第70話 謎の男
「アリシアさん!!」
ヴィクトルたちの元を離れ、ひたすらに走り続けること二十分。
ゴーレムによって強化された脚力によって、彼女は驚異的な速さでダンジョンの前まで駆け付けた。
するとたちまち、門番をしていたコボルトが声をかけてくる。
「状況は?」
「冒険者さんたちの避難は、ほぼ完了しています! ただ……」
「ただ?」
「奥で取り残されてしまったパーティがいるらしくて。それを助けるために、中に入っていった人がいるんです」
申し訳なさそうな顔をするコボルト。
たちまち、アリシアは眉間に皺を寄せる。
「止められなかったのか?」
「僕たちでは力不足でした」
「……仕方ない、任せた私たちにも責任はある。その者が中に入ったのはいつ頃だ?」
「もう一時間は前になります」
一時間ならば、まだそこまで奥へ入っていないだろう。
アリシアはそう考えると、すぐにダンジョンの門を潜った。
視界が反転し、うつろう。
何度経験しても慣れない浮遊感に目を閉じると、次の瞬間には石造りの通路が広がっていた。
気温も上がり、生暖かい空気がアリシアを包む。
「……匂うな」
周囲に漂う鉄っぽい香り。
どうやらこの場所の近くで、少し前に戦闘があったようだ。
それも、匂いが残っていることからして相当派手にやったようだ。
アリシアの勘では、この階層にいるグローリーベアを一方的に蹂躙するぐらいのことはしているだろう。
人間やエルフの戦い方とは、およそかけ離れている。
「まさか、イレギュラーがここまで上がって来たのか?」
最悪の事態を想定して、顔をしかめるアリシア。
スタンピードという単語が、彼女の脳裏をよぎる。
――スタンピード。
それはダンジョンからモンスターが溢れ出す現象である。
ダンジョン深層に住むモンスターやイレギュラーなどが地上に出てくるため、時として街が亡ぶような恐ろしい災害だ。
地上にはマキナとツヴァイがいるとはいえ、岩山の村ぐらいは消えてしまうかもしれない。
「とにかく急がねばな」
地図を取り出し、下層へと続く階段に向かって全速力で駆けだす。
その途中、まだダンジョンに吸収されていないホーンラビットの残骸を発見した。
首狩り兎とも恐れられる凶悪な獣が、角をへし折られて無残な姿で転がっていた。
「……やはりモンスターか」
ホーンラビットの角は鉄をも貫く。
それをへし折るなど、恐らくはマキナほどの化け物でなければ無理だ。
イレギュラーが暴れているという確信を強めたアリシアは、ますます足を速める。
――相手はとんでもないモンスターかもしれない。
そう思いつつも、アリシアがためらうことはない。
彼女は自身の身体を包むゴーレムの性能に、絶対的な確信と信頼を持っていた。
「……むっ!!」
こうして、ダンジョン内を走り続けること一時間ほど。
三階層も終わり、四階層に達しようとしたところでコツコツと足音が響いた。
――モンスターの足音ではない!
コツコツと硬質な音は、靴を履いているようだった。
この階層にいる獣系のモンスターの足音とは明らかに違う。
そして――。
「なんだ貴様は!」
「ああっ? 新種のゴーレムかぁ?」
通路の角から人型のドラゴンとでも言うべき、奇妙な存在が姿を現した。
――こいつがイレギュラーだな!
その青い鱗が血まみれであることを確認したアリシアは、すぐに攻撃態勢に入る。
ゴーレムの各部が唸り、その表面に魔法陣が浮かび上がった。
「このダンジョンの平和のため、お前を排除する!」
「何を言ってんだ?」
「ダンジョンの管理を任されるものとして、イレギュラーを放っておくわけにはいかん!」
「いやぁ、俺は――」
前傾姿勢を取り、一気に踏み込む。
――ドンッ!!
刹那、アリシアの身体が前に飛び出した。
音にも匹敵する速さを得た彼女は、腰の剣を勢いよく抜き放つ。
ゴーレムの力と熟練冒険者の技量。
その二つが合わさり、初めて可能となる絶技であった。
しかし――。
「浅い?」
致命傷になりそうなところで、身体をずらされた。
その反応速度にアリシアはたまらず眼を見開く。
だが、そこは熟練した冒険者。
すぐに追撃を入れようとするが、モンスターは大きく飛びのいて距離を取った。
「あぶねえな! 人の話は最後まで聞けよ」
「お前が人ならばな。モンスターの話など、聞く耳持たん!」
「人だっつーの。お前こそ、そんな格好してなんだ? もしかしてゴーレムに取り込まれてんのか?」
「取り込まれてなどいない! このゴーレムは主から賜った、いわば騎士の鎧のようなものだ!」
そう言うと、アリシアは再び剣を構えた。
それに応じるように、モンスターの方もまた拳を構える。
やがてモンスターの身体から淡いオーラのようなものが立ち上り始めた。
それを見たアリシアは、スッと目を細める。
「闘気か。技を使えるとは厄介なモンスターだ」
「あー、もうめんどくせえ! 一度、叩き潰してやらぁ!」
「こちらこそ!」
お互いに踏み込み、一気に距離を詰める二人。
ダンジョンを舞台に、激しい戦いがいよいよ始まろうとしていた――。
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