、懸命に説明するエルフの男。
そうしていると、シェグレンと呼ばれた者の身体に変化が現れた。
全身を覆う青い鱗が、徐々に消えていく。
そして代わりに現れたのは、人間とほぼ同じ皮膚だ。
やがて変化が終わると、そこに立っているのは角と尻尾こそ生えているがほぼ人間の姿をした男であった。
「なっ!」
「ほらよ。これで俺が、モンスターじゃなくてリザードだってわかっただろ?」
「ならば、イレギュラーは……」
「俺が撃退したぜ。今頃は、ダンジョンの奥に逃げ帰ってる頃だろ」
ぽりぽりと頭を掻きながら、気だるい雰囲気で告げるシェグレン。
連れているエルフたちの様子からして、嘘ではなさそうだ。
たちまち、自身の勘違いに気付いたアリシアは――。
「す、すまなかった!!」
勢いよく、シェグレンに向かって頭を下げるのだった。
――〇●〇――
「初めまして、俺が領主のヴィクトルです」
館の応接室にて。
俺はアリシアさんの連れてきたリザード族と対面していた。
相当の強さだと聞いているため、両脇をマキナとツヴァイが固めている。
万が一、暴れ出してもすぐに取り押さえられる体制だ。
「俺はシェグレン。見てわかる通り、リザード族だ」
「シェグレンさん。まずはダンジョンの管理者として、冒険者さんの救出に協力してくださってありがとうございます。それから、うちのアリシアが迷惑をかけてしまったようで……」
俺がそう言って頭を下げると、シェグレンさんはふぅんと納得したように頷いた。
一方、アリシアさんはひどくばつが悪そうな顔をしている。
大事な街のお客さんに喧嘩を吹っかけたのだから、無理もない。
彼女も悪い人じゃないんだけどなぁ、ちょっと突っ走りがちなんだよね。
特にここ最近は、マキナとの力の差を意識しているのか焦りが見える。
「別に構わねえよ。先祖返りの竜人なんて珍しいからな」
「ありがとうございます。それで、イレギュラーは倒せたのですか?」
「いんや。遭遇して深手を負わせたが、上手く逃げられちまった」
そりゃ困ったな……。
一般的に、モンスターの回復力というのは驚異的だ。
いくら深手を負わせたと言っても、数日のうちに再び暴れ出してしまうだろう。
早いうちに、何とかせねばなるまい。
「ヴィクトル様、私にもう一度チャンスを下さい。イレギュラーを倒して見せます」
ここで、シェグレンさんの隣にいたアリシアさんがそう申し出た。
だがしかし――。
「やめとけ、お前じゃ勝てねえよ」
「……口を挟まないでほしい」
「だが、犬死にしかねんぜ? あれを倒すにはそうだな……噂の銀色の怪物ぐらいいるだろうな」
「なっ!」
思いもよらない言葉に、俺たちは目を丸くした。
マキナとツヴァイも揃って険しい表情をする。
銀色の怪物というのは、増殖型ゴーレムに他ならなかった。
その存在を知っているなんて、こいつ、もしかして小鬼王の関係者か?
「なぜそれを……! 一体どこで聞いた?」
「ゴブリンどもだよ。てっきり、連中の思い過ごしかと思ったが……。その反応、本当に何かいるみたいだな?」
そう言うと、きょろきょろと周囲を見渡すシェグレンさん。
銀色の怪物こと、増殖型ゴーレムを捜しているのだろう。
参ったな、あれはうちの街の切り札。
出来るだけ存在を秘密にしておきたいところだが、このままだといろいろとあることないこと言いふらされそうだ。
「何が希望ですか?」
「そいつと戦ってみてえ」
「戦ってどうするのです?」
「戦うのに理由なんていらねえだろ。でもそうだな、俺が負けたらてめえらの好きにしていいぜ」
マキナの問いかけに、シェグレンさんは自信満々にそう言った。
そう言われてもなぁ、増殖型はすでにないんだよな。
代わりにマキナかツヴァイのどちらかと戦ってもらおうか?
俺が困ってマキナの方へと眼を向けると、彼女は小声でつぶやく。
「中途半端に強いようなので、戦えば怪我をさせる恐れがあります」
「無傷での無力化は難しい?」
「かなり大変かと」
「それなら、こういうのはどうでありますか?」
ここで、ツヴァイが会話に割って入ってきた。
彼女はシェグレンとマキナの様子を見ながら言う。
「私たち二人とではなく、アリシア殿と戦わせるのはどうでありますか?」
「それじゃ納得しないんじゃないか?」
「なので、あくまで前哨戦としてです。その段階でアリシア殿が勝てば、引き下がってくれるはずであります」
「なるほど」
「勝負の内容は、先にイレギュラーを討伐した方が勝ちとかで」
それならば問題はなさそうだな。
ちょうど、アリシアさんもきちんと決着をつけたいような雰囲気があるし。
アリシアさんが負けた場合は問題だけど、それまでに上手くマキナたちの力を調整できるようにしておけばいいか。
「じゃあ、こういうのはどうです? アリシアさんより先にイレギュラーを討伐出来たら、銀色の怪物と戦うのを許可するとか」
「……ほう、いいだろう」
「これは責任重大ですね、必ず勝たなくては」
そう言うと、気合を入れ直すアリシアさん。
慌てて部屋を出て行こうとする彼女を、俺は急いで呼び止める。
「あ、ちょっと待って!」
「何でしょう?」
「出かける前にちょっと二人で話をしないか?」
「……わかりました」
やや怪訝な顔をしつつも、頷くアリシアさん。
こうして俺は、彼女と二人で話をすることにしたのだった。
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