閑話 その頃の伯爵領4
「……税収が減っている?」
ヴィクトルたちがクロウラーの襲来に備えていた頃。
ヴィーゼルが統治するアルファドの街では、少しずつ異変が起きつつあった。
先月分の税収がわずかながらに減少したのである。
そのことを聞いたヴィーゼルは、不機嫌さを露わにしながら言う。
「理由は何だ? 景気が悪いのか?」
「ロネイト商会が本部を移転した影響でしょう。他にも何件か、この街からの移転を表明している商会があります」
「馬鹿な。我がアルファドの税率は未だ伯爵領で最も安いんだぞ? なぜ商人どもが街を離れようとしている」
アルファドの街の税率は、ヴィクトルが統治していた頃よりいくらか増えた。
しかし、それでも他の都市と比べるとかなり割安な水準だ。
わざわざよそへ逃げていく理由などまったくないはずだった。
すると報告をしていた秘書は、申し訳なさそうな顔で言う。
「……このところ、街の治安が悪化しております。そのため商人たちは財産を守るために多くの傭兵を雇っているようです。それが負担となっているのかと」
「衛兵どもは何をしている?」
「それが、あまり仕事ぶりが良くないようで……」
秘書の報告に、ヴィーゼルは顔をしかめた。
グレイス商会が派遣してきた人材の質が良くないのは、彼も薄々把握していた。
しかし、安ければそれでいいと見て見ぬふりをしてきたのである。
――流石に衛兵ぐらいは、多少金がかかってもまともな連中にするか。
ヴィーゼルがそう思ったところで、トントンと部屋の扉がノックされる。
「ヴィーゼル様、ラポルト殿が来ております」
「通せ」
執事が扉を開けると、恰幅のいい中年男性が腹を揺らして現れた。
彼こそがグレイス商会の会頭ラポルトである。
「ヴィーゼル様、ご機嫌麗しゅう。先日、ご依頼をいただいた絵が到着いたしましたので、その報告に参りました」
「おお、そうか! 無事に手に入ったか!」
前任者のヴィクトルが美術品などを好まなかったため、殺風景だった領主館。
それを彩るための絵画の調達をグレイス商会に依頼していたが、それがようやく到着したらしい。
「はい。ほうぼう探し回りましたから」
「うむ、いいことだ。それで、代金はいくらだ?」
「合せて金貨三百枚でございます」
想定していた以上の金額に、ヴィーゼルは眉をひそめた。
払えない金額ではないし、ぼったくりというほどでもない。
だが、景気の悪い話をした後にポンと出せるような金額でもなかった。
するとラポルトもヴィーゼルの異変を察し、それとなく言う。
「……何かございましたか?」
「いやな。ちょうど、街の税収が減っているという報告を受けたところだったのだ」
「税収がでございますか?」
「ああ。耳の早いお前なら知っているだろう? 商会がいくつか拠点を移動させたせいだ」
それを聞いたラポルトはほほうと納得したように頷いた。
やはり領内一の商会の代表だけあって、既に情報は入っているようだ。
「もちろん存じております。連中の言い分では、治安の悪化によって警備に金がかかるようになったとか」
「ならば話は早い。多少金はかかっても構わぬから、衛兵の質を少し上げてはくれないか?」
「そうですな……。商人が安心感を得られる程度に衛兵の質を上げるとなりますと……いまの三倍から五倍は覚悟していただきませんと」
「…………!?」
あまりの金額に、ヴィーゼルはたちまち目を剥いた。
するとラポルトは、肩をすくめて心底申し訳なさそうな顔をして言う。
「信頼のおける傭兵はとても高価なのですよ」
「だからと言って、これほど高いわけがないだろう!」
「最近は相場も少し上がっておりますからな。例の賢者様のせいです」
「あの者がどうかしたのか?」
「おや、知らないのですか? 大樹海へ遠征に行くと言って、高値で傭兵と冒険者を大量に雇い込んでおりますぞ」
ゴーレムを売り損ねたあの日。
ヴィクトルが大樹海へ追放されたと知った賢者は、呆れた顔で何も言わずにこの館を出て行った。
それがまさか、大樹海へ行くための戦力をかき集めていたとは。
「馬鹿な、大樹海へ行ったところでヴィクトルが生きているはずがない」
「それが聞いた話によると、有力な冒険者パーティがヴィクトル様の護衛をしているそうで。ひょっとするとうまく生き延びているかもしれないとか」
「なに……?」
思わぬ情報にヴィーゼルは前のめりになった。
ヴィクトルは確実に死んだものだと、伯爵家の誰もがそう認識していたのである。
しかし、これは彼にとって非常に好都合であった。
ヴィクトルの製作するゴーレムは巨万の富を生むと知っていたからである。
「賢者様が街を発つのはいつ頃になりそうだ?」
「まもなくでしょう。呼び寄せていたAランクパーティが到着したそうなので」
「……ならば、すぐに可能な限りの手練れを用意して賢者様の手勢に混ぜろ。そして大樹海へと向かわせ、折を見てヴィクトルを誘拐させるんだ」
ヴィーゼルの指示に、流石のラポルトも身じろぎした。
違法であることはもちろん、賢者に喧嘩を売るようなものである。
グレイス商会は綺麗な組織とは言い難いが、それでもいささか躊躇する内容だ。
するとヴィーゼルは、戸惑いを見せるラポルトをたきつけるように言う。
「上手くヴィクトルを誘拐してきた暁には、奴が作るゴーレムの独占販売権をお前たちにやろう。賢者が金貨百枚で買うと言ったのだ、他にも金を出す者はいる」
「……わかりました。では、万全を期すために『灰被り猫』へ連絡を取りましょう」
「おぉ、あの悪名高い猫か! それならば確実だろう!」
王国の闇に蠢く最悪の犯罪組織。
その名を聞いて、ヴィーゼルは作戦の成功を確信するのだった。
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