第39話 迫りくる影

「暇だなぁ」


 その日、コボルトのララルはお山の採石場でゴーレムたちの監視をしていた。

 基本的に自立して働くことのできるゴーレムたちだが、事故が起きた際の対応力などには難がある。

 そのためコボルトたちが交代で監視をして、何かあっても業務に支障が出ないようにしているのだ。

 とはいえ、事故が起きることなどとても稀。

 基本的には働くゴーレムたちを見守るばかりで、とても暇な仕事であった。

 ララルもすっかり手持無沙汰で、ふああと大きな欠伸をする。


「もうお昼だなぁ。ごはんでも食べるか」


 空高く上ったお日様を見て、弁当が入った革袋を取り出すララル。

 その口を開けると、中にはパンと干し肉、そして果物が詰め込まれていた。

 彼はさっそくそれらを食べようとするが、ここでうっかり果物を落としてしまう。


「やばっ!」


 ころころと斜面を転がり始めた赤い果物。

 運の悪いことに、その先には切り立った崖があった。

 ララルは慌てて果物を追いかけると、どうにか崖の手前でそれを捕まえる。


「ふぅ……!」


 危うく、果物を食べそびれるところであった。

 ララルはほっと息をつくと、ゆっくりと顔を上げる。

 すると遥か彼方、森の縁で何かが蠢いているのが見えた。


「なんだ……?」


 不審に思い、ララルは事前に渡されていた双眼鏡を取り出した。

 万が一、クロウラーらしきものを見つけた際に確認するためのものである。

 ――まさか、ここまで来てるなんてことはないだろう。

 そう思いつつも、ララルは恐る恐る双眼鏡を覗き込んだ。

 すると――。


「う、うわぁっ!!」


 おびただしい数の虫が、双眼鏡の向こうで蠢いていた。

 すべてを呑み込むような迫力に、ララルはたちまち悲鳴を上げる。

 そして、すぐに懐から発煙筒を取り出した。

 こちらも万が一の際、クロウラー襲来を警告するために渡されたものだ。

 その導火線に火打石を使って火をつけると、たちまち赤い煙が上がり始める。


「みんな気付いて、早く!!」


 遥か眼下に見える村。

 それを見ながら、ララルは懸命に発煙筒を振るのだった。


――〇●〇――


「間違いないの?」

「はい。お山の採掘場で、赤い煙が上がりました。確認したところ、北西の方角からこちらに向かってクロウラーが迫っています!」

「到着までの時間は?」

「岩山の麓まで、あと二時間。そこから町まで一時間もかからないかと」


 思った以上に時間がないな……。

 これだと、今から全速力で逃げたとしても追いつかれるだろう。

 イスヴァールで迎え撃つしかなさそうだ。


「ひとまず、街の住民を中央広場に集めるんだ! それから、使えるゴーレムはすべてかき集めろ! 戦闘用じゃなくてもいい!」

「わかりました、今すぐに!」

「それからマキナ、増殖型の準備にはあとどのぐらいかかる?」

「まだ数が揃っていませんので、効果が十分に出るのに時間がかかると思われますが……動かすだけならば、なんとか」


 思わぬ朗報であった。

 それならば、どうにか増殖型がクロウラーを駆逐するまで耐えればいい。

 

「わかった。じゃあすぐに動かしてくれ!」

「了解しました。ですがそれだと……」

「心配なことでも?」

「増殖型を使えば、イスヴァールの民は助けられると思います。ただ、岩山の麓にある村はこのままだと間に合わない可能性が高いでしょう」


 深刻な顔で告げるマキナ。

 ……あの村が、壊滅する?

 村にいるはずのコボルトたちの姿を思い浮べ、俺は動きを停めた。

 まだ知り合って日は浅いが、みんな大事な領民たちである。

 最初に俺の領民になってくれたのも、あの村の住民なのだ。

 その彼らがもう、助からない……?


「何とか手はないのか?」

「一つだけあります。ただ、そのことを村に伝えられる者がおりません。私は今から増殖型の最終調整に入りますので……」

「あるんだな、手が」

「はい。ですが、いま申し上げました通り村に伝える方法がありません」

「なら、俺が行って伝えればいい」


 そう言うと、マキナはたちまち目を丸くした。

 そしてすぐさま、猛烈な勢いで首を横に振る。


「絶対にいけません!! クロウラーの群れに呑み込まれたら死んでしまいます!」

「でもだからって、村のコボルトたちを見捨てられないよ! 領主として俺は彼らを守る義務がある!」

「ダメです!!」


 マキナは俺を行かせまいと、手を思い切り握ってきた。

 振り払おうとするが、さながら万力のようでビクともしない。

 これに関して譲るつもりは一切ないようだ。


「……俺が行くか? 領主自らが行くよりはましだろう?」


 ここで、見かねたガンズさんが申し出た。

 しかし、俺は力なく首を横に振る。


「いや、調整中の乗り物を使うから俺じゃないとダメだ。もし途中で動作不良を起こした時に、ガンズさんじゃ対応できないでしょ」

「それはそうだろうが……」

「それに領主として、領民を助ける役目は自分でやりたいんだ」

「…………わかった」


 ゆっくりと引き下がるガンズさん。

 一方、未だにマキナは手を放そうとはしなかった。

 俺は残った左手で、彼女の手をそっと握り返す。


「俺は死なない。だから安心してくれ」


 そう言うと、俺はマキナの身体を強く抱き寄せた。

 突然のことにバランスを崩したマキナは、そのまま俺に寄りかかってくる。

 そしてその唇を――。


「んっ!?」


 いきなりのことに戸惑い、手を放すマキナ。

 その隙に俺は距離を取ると、微笑みを浮かべて言う。


「大丈夫、必ず戻ってくるから」

「ヴィクトル様っ!! …………わかりました、お教えしましょう」


 俺の決意がもう変えられないと悟ったのだろう。

 マキナは俺に、彼女の考えたある方法を伝えるのだった。

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