第35話 防衛線
「急げ! とにかく急ぐのだ!」
森の中を慌ただしく動き回るエルフたち。
ここは魔導王国から見て遥か南西、白骨沼と小鬼領の狭間に位置する場所。
そこにエルフたちは土と石からなる巨大な防壁を建設しようとしていた。
しかし、足場が悪い上に木々が密に生い茂る森の中である。
魔法を自在に操るエルフたちをもってしても工事は難航しており、クロウラーの襲来に間に合うかは微妙な情勢となっていた。
「まずいわね……。このままだと間に合わない」
防壁建設を任されていた上級騎士のマルエラ。
彼女は遅々として進まない作業を見ながら、困ったように顔をしかめた。
もし防壁の建設が間に合わなければ、国の防衛に支障が出ることは明らかだ。
とはいえ、かれこれ一週間以上も昼夜を徹しての突貫工事が続けられている。
作業をするエルフたちの疲労は色濃く、これ以上の効率は望めない。
それどころか――。
「危ないっ!!」
防壁に上って作業をしていたエルフの一人が、バランスを崩して落ちた。
高さ五メートルはある壁の上から、真っ逆さまである。
マルエラはとっさに風魔法を使って受け止めようとするが、間に合わない。
すると次の瞬間、どこかから飛び出してきた男がそれを受け止める。
「……ふぅ! 危なかったな!」
受け止めたエルフを地面におろした男は、ゆっくりと額の汗を拭いた。
その顔を見たマルエラは、パッと明るい表情をする。
「ピエスタじゃない!」
「久しぶりだな、作業は順調か?」
ピエスタとマルエラは、同じ年に上級騎士へと昇進したいわば同期。
見知った顔を見て、疲れ切っていたマルエラは身が軽くなるような気がした。
「応援に来てくれたの?」
「いや、ある連中の出迎えに来た」
「ある連中?」
「連絡が来てないのか? イスヴァールという都市の一行だ」
「ああ。ピエスタが出会ったって言う、ゴーレムを引き連れたやつらのこと?」
イスヴァールなる都市からの来訪者については、マルエラも話を聞いていた。
曰く、奇妙なゴーレムを使って白骨沼に道を作ろうとした。
曰く、どう見ても従者らしき女が上級騎士並みの強さだった。
曰く、見たこともない純度のミスリルを持ち込んだ。
いずれもピエスタやその配下が事実を確認しているそうだが、マルエラは完全に信じていたわけではなかった。
ピエスタは嘘をつく男ではないが、話を大きくすることはある。
豆粒ほどの真実を膨らませているに違いないと彼女は思っていた。
「そうだ。彼らにもクロウラー討伐を手伝ってもらうことになっていてね。場所は知らせてあるから今日にも来るはずだ」
「ふぅん……」
「なんだ、あまり興味なさそうだな?」
「ええ。こんな忙しい時に、よそ者が足を引っ張らないか心配だわ」
「ならば大丈夫だろう。連中のゴーレムはなかなか使えそうだと聞いている」
「どうだか」
ピエスタの話を信じきれないマルエラは、肩をすくめてそう言った。
するとここで、防壁の上で周囲の警戒に当たっていたエルフが言う。
「何かが近づいてきます! あれは……鎧か? 鎧を着た巨人がこちらに近づいてきています! その数、百体以上!」
「全員、作業を中断! 敵襲に備えよ!」
「いや、待て!」
慌てて部下に号令をかけたマルエラをピエスタが制止した。
彼は懐から双眼鏡を取り出すと、先ほど警告を発したエルフが示した方角を見る。
「大丈夫だ、あれは味方だ!」
「まさか、例のイスヴァールという都市の連中か?」
「ああ。事前に渡しておいた旗を持っている」
そうしているうちに、木々をかき分けて鎧の一団が姿を現した。
その先頭には、若い女が二人いた。
赤髪の目立つ剣士風の女と紫髪の魔導師風の女だ。
二人はエルフの味方であることを示す、聖樹をモチーフとした紋章の描かれた旗を持っていた。
「イスヴァールから来たアリシアだ! 領主ヴィクトルに代わって、クロウラー討伐の手伝いに馳せ参じた!」
「よく来た! 久しぶりだな!」
「ピエスタ殿、お久しぶりです!」
すぐに握手をするアリシアとピエスタ。
一方、マルエラは彼らの背後にいる鎧の巨人に興味津々だった。
「……その鎧の巨人は、もしかしてゴーレム?」
「そうだし。イスヴァール自慢のタロス型ゴーレムだよ」
「ううむ、私も部下から聞いてはいたが……予想以上だな」
居並ぶタロス型を見上げて、圧倒されたように目を見開くピエスタとマルエラ。
これほど見事なゴーレムを見るのは二人とも初めてだった。
ピエスタも事前にヴィクトルからゴーレムたちのことについて話を聞いてはいたのだが、実物を見るのはこれが初めてである。
ゴーレムたちの異質な存在感に、たちまち目を奪われてしまう。
「これは主に土木作業用のタロス型だ。工事をしていたようだが、このゴーレムがあれば格段に効率が上がるだろう」
「それはいいわね。でも、ゴーレムだと単純な命令しかできないんじゃない? それにいちいち動かしてやらないと……」
「いや? 別にタロス型はそのようなことはないぞ?」
マルエラの懸念に対して、何を心配しているのか分からないとばかりに首を傾げたアリシア。
その様子を見て、マルエラは試しに依頼してみることにする。
「じゃあ……そこの土を防壁のところまで運んでもらおうかしら?」
「わかったし。みんな、この土を運んで!」
ミーシャの言葉に応じて、ゴーレムたちはすぐに動き出した。
彼らはそれぞれにスコップを手にすると、土の山を猛烈な勢いで削り始める。
人の背丈の倍ほどもあった土の山が、みるみるうちに消えてなくなってしまった。
あまりの早業に、マルエラは呆れたように口をパクパクさせる。
「す、すごい! これなら間に合うわ……!」
「凄いのはタロス型だけではないぞ。ランスロット型、来い!」
アリシアの号令に合わせて、タロス型の後ろからランスロット型が姿を現した。
その数、なんと五百体。
威風堂々としたその様子に、たちまちマルエラとピエスタは圧倒されるのだった。
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