第20話 新生、超マキナ!

「ふぅ……!!」


 寝食を忘れて、ひたすら作業に没頭すること数時間。

 いつの間にか辺りはすっかり暗くなり、窓の外を見れば月が高く昇っていた。

 もう既に、時刻は真夜中に近いらしい。

 周囲に人気はなく、皆、それぞれの家に戻って寝ているようだ。

 作業中は絶対に声を掛けないでくれとあらかじめ言っておかなければ、アリシアさんか誰かがとっくの昔に呼びに来てただろうな。


「マスター、そろそろ休憩が必要では?」

「大丈夫だ。あと少しだけだし、やりきっちゃうよ」


 俺はそう返事をすると、いよいよ最後の一行へと取り掛かろうとした。

 この術式さえ刻み切れば、新しいマキナの核となる魔石の完成である。

 あとはマキナの自我さえ移し替えてやれば完成だ。

 するとここで――。


「マスター、作業を止めて聞いてください」

「急になんだ? 集中を切らされるのは困るんだけど」

「……新しい身体になった私は、より高度な知性を得るでしょう。そうなると最悪の場合、マスターを裏切るリスクがあります」


 普段はゴーレムらしく、感情に乏しいマキナの声。

 それがいつになく熱が籠り、わずかながら震えていた。

 微かにだが、恐怖すら感じられる。

 なるほど、そりゃ自分という存在が作り変えられるんだから怖いよな。


「ですので、最後に隷属と自壊の術式を加えてください。これで安全です」

「……そんなの書かないよ」

「マスターがそのような術式を好まないことは知っています。ですが、今回ばかりは危険です」

「わかってる。でも、俺はマキナに自分の意志で仕えて欲しいんだ」


 俺はそう言うと、改めてマキナの顔をまっすぐに見据えた。

 まだ戸惑っている彼女に向かって、俺はさらに続けて言う。


「強制なんてしない。それで裏切られたら、俺がマキナにとってそれだけの主人だったってことだ。自分が不甲斐なかったと思ってあきらめる」

「マスター……」

「それに、隷属の術式なんて描いたらそれはただの奴隷だろ? 奴隷とメイドは違うんだ、絶対に!」


 俺はこぶしを握り、力強く宣言した。

 そうなのだ、奴隷とメイドはまったくもって似て非なるもの。

 メイドさんというのは自らの意志で主人に絶対の忠誠を捧げるからこそ尊いのだ。

 それを主人があらかじめ隷属の術式を刻んでおくなんて、あってはならない。

 メイド精神に反する行いなのである。


「……なるほど、マスターらしい理由です」

「そうだろう? じゃ、さっさと仕上げちゃおう。マキナも最後まで手伝ってくれ」

「はい」


 こうして、俺は最後の術式を刻み切った。

 あとはこれを用意していた身体に入れて、今のマキナの意識を移すだけだ。

 俺は台車の上に寝かせておいた素体を、台車ごと引っ張って持ってくる。

 たちまち、それを初めて見たマキナの目が輝く。


「素晴らしい出来ですね。より人間らしい仕上がりになっています」

「ああ。表面の一部をワイバーンの皮膜で覆ったんだ。これでかなり人間の皮膚に近づいた仕上がりになってる。さらに骨格はこの間倒したレッドドラゴンの骨とコボルトから貰った希少金属を混ぜた合金で出来てる」


 一番手が掛かっているのは核だが、素体部分にも抜かりはない。

 いま手に入る材料で、出来得る限りの工夫を凝らした。

 理論上は大蛇様にもソロで勝てるだけのスペックがある。

 もちろん外見にもこだわっていて、顔の造形こそあまり弄っていないが身体の方はより人に近い物へと作り直していた。

 そして――。


「マスター、胸部パーツが大きく拡張されているのは気のせいでしょうか?」

「んん? ああ、魔石が大きくなった分だけ収納に場所がいるから」

「そうですか、てっきりマスターの趣味に合わせて大きくされたのかと」

「そ、そんなんじゃない!」


 ったく、さっきまでシリアスな空気だったのにすっかり台無しになっちゃった。

 しかしまぁ、マキナなりに緊張をほぐそうとしたのだろう。

 俺はそう解釈すると、粛々と意識を移し替えるための作業を進めた。

 

「じゃあいくよ」

「お願いします」


 ゆっくりと目を閉じるマキナ。

 それと同時に、素体の方の瞼がゆっくりと持ち上がり始める。

 古い魔石から新しい魔石へ、意識の移し替えがうまく言った瞬間だ。


「……おはようございます、マスター」

「ああ。調子はどうだ、マキナ?」

「完璧です。世界が広くなったような気がいたしますね」


 ゆっくりと起き上がったマキナ。

 彼女はそう言って、柔和な笑みを浮かべた。

 よしよし、ひとまず動作に問題はなさそうだな。

 あとは――。


「じゃあ、新しいマキナの能力を鑑定してみよう」

「鑑定、ですか?」

「そうだ。ミーシャさんに鑑定用の魔道具を作ってもらったんだよ」


 俺がそう言うと、マキナは怪訝な顔をした。

 無理もない、鑑定魔法なんてマイナーもいいところだからな。

 エンバンス王国でもとっくの昔に廃れてしまっていて、使える者など一人も残っていないだろう。

 だがしかし、意外なところに使い手がいたんだよな。


「コボルトたちはもともと、ラバーニャ帝国にいたって言ってただろ?」

「そう言えば、そんなようなことを言っておりましたね」

「実は、彼らは帝国の魔法技術の一部を引き継いでいてさ。この大魔境で生き残るために、独自に敵の強さを測る鑑定魔法の亜種を編み出してたんだ。んで、それをミーシャさんに頼んで魔道具に落とし込んでもらったんだよ」

「それは素晴らしいですね! さっそく、新しい私の強さを見てもらいましょうか」


 新しい魔道具に、すっかり興味津々といった様子のマキナ。

 俺はさっそく、近くの籠の中から虫メガネのような形の道具を取り出した。

 

「これで相手の姿を五秒間映すと、その強さが数字として出てくるんだ。参考までに言っておくと、コボルトたちがだいたい五レベルだったかな。今まで測った中だとアリシアさんが一番で五十レベルもあった」

「なるほど、ではそこは超えたいところです」

「まあ、前の段階で越えてるはずだけどね」


 俺はそう言うと、魔道具にマキナの姿を映した。

 さて、いったいどうなるかな……!

 今までのマキナの戦いぶりからすると、百レベルぐらいはありそうな感じだ。

 新しい身体だし、ひょっとすると三百レベルぐらいあるかもしれない。

 俺が期待に胸を膨らませていると――。


「ご、五百二十!?」


 あまりに吹っ飛んだ数字に、俺はたまらずおかしな声を出すのだった。

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