第22話 お肉不足

 研究所の開設からおよそ二週間。

 研究所の成果はまだだが、拠点周辺の開発はおおむね順調に進んでいた。

 今は初期に作られた木造建築を解体して石造へと移行しているところである。

 俺たちの住む家がある中心区画などは建て替えが進み、すでに小さな町と呼べる姿になりつつあった。


「やっぱり、石造りの家は見栄えがするね!」

「一通り住宅の改築が終わりましたら、次は防壁を石造へと切り替えていく予定です。小鬼王との対決も考えますとやはり木の柵では力不足です」

「わかった。ただし、拡張性を考えて大きめにした方がいいね」

「はい、直径五百メートルほどにする予定です」

「それはちょっと大きすぎない?」


 マキナの言葉に、俺はちょっと呆れた顔をした。

 いま開拓している範囲がおおよそ直径三百メートルほどである。

 直径五百メートルと言ったら、面積的には今の三倍近くだ。

 まだまだコボルト族の流入は終わってないとはいえ、いくらなんでも大きすぎるのではなかろうか。

 

「いえ、それでも控えめなぐらいです。防壁の内側には面積を取る大きな重要施設も建てる予定ですので」

「例えば?」

「研究所や役所、あとはマスターの城などです」

「前二つはともかく、城って。そりゃいくらなんでもいらないよ」


 コボルトたちの集落が次々と傘下に入ったことで、拠点の人口はかなり増えた。

 しかし、それでもまだ数百名程度。

 集落という領域は脱したが、まだ町というよりは村だろう。

 村に城を立てるなんて、流石におかしい。


「そうでしょうか? マスターの理想とする生活を実現するには、たくさんの使用人が暮らせるスペースを持った城が必要不可欠かと存じますが」

「……否定はしないけど、物には順序ってものがあるから!」


 いずれメイドさんに囲まれた生活をするのが夢なので、そこは強く否定しない。

 俺はそのために領主をしていると言っても過言ではないのだから!

 ……とはいえ、それを実現するのはこの場所がもっと豊かになって人口が増えてからの話だろう。

 城と呼べるようなものを建てるなら、街の人口が一万とかになってからだな。

 実際に俺がかつて暮らしていたエンバンス王国でも、城を持っていたのは伯爵以上の大貴族だけだ。

 残念ながら今の俺は、領地の規模で見れば男爵どころか騎士階級以下だろう。


「わかりました。ですが、後から用地を確保するのは困難ですので今のうちにある程度広めの場所を確保しておきましょう」

「……そんなに広くなくていいからね」


 俺がそう言うと、マキナは返事をしなかった。

 ……これは、かなりデカく土地を取る気だな。

 改良を終えてからというもの、マキナはしれっと俺の言うことをスルーしたりするからな。

 俺に逆らったり危害を加える方向では全くないため、今のところは特に問題はないのだけど。

 これもより高度な知性を備えたことの証だろうか?


「でも、それだけ大きな防壁を作るとなるとかなりの量の石材がいるね」

「ですので岩山の採石場を拡張する計画を進めています」

「ああ、それでアリシアさんたちにあの山の洞窟を調査させてるんだ」


 三日ほど前から、アリシアさんたち『暁の剣』は岩山の洞窟調査に出かけていた。

 魔力の溜まる洞窟などはモンスターが住み着きやすいため、コボルトたちの安全のための調査だと思っていたのだが……。

 採石場の拡張に影響がないかの事前調査も含めていたようだ。


「アリシア様たちの調査で問題が無ければ、すぐにでも拡張工事にかかります。研究所で新たに超大型ゴーレムを開発しておりますので、その運用が始まればもう石材に困ることは無くなるでしょう」

「そりゃすごい。で、調査はいつごろ終わるの?」

「洞窟の規模にもよるはずですが、まだ少し時間がかかるはずです。帰ってくるのは明日以降かと」


 じゃあ、それに備えてご馳走の準備でもしておかないとなぁ。

 きっとみんな、お腹を空かせて帰ってくることだろう。

 

「そう言えば、暁の剣がいない間の狩りとかはどうしてるの?」

「ランスロット型に対応させております。ただ、我々の拠点も人口が大きく増加しましたので、このまま狩りを続けていると周辺のモンスターがいなくなってしまう可能性がありますね」


 いくら大樹海と言えども、無限にモンスターが生息しているわけではない。

 狭い範囲で狩りを続けていれば、モンスターが枯渇してきてしまうのも当然か。


「……そりゃちょっとまずいな。家畜とか用意しないと」

「それが、コボルトたちには牧畜の文化がないようでして。家畜化に適したモンスターを探しているのですが、それもなかなか見つからず」


 困ったような顔をするマキナ。

 俺たち人間は穀物と野菜や果物を食べていれば肉はたまにでもいいが、コボルトたちは肉食の傾向がかなり強い。

 実際、しばらく肉を食べていなかったポポルやロプルは元気がなかった。

 当面は遠くまで狩りに行って凌ぐとしても、定期的にお肉を得る手段がないとまずいな。


「うーん、貿易でも始めるか……。肉の他にも輸入したいものはあるし」

「大樹海の他の亜人種族とですか?」

「ああ。ムムルさんが前にエルフと貿易してたって言ってただろ。六王の一角に名を連ねてるぐらいだし、エルフたちはしっかりした文明を持ってるんじゃないかな」

「さっそく、ムムルに話を聞いてみましょう」


 こうして俺たちは、エルフの話を聞くべくムムルさんの家を訪れるのだった。

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