第36話 ケラウノス

「無事に完成したな!」


 大樹海を切り取るように聳える巨大な壁。

 それを見上げたアリシアは、心底満足げな顔をした。

 彼女たちがこの現場に到着してからおよそ五日。

 建設作業の遅れを見事に取り返し、何とかクロウラーの襲来前に防壁を完成させることが出来たのだ。


「あなた方の協力のおかげです。今回は感謝しておきましょう」

「……なんか気になる言い方だし。もっと感謝してくれてもいいじゃん」

「まあまあ。いちいち噛みつくんじゃない」


 どことなく上から目線の物言いに、すかさずミーシャが噛みついた。

 それをアリシアが横から宥める。

 エルフたちが周囲を見下す傾向があるのは、既に分かっていた事実である。

 これから共に戦うというのに、この程度で苛立っていてはキリがないのだ。


「それで、これからどうするのだ? クロウラーが来るまでこの場で待機していればいいのか?」

「航空隊を出すわ」

「こうくうたい?」


 耳慣れない言葉に、たまらず聞き替えすアリシア。

 するとマルエラはふふんっと自慢げに鼻を鳴らす。


「我がエーテリアス魔導王国が生み出したこれまでにない兵科よ。これから出撃するから、見ていなさい」

「わかった。なら少し見物させてもらうとしよう」


 こうして、作業の邪魔にならないように移動したアリシアたち。

 するとたちまち、エルフたちは小さな船のようなものを運び込んできた。

 その側面には小さな翼が備えられていて、トビウオのような姿をしている。

 彼らはそれを防壁前の広場に置くと、次々と乗り込んでいった。


「始動!!」


 マルエラが号令をかけると同時に、船に乗り込んだ術者たちが杖を振った。

 たちまち周囲に風が吹き始める。

 次第に強まる風は、やがて眼を空けているのがつらいほどの風力となった。

 そして――。


「浮いた!」

「ほう……あれで空を飛ぶのか」


 船が地面を離れ、ゆっくりとだが飛び立っていった。

 徐々にスピードを上げていく船は、あっという間に遥かな高空へと達する。

 こうして十分な高度を得た船は互いに位置を調整して円を描くように並んだ。


「あれは飛空艇という乗り物でね。あれを三交代で空に浮かべ続けて、クロウラーを監視するわ」

「あれだけの高さならば相当の範囲が見渡せそうだな。だが、地上とのやり取りはどうするのだ?」


 遥か高空に浮かぶ飛空艇は、既に豆粒ほどの大きさだった。

 声を最大限に張ったところで、とても会話など不可能だろう。

 するとマルエラは、懐から小さな鏡を取り出す。


「これは光の魔道具でね。こうやって光で通信するのよ」


 マルエラがそう言うと、鏡が激しく明滅した。

 目も眩むような激しい閃光に、たまらずアリシアたちはまぶたを閉じる。。

 これならば、離れたところにある気球とも問題なくやり取りできそうだ。


「なるほど、よく考えられている」

「でも、何で五台もあるの? 予備だとしても多すぎじゃない?」

「それは、あの気球は偵察だけではなく――」


 マルエラが言葉を言い切らないうちに、飛空艇がチカチカと光を放った。

 それを見たマルエラは、たちまち顔を強張らせる。


「どうした?」

「南西方向に敵影! 推定十億!!」

「……いよいよお出ましか!」

「騎士団は配置について! 魔導団はすぐにケラウノスの発射準備を!」


 急いで指示を飛ばすマルエラ。

 アリシアもすぐにランスロット型に命令を下すと、防壁の上へと移動する。

 そして双眼鏡を覗き込むと、遥か彼方に蠢く何かが見えた。

 それはさながら、ひたひたと迫りくる水のよう。

 敵の異常な数と密度が、現実感を失わせる。


「あれか。まるで海が押し寄せてくるようだな……」

「あたしにも見せて!」

「ほら」

「……げぇっ!! 森の木より多いじゃん!」


 想像を超えるその惨状に、ミーシャはたまらず顔を引きつらせる。

 見たところ黒が七、緑が三と言ったところであろうか。

 ……あれほど圧倒的な数に、勝てるものなんて存在するのか?

 そもそも、止めることすら可能なのか?

 素朴な疑問がミーシャの脳裏をよぎる。

 先ほどまで頼もしく思えていた防壁が、波の前に立つ小さな砂山のように思えた。


「こうなったら、エルフの魔法が頼りだな」

「範囲殲滅魔法ってやつか……。お手並み拝見だね」


 ミーシャがそう呟いた瞬間であった。

 遥か上空に五芒星を象った巨大な魔法陣が展開される。

 青白い光を放つそれは、五つの飛空艇を起点として発動しているようだった。

 さらにその中心を貫くように地上から光が放たれる。


「なんだ、あれは……!!」

「地上から魔力を送ってるんだよ! えっぐい魔力量だし!」


 ミーシャが振り返ると、防壁の後ろでは術者たちが懸命に呪文を唱えていた。

 彼らの足元にもまた巨大な魔法陣が展開されており、その中心から空に向かって光条が放たれている。

 魔法陣を使って術者たちの魔力を収集し、光に変換して送っているのだ。

 その圧倒的な魔力の密度は、熟達した魔導師であるミーシャをして震えてしまいそうなほどである。


「魔力充填完了! いつでも撃てます!」

「……焼き払え!!」


 マルエラの号令に合わせ、部下が飛空艇に信号を送った。

 次の瞬間――。


「ぬわっ!?」

「いっ!?」


 上空からクロウラーの群れに向かって、無数の雷が降り注ぐのだった。

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