第21話 研究所
「…………世界でも征服するつもりなんですか?」
翌日。
新しくなったマキナを皆に披露すると、アリシアさんが渋い顔をしてそう言った。
それに同調するように、ミーシャさんもまた腕組みをして言う。
「五百レベルってそれもう魔王じゃん! やばいっしょ!」
「魔王メイドというのもなかなか良き概念の気がいたします。いかがでしょうか、ヴィクトル様?」
「結構ありの気がする」
「いやいや、支配者がメイドやってるのはおかしいって」
「そうでしょうか?」
はてと小首を傾げるマキナ。
俺も別に、そこまでおかしいとは思わないけどな。
メイドという物はそういうものの気がする。
だって、メイドとは最強でなければならないからな。
「しかし、ほんとに五百もあるのか? ちょっと見せてくれねえか?」
「確かに」
ここで、ガンズさんとミーシャさんが訝しげな顔をしてそう言った。
もともと圧倒的な強さを誇るマキナであったが、流石に自分たちの十倍以上というのは直感的に納得しかねたらしい。
俺がすかさずマキナの方へと眼を向けると、彼女はにこやかに笑って言う。
「では、少しデモンストレーションと参りましょうか。ヴィクトル様、レッドドラゴンの鱗はまだ残っていますか?」
「うん、まだあるよ」
「では、一枚いただけますでしょうか」
「わかった」
俺はすぐさま、工房からレッドドラゴンの鱗を持ってきた。
まだ未加工の在庫がたくさん残っているのだ。
それをマキナに手渡すと、彼女はそれを左手で顔の前へと持ち上げる。
そして――。
「はっ!!!!」
あろうことか、マキナは右手の人差し指で鱗を突いた。
――パァンッ!!
指先が風を斬り、鱗と激しく衝突した。
たちまち空砲のような音が響き、鱗に穴が開く。
おお、流石はマキナ!
指先ひとつでドラゴンの鱗に穴を開けちゃったよ。
着実に進化しているようだ。
しかし、それを見たガンズさんたちの顔が引きつる。
「ま、まぁ……。強くなった分には困らねーだろ」
「小鬼王との戦いも控えているし、た、頼もしいのでは……」
「強さだけではありません。演算能力についても大幅な向上を果たしました。恐らくは人間のレベルを大幅に上回っているかと」
「……マキナはヴィクトル様には忠誠を誓ってるんだよね? ヤバくないよね?」
マキナのあまりの完璧ぶりに、恐れをなしたのだろう。
ミーシャさんが蒼い顔をしてそう言った。
するとマキナは、大きく胸を張る。
「それはもちろん。髪の毛一本に至るまですべてマスターに捧げる覚悟でございます。マスターがお望みであれば、この仮初の命も捨てましょう。出来ることならばお子も産みたいのですが、それがかなわぬこの身体が誠に恨めしく……。いえ、マスターに頂いたこの身体の性能そのものは大変に素晴らしいのですが――」
恐ろしい勢いで語り始めたマキナ。
俺に対する言葉が洪水のように止まらない。
……身体が新しくなって、さらに忠誠心が強まっているように感じられるのは気のせいだろうか?
何だか感情表現や仕草が大袈裟になってきている気がする。
別に忠誠心が高まることは良いことなので、これはこれでまったく構わないのだけれども。
実際、このマキナの様子を見た皆は少し安堵したような顔をしていた。
「とにかく、マキナの能力は大きく向上した。これで小鬼王が攻めてきてもある程度は対抗できるはずだ」
「はい、マスター。しかしながら、ゴブリンが驚異的なのは個ではなく数です。それに対抗していくためには、さらなる技術開発が必要でしょう」
「もっとランスロット型の数がいるってこと?」
「それもありますが、兵器類のさらなる充実は重要かと。研究開発のため、この辺りで本格的な施設を作るべきです」
マキナの提案に、俺はなるほどとうなずいた。
もともと、マキナ主導の研究施設を作ることは計画していたことではある。
コボルトたちを傘下に収めたことで人員の余裕もいくらかできたし、そろそろ作ってみてもいいかもしれない。
兵器の開発はもちろんのこと、技術が向上すれば平時の暮らしも豊かになるはずだ。
「わかった、研究所を作ろう! 代表はマキナに任せるとして、別に研究員が何人かいるね」
「はい。十名ほど選抜していただければ」
マキナがそう言うと、ミーシャさんが勢い良く手を挙げた。
彼女はすかさず俺たちに質問を投げてくる。
「研究員になれば、ヴィクトル様の技術を教えてもらえるの!?」
「それはもちろん。教えるけど」
「絶対やるし! いや、やらせてください!」
すごい勢いで頭を下げてくるミーシャさん。
あれ、彼女ってこんなに熱い人だったっけ?
俺は少し戸惑ったものの、特に断る理由もない。
もともと高等学院で教育を受けてるインテリみたいだしね。
むしろ、こっちから研究員になってくれるようにお願いしようと思っていたぐらいだ。
「わかった、ミーシャさんは採用だ。他は、誰か希望者はいる?」
「じゃあ、僕も!」
「ロプルも採用。他は?」
こうして尋ねていくうちに、研究員候補はマキナの言った十名に達した。
ひとまずは、この十人とマキナの十一人体制でいいだろう。
村の人口はどんどん増えているとはいえ、まだそこまで多くの人員を研究所に回すことは難しいからね。
それだけの設備を揃えること自体がなかなか大変だし。
「さっそく、今日の午後から研究所の建設を始めてくれ。内容とか設備とかについてはマキナに任せるよ」
「承知しました。では、研究員たちも作業に同席させましょう。何を作っているのかみせた方が理解が早いと思いますので」
「わかった、そうしてくれ」
俺がそう言うと、マキナはミーシャさんとコボルトたちを連れて移動を開始した。
これからの技術開発は、彼女たちに任せておけば問題ないだろう。
特にマキナは今回の改造で、これまでよりも格段に高い知性を得たはずだ。
恐らく、凄まじい技術をどんどん生み出してくれるに違いない。
いよいよ、この村の技術開発も本格的に動き出したな!
「はっはっは! 俺の野望が叶う日も近いぞ!」
明るい将来を予感した俺は、そう気分よく笑うのだった。
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