第38話 嵐の前の静けさ

「アリシアさんたち、大丈夫かなぁ……」


 アリシアさんとミーシャさんを送り出して、はや二週間。

 まもなく、クロウラーの大発生が予想されている時期である。

 俺は日々の雑務をこなしながらも、どうにも心が落ち着かなかった。

 アリシアさんとミーシャさんが優秀なことは知っているし、ランスロット型を五百体も貸し与えてある。

 しかし、困ったことに相手は億単位の途方もない数で押し寄せてくるのだ。


「心配しても仕方ないですぜ。大丈夫、あの二人はそれなりに修羅場潜ってるから」

「それはそうなんだけどさ……」

「ヴィクトル様がそんな様子じゃ、街の連中までビビっちまうよ」


 元来、臆病な性質の種族なのだろう。

 クロウラーが大発生するとの情報が広まって、街のコボルトたちは怯えていた。

 ガンズさんの言う通り、こういう時こそ領主の俺はどんと構えているべきだろう。

 とはいえ、心配なものは心配なんだよな。


「……落ち着かないなら、酒でも飲みますか?」

「ダメダメ! まだ真昼間なんだから!」

「そうですかい? 俺の知ってる貴族は、昼間っからパーティばかりやってたぜ?」

「ああいうのはお金の有り余ってる一部の大貴族だけだよ。街の基盤ができるまではしっかり働かないと」


 ゴーレムたちの労働力のおかげで、イスヴァールの街はそこそこ豊かである。

 でもまだまだ、都市というよりも村って言う方が適切な規模感だ。

 領主の俺が直接決めなければならないようなことも多いし、とても手は離せない。

 だいたい、周囲のみんなが一生懸命働いているのに俺だけ遊んでるのもね。

 するとガンズさんは、ほうほうと興味深そうな顔をして言う。


「逆に、余裕が出来れば遊ぶってことですか?」

「もちろん。容赦なく遊ぶ、働かない!」

「へえ……。休まずずっと働いておられるから、てっきり真面目一辺倒な方かと思ってました」

「そりゃ、いま頑張った方が将来遊べるからね!」


 俺の本性は人一倍怠け者だという自覚があるが、やることはきっちりやってから休むタイプである。

 そうじゃないと、落ち着いてだらけることができないからね。

 あと、好きなものは最後にとっておく性格をしていたりもする。


「なるほど。ちなみに遊ぶというと……やっぱり女?」

「ぶっ!? なんで急にそんなことを!」

「男しかいない今だから、聞いておこうと思って」


 そう言うと、おどけた笑みを見せるガンズさん。

 言われてみれば、俺の周囲にアリシアさんもマキナもいないのは珍しい。

 大樹海に来てからは、俺の身を守るために二人のうちのどちらかがついていてくれたからね。

 

「それで、どうなんです?」

「いやまぁ……。女性関連と言えば女性関連なのかな? 俺は、美人のメイドさんをいっぱい侍らせて一日中イチャイチャしたい!!」


 真顔でそう言うと、ガンズさんは一瞬にして固まってしまった。

 あ、やば……流石にドン引きされたか?

 俺はとっさに「冗談だよ」と言って誤魔化そうと考えた。

 だがその前に、ガンズさんは腹を抱えて笑い出す。


「ははは、なんだそりゃ! まさしく男の夢だな、素直でいいじゃねえの!」

「うん、メイドさんは人類の夢だから!」

「だがそうなると、マキナ殿が最大の障壁かもしれねえなあ」

「え?」


 俺がきょとんとした顔をすると、ガンズさんは訝しげな顔をした。

 そしておいおいと、呆れたように言う。


「そりゃあ、マキナ殿は愛が深すぎるからな。ありゃ、自分以外の従者の存在を絶対許さないぜ」

「……確かに、それはあるかも」

「それに、とんでもない美人だけどマキナ殿はゴーレムだろ? いろいろと支障があるんじゃねーの? おっぱいだってデケぇけどカチカチ――」

「誰の胸がカチカチでしょうか?」


 ここでいきなり、執務室のドアが開かれた。

 中に入ってきたマキナに、ガンズさんはげげっと蒼い顔をする。

 マキナは目も耳も非常に良い。

 ……今の話、たぶんほとんど聞かれちゃってたな。


「あはは……。いや、アリシアの胸がいつも鎧でカチカチって話だったかな?」

「ガンズ様にはあとで協力して欲しい実験あります。研究所まで来てください」

「じ、人体実験でもする気か!?」

「さあ?」


 からかうように笑うマキナ。

 しかし、その眼の奥はあまり笑っていなかった。

 これは相当に怒ってるな。

 何だかんだマキナは、自分の身体が金属で出来ていることを気にしている。

 人の女性の姿をしているからには、柔らかい身体に憧れるらしい。


「そんなことよりも。マスター、研究がひと段落しましたのでご報告に参りました」

「おぉ、これでクロウラーへの備えも万全だ!」

「はい。いま急いで製作を進めておりますので、完成したらすぐにアリシア様たちの元へ送らせていただきます」


 これで、エルフたちの勝利は決定的になるだろう。

 心配の種が消えた俺は、ふうっと大きく息を吐いた。

 しかしここで、マキナがどこか不安げな顔をする。


「……どうしたの?」

「いえ、事態が思いのほかあっさり解決されそうでしたので……。逆に、これで大丈夫なのかと」

「それは考えすぎじゃない?」

「今回のクロウラーの大量発生ですが、小鬼王がそうなるように誘導していた節があります。そうなると、一筋縄ではいかないかと」


 うーん、その可能性は高いと俺も考えていた。

 とはいえ、エルフ側だってそこを見越して対策をしているはずだ。

 彼らにはあらかじめクロウラーの進路を正確に予想する方法があるらしく、それを用いて進路上に強固な防壁を築いていると聞いている。


「でも、そこはエルフたちを信じるしか――」

「大変です、領主さま!!」


 こうして話をしていると、一人のコボルトが部屋に駆け込んできた。

 突然のことに俺たちが戸惑っていると、彼はそのまま叫ぶ。


「クロウラーが、クロウラーがこちらに向かってきています!!」

「……なんだって!?」


 平穏を打ち破る突然の報告。

 俺はたまらず椅子から立ち上がるのだった。

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