第37話 大襲来

 天より降り注ぐ無数の雷。

 稲光が宙を引き裂き、そのまま大地を駆け抜ける。

 さながら、天地が砕けたかのようだった。

 瞬く間にアリシアたちの視界が白く染まり、遅れて無数の雷鳴が轟く。

 ――ドガガアアァンッ!!!!

 それはもはや、音というよりもある種の衝撃波。

 とっさに彼女たちは耳を塞ぐものの、意識を刈り取られそうになる。


「くっ!」

「めちゃくちゃだし!」


 光と音の暴力に耐えること数十秒。

 アリシアたちがゆっくりと目を開くと、森の様子は一変していた。

 そこかしこから煙が上がり、炭と化した木々が崩れるのが見える。

 さながら、辺り一面が山火事にでもあったかのようだ。

 恐る恐る双眼鏡を取り出してみると、大地を埋め尽くしていたクロウラーの群れの動きが止まっている。

 彼らの身体からは白い湯気のようなものが立ち上っており、先ほどの魔法攻撃によって焼き尽くされてしまったようだ。


「……おぉ!! 凄まじい!」

「流石、森人王様の奇跡を再現しただけのことはある!」


 口々に喜びの声を上げるエルフたち。

 アリシアとミーシャも、そのあまりの威力にしばし呆然とする。

 小さな国の軍隊ならば一撃で吹き飛ばされてしまいそうだ。

 流石は六王の一角と言ったところであろうか。

 こうして二人が荒野と化した周囲を見渡していると、マルエラが剣を抜いて叫ぶ。


「エーテリアス魔導王国、万歳!!」

「万歳!!」


 マルエラの声に合わせて高々と手を上げるエルフたち。

 その場にいた者たち全員、勝利を確信しているようであった。

 するとここで、飛空艇がマルエラたちに向かってチカチカと光を発する。


「……ありえない! まだ敵をほとんど削れていないですって!」


 予想外の通信内容に、マルエラは慌てて鏡を取り出して確認の信号を送った。

 するとここで、双眼鏡を覗き込んでいた兵士が青ざめた顔で言う。


「大変です!! 奥からクロウラーがどんどんと押し寄せてきます!! ケラウノスの効果、ほとんどありません!」

「貸して!!」


 双眼鏡を兵士からひったくり、自ら覗き込むマルエラ。

 たちまち、倒れた仲間を乗り越えて迫ってくるクロウラーの大群が目に飛び込む。

 ケラウノスでかなりの範囲を焼き尽くしたというのに、その数は減った様子がまるでなかった。

 むしろ、先ほどまでよりも勢いを増しているようにさえ見える。


「そんな……! ケラウノスの再発射までは、あと何分かかる?」

「三十分はかかります!」

「……何とか持たせるしかない! 総員、武器を構えよ!!」


 楽勝ムードから一変して、緊迫した空気が場を満たした。

 騎士たちは剣を抜くと、迫りくるクロウラーの群れに備える。

 

「ランスロット型、いけ!!」


 アリシアもまた、声を張り上げてゴーレムたちに号令をかけた。

 たちまち、ランスロット型が次々と防壁から飛び降りていく。

 彼らは互いに肩を寄せ合うと、そのまま槍を構えて槍衾を形成した。

 そう簡単には押しつぶされない強固な防御陣形である。

 そして――。


「きたわ!!」


 大きく声を張り上げるマルエラ。

 地鳴りを響かせながら、黒い波頭がとうとう防壁まで押し寄せてきた。

 それに応じるように、騎士たちも声を張り上げる。


「うおおおおおっ!!!!」


 平均レベル五十を誇る屈強なるエルフの騎士たち。

 彼らの放つ斬撃が、次々とクロウラーを切り裂いていく。

 しかし、あまりにも多勢に無勢。

 獅子奮迅の活躍を見せる騎士たちだが、次第に黒い群れに呑み込まれていく。


「タロス型、援護して!!」


 ここでさらに、ミーシャがタロス型を動かした。

 押しつぶされそうになっていた騎士たちを、ゴーレムの巨体が庇う。

 しかし、それもつかの間。

 圧倒的な質量に耐え兼ねて、タロス型の巨体が軋みを上げた。

 やがて数体が押しつぶされ、勢いをつけたクロウラーたちが雪崩を打つ。


「……撤退! 防壁の上に下がりなさい!!」


 マルエラの声が響く。

 それと同時に、騎士たちは急いで防壁の上に昇った。

 しかしクロウラーたちもすぐに、互いに折り重なりながら黒い塊となって押し寄せてくる。


「ケラウノスは!? まだなの!?」

「まだ打てません!! あと十分はかかります!」

「そんなに持たない!」

「そうおっしゃられても、無理なものは無理です!!」


 肩で息をしながら、精一杯、首を横に振る術者たち。

 今すぐにケウラノスを撃てば、彼らの命に関わることは明らかだった。

 だがこうして揉めている間にも、クロウラーの群れは防壁を圧迫する。

 こうして、いよいよ壁が崩れそうになった瞬間――。


「…………退いていく?」


 防壁を押し潰そうとしていたクロウラーの群れが、急に止まった。

 いったい、何が起こったというのか。

 皆が呆然とする中、クロウラーはそのまま進行方向を転換する

 そしてそのまま何かに導かれるように、防壁を大きく迂回し始めた。

 

「助かったのか?」

「そのようだな……」


 危機が去り、ほっと胸を撫で下ろすエルフたち。

 アリシアもふうっと深呼吸をして、その場に座り込んだ。

 防壁の下ではクロウラーによって破壊されたゴーレムたちが、多数転がっていた。

 五百体いたランスロット型のうち、既に二十体ほどがやられている。

 もしあのまま攻防が続いていたら、壊滅的な被害が出ていたかもしれない。

 ミーシャが指揮するタロス型はさらに深刻で、本来戦闘用でないこともあって五分の一ほどがやられていた。


「命拾いしたし!」

「危なかったな……」

「あいつらが気まぐれで、ほんと良かったじゃん」

「ああ」


 安心したところで、クロウラーたちが向かう方角を見るアリシアとミーシャ。

 するとここで、アリシアがふとあることに気付く。


「……いや、待て。やつらの向かっている方角は、イスヴァールのある方角じゃないか!?」


 ハッとしたように、その場で立ち上がって叫ぶアリシア。

 イスヴァールの街に今最大の危機が迫ろうとしていた――。

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